321話 氷の高位精霊

直後、竜崎の前に魔法陣が作り出される。白と水色が入り混じった輝きを放つ幾多もの光輪も同時に浮かび上がり、高速回転を始めた。


「お! 流石リュウザキのヤロウだぜ。骨折ってやってもまだ元気一杯ってか!」


離れた位置にいる獣人は拳をガシンとぶつけ合い、ニタニタと笑っている。と、その横でうずくまっていた魔術士がふらりと立ち上がり、獣人の身体を弱弱しく叩いた。


「バカが…! 何をボーッと突っ立ってやがる…! 早く止めに動け…!」


「あぁ? だがよ兄弟、ああいう召喚は邪魔してやらねえのが流儀だぜ」


「五月蠅い…! お前は獣並みの知能しかないのか…!行けマヌケ…!」


「はーあ…へいへい。ったく…」


ゲホゲホ言いながら騒ぐ魔術士に肩を竦め、獣人は動き出す。そして地面を力強く踏みしめ…。



―させるか!―


「グルルルルルッ!」

「ケエエエエンッ!」


竜崎の元へ続く道を遮るように、さくらの呼び出したウルディーネとシルブが立ちはだかる。ニアロンの指示により、彼らは水と風の障壁を幾枚も重ね合わせ―。


「オラァ!」


ッパァン!


張り詰められた水が、逆巻く風が、弾き砕かれ、吹き飛ばされていく。突き進む獣人のその姿はまるで重戦車が薄ガラスを砕くよう。次第に障壁生成が間に合わなくなり…。


―くっ…! さくら、悪いが…―


歯ぎしりと共に、そう呟くニアロン。次の瞬間…上位精霊二匹は障壁生成を止め、光弾を撃ち出しながら獣人へと突撃していった。


「来るか!」


獣人は一つ笑う。そして巨躯の持ち主と思えぬほどに軽やかに動き、光弾を躱した。そしてそのままウルディーネ達を穿ち抜こうと―。


「おぉ!?」


驚く獣人。なんと、精霊達はその拳をするりと避けたのだ。そして、獣人の身体を自らの身で包んだではないか。


「な、なにを…?」


ようやく言葉を紡げたさくらが恐る恐る問う。ニアロンは、キッと言い放った。


―このまま自爆させる!―


次の瞬間、獣人を囲む精霊達が強く輝き出す。魔力を臨界させ、爆破させる気のようだ。確かに、召喚した精霊達は一度消滅しても再召喚すれば良いだけ。理に適っている戦法ではある。


とはいえ自らが契約を結んだ精霊達なだけに、さくらとしてもそれは少し嫌な選択。しかし、それしか方法が無いのはわかり切っていた。だから、固唾を呑み祈るしかなかっ―


「相手がわりいなぁ! おぅらよ!」


ドバァッッ!


「グッ…!?」

「ゲッ…!?」



…断末魔をあげ、千切れ飛ぶ上位精霊二匹。消滅していく彼らの中から現れたのは、腕にも紫光輝く紋様を浮かべた獣人。


特攻すらも払いのけ、自爆の隙すら与えない圧倒的な力の前に、さくらは思わずその場にへたり込む。


敵わない…今まで戦ってきた相手とはわけが違う。先程竜崎はあの獣人を勇者と同じ力を有していると評した。過去勇者アリシャと相対したかつての魔王軍も同じ気持ちだったのだろうか。


さくらが惑う頭でそんなことを思っている中、獣人は拳を引き、構えた。


「兄弟がうるせえからよ。とりあえずその召喚止めさせてもらうぜ!」


ドッッ!


地を蹴立て、怒涛の勢いで彼は接近してくる。だが…竜崎とニアロンは声を揃えた。


「「いいや、間に合った!」」




「あぁん?」


眉を潜める獣人。その時であった。


ピキィッ!


魔法陣から突如として巨大な氷の柱が現れる。それは、竜崎達と獣人を隔絶するが如く。


「へっ! こんなものっ!」


しかしそれでも獣人は足を止めない。先程の精霊達のように穿ち抜かんと拳で勢いよく殴りつけ―。


ドゴォ…!


「おぉ…!?」


多少のヒビは入れども、穴は開かず。それどころか…。


パキキキキキ…


「おおおおおっ!?」


一瞬にして、柱に触れていた手が氷に包まれ始める。慌てて獣人は力ずくで引き剥がした。が、その直後。


パキキキンッ! ドドドドッ!


氷の柱は独りでに砕け、間髪入れずに中から矢群のような氷棘が。慌てて防御態勢をとる獣人の身体に、それらは勢いよく突き刺さっていった。


「ふう…やーーっとワタクシを呼んでくれましたわね!」


と、砕けた柱の中から氷のように透き通った、それでいてやけにテンション高めな声が聞こえてくる。


パラパラと散っていく氷の欠片の中から姿を現したのは、1人の女性。しかし、その姿は異様であった。



手足を覆う透き通った鎧は氷製…いいや、手足自体が氷である。僅かな光を反射し、キラキラと輝いている。


加えて、纏っているロングコートは毛皮のように見えるが、よく見れば雪で形作られたもの。ところどころにあるファーは新雪のように柔らかそう。


また、被っている白いロシア帽の様なものも、雪が積み重なったもの。そしてその後ろから出ている白と水色入り混じる髪はまるで凍った大河のよう。


更にその髪の一部はくるくると縦ロールを描き、先っぽには大きく長いツララが。


そんな姿の彼女は、凍ったように白く大きいまつ毛を瞬かせる。すると、周囲には人大の巨大な氷の結晶達が浮かび上がった。


「氷の高位精霊『フリムスカ』。我が親愛なる友リュウザキの呼び声に応じ、参上いたしましたわ!」

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