337話 策がある

『無差別に、攻撃する』。竜崎の言葉が示した通り、ノウムは作り出した岩棘を、巻き上げた尖石を、自らの身を削る勢いで放っていく。


その密度、サボテンの棘、ヤマアラシの針の如し。小さなネズミ程度でしか避けられないほどの弾幕は、何重にも撃ち出され波状攻撃と。



転移装置を壊され、ラケットを奪われ、呪いを解き放たれ…。もはや竜崎の手元には『守るべきもの』は一つだけ。さくらだけ。


だから彼は、さくらの身の安全をニアロンに託し、荒業に出たのだ。




「ギャア…!」

「ギュエッ……」


当然、迫っていた魔獣達は回避できるわけがない。次々と急所を抉られ、身を穿たれ、瞬く間に岩の餌食となっていく。


穴の下に降りていた魔物達を全て集め、円陣を組ませていたのが失策である。辺りは死屍累々。魔術士の兵は全て消えたも同然であった。







「ググ…グググ…」


しかしその代償は大きかった。砕けかけの岩石のようになったノウムは、目の光を消しその場に沈黙する。もはや同じ行動は出来ないだろう。


同じく、竜崎の背を守っていた杖も、バチッ…と音を立て倒れる。障壁を張る『シールドシステム』が、ノウムの攻撃に耐え切れず損傷したらしい。


もう、竜崎を守る物はほとんどない。これで決着と相成ればいいが…。




「あ゛ぁ……痛えな……くそっ」


ノウムの攻撃による砂塵が収まった後、立ち上がったのは獣人。切断済み以外の腕3本、及び背に全体に岩棘が刺さっている。


ただの魔獣程度ならば充分な威力だった。しかし、彼は元々が強固なうえに、呪薬で強化された身。多少弱っているとはいえ、氷の高位精霊フリムスカの攻撃をも凌ぐ彼が、防ぎきれないわけがなかった。



「死にぞこないの癖に……リュウザキィ…!」


そして、少し遅れて僅かに身を起こしたのは魔術士。しかし、その身には棘は刺さっていない。獣人がタッチの差で庇ったのであろう。


しかし、そんな魔術士は上手く立ち上がれない様子。それもそのはず、彼も多量の魔力を使い、先程は竜崎の禁忌精霊により大ダメージを受けた。恐らく、胃に穴を開けられているだろう。


本来ならば彼もまた、痛みで立ち上がれぬ身。だが、呪薬の影響でギリギリ生き永らえていると言ったところか。と―。



ゴソ…


魔術士は懐を漁る。取り出したのは、2本の注射器。中には勿論、呪薬が充填されている。内一本を自らの首に刺そうとした彼を、獣人は慌てて抑えた。


「おい兄弟待てって! もう一本刺すなんて、俺はともかく、お前はヤベえだろ…! しかもその身体だぞ?良くてひと月は寝込むだろうし、最悪死ぬぞ?」


それにどう足掻いても、もう転移魔術とかは使えねえんだろ…! そう諫める獣人の手を、魔術士は振り払った。



「それがどうした…! あいつ竜崎は抜け目ない…まだ何か隠していてもおかしくない…!確実に、殺して、魔導書を奪ってやる…!」


そのまま、薬を注入する魔術士。ドクンッと血の中を流れていくそれに身を悶えさせながらも、彼は自らの足で立ち上がった。


「ゲホ…ゴホッ…! これは…お前のだ…」


そして注射器の一本を獣人に投げ渡すと、左右に大きく揺らめきながら竜崎へと迫り始めた。





「リュウザキィ…殺す、殺す殺す…!」


片手にラケットを持ち、もう片手にボロボロの黒槍を作り、一歩ずつ近寄る魔術士。そんな彼を、死の淵にいる竜崎はキッと睨みつけた。


「殺してみろ…。その瞬間、呪いは噴き出してお前を蝕むぞ…! ここでお前も死ぬだけだ…!」


その言葉に、魔術士はピタリと歩みを止める。呪薬の投与で正気に戻ったのだろうか。だが、軽くせせら笑いながら再度侵攻を始めた。


「ハッ…なら、魔導書を奪ってからゆっくりと殺してやる…!」



そのまま歩み切った魔術士は槍を投げ捨て、竜崎の懐へと手を入れる。そして…。


「…これだな…! 手間をかけさせやがって…!」


目的の魔導書を掴み、引き抜こうとした…その時だった。





「良かった…『呪いは効かない』なんて言われなくて…。これで、心置きなく…!」


ブシュッ…!


竜崎の小さな小さな呟きと共に、魔術士の足元…竜崎の血溜まりに魔法陣が発生する。


そこから伸びるは赤黒き捕縛魔術。魔術士の足に、胴に、手に巻きつき、その動きを雁字搦めに固定した。


「う……!」



「なっ…!兄弟…!?」


異常を察した獣人も走りよる。が―


ブシュッ…!


「うおっ…!?」


血溜まりから勢いよく伸びてきた捕縛魔術が、彼の身体にも巻き付く。急ぎ吹き飛ばそうと力を入れるが、簡単には千切れない。


「くっ…!? 解けねえ…!」


その捕縛魔術は硬くもあり、肌に食らいつくゴムのように柔らかくもある。その性質、そして召喚法に気づいた魔術士はギリリと歯を鳴らした。


「『禁忌の捕縛魔術』…! リュウザキィ…テメエ…!!」


そう、竜崎はノウムに攻撃を指示している間に、力を振り絞って術式を紡いでいたのだ。血によって呼応する、禁忌の捕縛魔術を。





「間に合ってよかった…!」


怒り心頭の魔術士に向け、竜崎は微かに笑う。そして、丁度風の防御陣を解除したさくら達に向け、日本語で、力強く言い放った。



「『天井の穴から外に出ろ、策がある!』」


と。

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