322話 トリガーハッピー

「初めましてさくらちゃん。以前エナリアス水の高位精霊に会いに『万水の地』まで来てくださったでしょう? 言ってくださればワタクシもかけつけましたのに…」


さくらに軽く挨拶をし、竜崎に向け頬を軽く膨らませるフリムスカ。竜崎は胸を押さえながら微かに笑った。


「エナリアスから…そっちに人が訪ねてきているって聞いてたからね…呼ぶのは迷惑かと…」


「…あら? もしかしてお怪我を…? えいっ!」


フリムスカが軽く指を振ると、竜崎の胸部を氷のバンドが包む。それはまるで鎧のようであった。


メサイア聖なる魔神ならば一瞬で治せるでしょうが…ワタクシにはこれぐらいしかできませんの…。お許しを。 ですが、その代わり―」


と、フリムスカはくるりと正面を向く。そして、氷のような微笑を浮かべた。


「貴方を傷つけた者は氷漬けにして差し上げましょう!」






「マジかよ…! 高位精霊呼んでくれるたぁ思わなかったぜ…!」


冷たき視線に射貫かれた獣人は、若干の冷や汗を流しながらも不敵な表情。ローブを貫通し腕に刺さった氷柱からは僅かに血がポタリポタリと垂れている。


「気ぃ抜いてたとはいえ、このローブと強化されたこの身体を貫いてくるか…」


そう呟き、彼は腕に刺さった氷柱つららに手をかけ引き抜こうとする。と、その時だった。


パキィッ!パキキッ!


「うおっ…!?」


驚く獣人。なぜなら…氷柱が刺さった個所から突如、身体が凍り始めたのだ。


「ちょ…待て待て待てっ…!!」


彼は慌てて氷柱の一つを掴むが、その瞬間掴んだ腕にも氷はパキリと伸びる。急ぎ引き剥がすが、氷は腕を食らうように成長し続ける。


このままいけば、あっという間に宣言通りの氷漬けに。しかし、獣人は妙な行動をとった。


「くっ…!フンッ!」


凍り続ける腕を構え、拳を固く握る。そして…大きく気合を入れた。


「おおおおおおおおらぁっ!」


それと同時に、彼の腕に浮かび上がった紫の光は強さを増す。すると―。


スプンッ スプンッ


腕に深く刺さっていた氷柱が一つ、また一つと抜け落ちていく。加えて、凍り始めていた肌からも氷が溶けだした。


「まぁ…!」

―なんだと…!?―

「嘘…!」


フリムスカ、ニアロン、さくらは驚いた表情を浮かべる。そんな中、竜崎だけは冷静に問いかけた。


「何をした?」


「あん? 無理やり筋肉を震わせて、氷柱を押し出しただけだ。ついでに熱も起こして氷を溶かしたってわけだ。ちょいと疲れるけどな」


「…自分の意志でシバリングを起こしたか。だけどそこまでの力…やっぱり…。一応聞くが、その強化魔術、誰に刻んで貰った?」


「んなの決まってるだろ、兄弟だ」


くいっと後ろを親指で指す獣人。未だ本調子じゃないのか、まだふらついている魔術士が。するとニアロンは妙な言葉を口にした。


―やはりあいつは『関係者』だったか…! フリムスカ、あの魔術士はなんとか捕えてくれ!―



「承知いたしましたわ! 少し驚いてしまいましたが、そういうことならば耐え切れなくなるほどに氷を浴びせて差し上げましょう!」


そう元気よく返事をしたフリムスカ。すると近場に浮いていた巨大氷結晶を呼び寄せる。すると、その結晶から何かが生成され始めた。


「リュウザキから教えていただいた、『コレ』で!」


現れたのはなんと…氷で出来た、ガトリング砲であった。





「よいせ!」


ガシャンと音を立て、ガトリング砲を構えるフリムスカ。一方の獣人は眉をひそめた。


「なんだそりゃぁ…?」


当然である。銃がないこの世界で、唐突にそんなもの出されても困惑は必定。だがそんなことはお構いなしに多連装の銃身はキュイイと回転をし始め…。


「いきますわよー…うらーー!」


ガガガガガガガガガッッ!!


勢いよく弾丸を撃ち出し始めた。




「うおおおおおっ!?」


思わず飛び逃げる獣人。直後、彼が立っていた場所には無数の氷刃が。地を抉りとったそれは、パキパキと音を立て牙のように生え揃った。


「逃しませんわよ!」


獣人が逃げた方向へとガトリングを動かすフリムスカ。その軌道の最中にも弾はバラ撒かれ、地面を抉り、氷の牙を作り出していく。


当たれば身は穿たれ、耐えきったとしても氷が身体を蝕む。さりとて逃げ続ければ足場が無くなっていく一方。


「チッ…! それならよぉ、イチかバチかだ!」


長引けば長引くほど不利になっていくのは獣人も悟ったのだろう。右へ左へ高速で避けながらフリムスカのほうに突撃を始めた。


当然近づけば近づくほど弾丸の雨、ならぬあられに曝される。とうとう回避が出来なくなったその瞬間―。


「痛ててててて!」


獣人はローブを深く被り、特攻。どうやら防御魔術でもかかっているのだろう、先程腕を貫いた氷柱より小さい氷弾はそこまで深くは刺さらない。


加えて獣人は身体を紫に輝かせ、強化シバリングを行いながらである。刺さった氷も熱で溶けてゆく。なんとか凌ぎ、フリムスカに肉薄せしめ―。


「オラァ!」

バキャァ!


「きゃっ!」


ガトリング砲の先を殴り壊した。小さく悲鳴をあげるフリムスカには隙が。


「うし! もういっちょ!」


好機と見た獣人はそのままフリムスカへと殴り掛かる。だが、その時だった。




ガガガガガガガガガッ!


「んなっ…!?」


獣人とフリムスカの間に大量の弾幕が張られる。間一髪拳を返し下がる獣人を、フリムスカはクスクス笑った。


「ざーんねん♪ もう少しでしたのに」


見ると、フリムスカの周りに浮かぶ巨大氷結晶から幾つものガトリング砲が。彼女はキラリとウインクした。


「別にワタクシ、手放しでも撃てますのよ?」


ドガガガガガガガガガッ!


先程よりも一層厚い弾幕が獣人を襲う。彼は急ぎその場から飛び逃げるしかなかった。



「…ガトリングの必要あるのかな…?」


その一連の様子を呆然と見ていたさくらは思わず呟く。すると、竜崎がか細い声で答えた。


「ぶっちゃけ…ない…。だって…給弾とか排莢とかの必要なんて無いからね…氷の生成融解は思いのままだし…」


―まあ、前まではあの大きい氷の結晶から普通に撃ち出してたしな―


ニアロンからもそう言われ、さくらは苦笑い。すると竜崎はしどろもどろ。


「いや…だって…フリムスカって元からトリガーハッピーだったから…。最初会った時からどうしてもガトリングが似合う気がしてね…」


―いや、誰も責めてないんだから言い訳しなくて良いぞ。 ほら、骨の怪我見せてみろ―




そんな折だった。突如響き渡っていた銃声が止まる。何事かと竜崎達が窺うと…。


「危ない危ない。あれ、壊してはいけなかったのでしょう?」


フリムスカが指さす先は、転移のための装置。獣人と魔術士はそれを背に陣取っていたのだ。


―あぁ。だが、またか…。芸の無い奴らだな―


溜息をつくニアロン。と、誰よりも早くフリムスカが動いた。


「ワタクシにああいった手法は通用しませんの♪」


そう微笑み、指をパチンと鳴らした。

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