320話 形勢逆転

―!? 清人…!?―

「竜崎さん…!?」


目の前で轟いた重い殴打音。直後、視界から消え失せた竜崎。そして、背後で響き渡る激突音。さくら達は数瞬の後、ようやく何が起きたかを理解した。


雷光に比肩するほどはやく、上位精霊を一撃で穿ち抜くほどつよい。赤きローブの獣人のその力を、竜崎はもろに食らったのだ。


―さくら、何してる! 清人の元へ走れ! 早く!―


ニアロンのその言葉にハッとなるさくら。しかし…足が動かない。あまりの衝撃と恐怖で竦んでしまったのだ。



そうしている間に獣人はのしのしと迫り…さくらの方を全く気にする様子なく、嬉しそうに笑った。


「痛てて…!流石は勇者のヤロウの相方務めてるだけあんなぁ!瞬間的に障壁張ってガードしただけじゃなく、チビ精霊で反撃してくるたぁ思わなかったぜ!」


プラプラ振られている獣人の拳からは、確かに血が流れ出している。その様子をぼーっと眺めてしまっていたさくらに、ニアロンは舌打ちをした。


―チッ…!ああもう! シルブ!―


「ケエエエンッ!」


さくらが召喚していた風の上位精霊シルブを呼び寄せるニアロン。すぐさま駆け付けた彼は、さくらを連れ一目散に竜崎の元へと飛んだ。


しかしおかしなことに、獣人はそれを追う事をせず、ただ見送るばかり。それだけではない。竜崎に追撃をしようとする素振りすら見せないのだ。




「えーと…お、やっぱり吐いてたか」


地面に目を向ける獣人。何かを探しているようだったが、見つけたらしく、ひょいっと拾い上げる。それは、先程魔術士が吐き出した謎の鉱物と極彩色の花。


その両方を手にした彼は、花の方をペッと捨てる。そして鉱物についた土汚れを払いながら、未だ四つん這いで苦しむ魔術士の元へと歩み寄った。


「うらよ兄弟。花は持ってきてやったが、こっちの予備は持ってねえから勘弁しろよ」


そう言いながらしゃがみ込み、鉱物を魔術士の口の中に押し込む。ごくりという嚥下音を確認後、獣人は自らの懐から極彩色の花を取り出し―。


ガッ

「お?」


その瞬間、獣人の太い腕を魔術士が掴む。そのまま花は奪い取られ、魔術士の口へ。噛まれることなく丸ごと呑み込まれた。


「喋れるか?」


魔術士の背を擦りながら、そう問う獣人。と―。


「…ぜ」


「あん?」


「…なぜ、あのガキを捕まえなかった! 絶好のチャンスだったろうが! ゲホッ…!」


「おいおい、また吐くぜ。 そう心配せんでも、あいつらはお前みたいに転移魔術使えねえし逃げられねえだろうよ」


魔術士の怒声をひょうひょうと流す獣人。彼はそれに、と付け足した。


「リュウザキのヤロウも無傷じゃ済んでねえぜ」






―清人、無事か!?―

「だ、大丈夫ですか竜崎さ…! ―っ!」


吹っ飛ばされた竜崎の元に到着したニアロン達。さくらは驚愕した。どのような勢いで叩きつけられたのだろうか、岩の壁は大きく凹みヒビが入っていた。


そして肝心の竜崎は…その凹みの下で両膝をついていた。



杖を助けになんとか身体を支えているものの、その手は震え、呼吸も荒い。ふとよく見ると、杖は真ん中あたりから大きくひん曲がっているではないか。獣人の拳を攻撃したはずの精霊達もいない。


獣人の言葉を信じるならば、竜崎はガードをしたはず。障壁と精霊と、恐らく杖自体で。


だというのに、この苦しみよう。わかることはただ一つ。獣人の一撃は障壁を貫き、精霊を消し飛ばし、杖ごと竜崎を叩きのめしたということ。百戦錬磨の竜崎を、である。『化物』…さくらの頭の中にはその文字が浮かびあがった。



―今、治癒魔術を…!―


ただ茫然と立ち尽くすだけのさくらを置き、飛び出すニアロン。だが―。


「さくらさんについていろ、ニアロン! ぐっ…」


痛みを堪えながら、竜崎はそれを制した。胸を押さえるようにして、ふらつきながら彼は立ち上がる。


「はぁ…はぁ…奴ら、何をしてくるかわからない…。俺はいいからさくらさんを守ってくれ…。大丈夫、あばら数本と背中が少しイカレただけだ…。応急処置は済んだから心配しないで…」


十分重症である。だが竜崎はその身を無理に動かし、さくらを自分の陰に隠れさせるように立った。そして、驚愕と戦慄が入り混じった目で獣人を睨んだ。


「ニアロン…、あの獣人の力…あの紫の輝き…間違いない…! あいつは…!」



彼の震え声は、怪我の痛みによるものだけではないのはさくらにも察せられた。獣人の正体に心当たりがあるのだろうか。その疑問を聞くに聞けないさくらを余所に、ニアロンも強く顔を歪めた。


―あぁ…とんでもないことになった…。とはな…―


意味深な台詞を口にするニアロン。彼女は竜崎に囁いた。


―どうする、清人。知れただけでも充分だ、一回退いて…―


「いや…駄目だ…。ここで逃げたら、あの装置は間違いなく破壊される…」


獣人達の近くには、未だ光り続け起動を待つ装置。確かに竜崎の言う通り、このまま逃げ去りでもしようものなら、腹いせとばかりに装置が砕き壊されてしまうのは想像に難くない。


「それに、アリシャ勇者と同じ力のあいつから簡単に逃れることはできないだろう…だから…」



竜崎はキッと前を向く。そして痛みを堪えながら大きく息を吸い、曲がった杖を構えた。


「だから…ここで討つしかない…! 力を貸してくれ…!氷の高位精霊…『フリムスカ』!」

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