315話 隠し玉

ガラガラガラと音を立て降ってくるは砕けた岩々。竜崎は急ぎ指示を飛ばした。


「ノウム、ポルクリッツ! 装置に落ちる瓦礫を砕け!」


「グググ!」

「キュウイ!」


一声鳴き、上位精霊二体は装置の真上に向け光線を撃ち出す。それに当たった岩の塊は砂や小石へと粉砕されるが、ほとんどの瓦礫はそのまま落下、周囲にはドドド…と幾多もの落下音が響いた。



「くっ…! 装置は…!?」


衝撃が収まりすぐさま、竜崎は装置の様子を見やる。幸いにして精霊による対処は間に合ったらしく、装置には多少の砂がかかった程度であった。


「良かった…」


ほっと息を吐く竜崎。が、その時だった。


「ヴル…ル…」


と、竜崎の背後からウルディーネの断末魔が聞こえる。竜崎がハッとそちらを見やると、消滅していくウルディーネ。そして…。


「り、竜崎さん…」


さくらが謎の魔術士により剣を突きつけられていた。





「さっきまで放っていた気迫が一瞬消えたなリュウザキィ…! そんなにあの『失敗作』なゴミ遺跡が大事か?」


嗤いに嗤う魔術士。今までの戦闘中、竜崎はさくらから少し距離をとっていたものの、もし魔術士が転移してきたら即座に戻り対処できるように構えていた。魔術士もそれを悟っていたようで、手出しを控えていたらしい。


しかし先程、竜崎とニアロンは魔術士を捕らえようと気を僅かに抜いた。いや、それだけならばまだ問題なかったのかもしれない。どちらかが即座に気づき戻ったであろうから。


問題は魔術士が起こしたと思しき落盤。崩壊してきた岩天井はあの『元の世界に帰れるかもしれない』装置を襲った。驚愕と対処への焦りとのダブルパンチで、竜崎は魔術士がさくらへ接近することを許してしまったのだ。





「おっと。動くな。少しでも動いたらコイツを刺し殺す。精霊達も消してもらおうか」


「…わかった」


脅す謎の魔術士に、素直に従う竜崎。ポルクリッツとノウム、他の中位精霊達は無念そうに消えていった。とそんな中、ニアロンが苦々しい表情で口を開いた。


―まさかこんな魔術を用意してるとはな…―


「土砂崩れの魔術だ。賢者様は一発で見抜いたが、お前らじゃ見抜けなかったみたいだなぁ」


―後から来て周到な準備をしただけだろ。で?お前の隠し玉は落盤で終わりか?―


苦し紛れか、煽るニアロン。だが、魔術士は「いいや」と答える。その直後だった。



ドスンッ

ボトンッ


「グルルルル」

「ブフー…ブフ―…」

「シュルル…」


竜崎の背後から…落盤した箇所から聞こえるは何かの落下音と、荒い鼻息。彼が振り向くと、そこには大量の魔獣達が唸り声をあげていた。


しかも、ここは魔界奥地。どの獣も数段大きい。中には依然アリシャバージルに現れた、牛サイズの猪もいた。


「これはこの間お前らが消し飛ばした、ラグナウルグルエルフの国の隠れ家で実験していた魔術だ。魔獣達を引き寄せ洗脳する、な」


「…? 道づくりの時か? そんなのあったか?」


―大方、幻惑の魔術でもかけていたんだろ。それより上を見ろ―


ニアロンに促され、竜崎は壊れた天井を見やる。大穴が空いたそこからは外の光と霧が舞い込んでいるが、加えて映し出されているのは魔獣達の影。まだまだいるらしい。その総数は当然、先程のネズミ達を優に超えている。




「リュウザキ、これでお前に逃げ場は無くなった。大人しく魔導書を渡すなら、俺は帰ってやる。まあ魔獣達がどう出るかは知らんけどな」


勝利を確信し、せせら笑う謎の魔術士。竜崎はゴソリと懐に手を入れた。


「…さくらさん、ごめん」


竜崎はそう一言謝罪する。さくらは息を呑んだ。もしかして、魔導書を渡そうとしているのか。 確かに装置の起動は済んでいる。だが、しかし…!


そんなさくらの想いの先を、竜崎は言葉を続けた。


「間違いなく悪人なそいつに、こんなもの禁忌魔術を渡したらどうなるかは想像に難くない。だから―」


―渡すわけないだろ、バーカ。―




「竜崎さん…!」


思わず歓喜の声をあげるさくら。自身が思っていたことは、竜崎も思っていた。それが嬉しかったのだ。しかし、その回答でタダで済むわけはない。


「アァ!? そうか、それがお前の答えか!」


怒り口調で、手にした剣に俄かに力を籠め始める謎の魔術士。その瞬間だった。


バッ


竜崎は地を蹴りさくらの元へ駆け出す。それと同時に懐から抜いた手を勢いよく背後へ、何かを投げつけた。


それは各種精霊石。そこから湧き出した精霊達は、威嚇している魔獣達へと突撃。瞬く間に屠り始めた。


「なっ…! チッ!コイツを殺してやる!」


俄かに驚いた様子を見せた魔術士は、剣を振り上げる。その時―!


キィッ ドドドドドッ!


さくらの学生服の背が光り、魔法陣が浮かび上がる。そして、飛び出したるは大量の先鋭なる矢じりの群れ。


「がっ…!?」


怯む魔術士。一方のさくらは目を丸くした。


「これって…さっき竜崎さんの背中に描かれていた…!」


そう、それは少し前に竜崎が背後に転移を繰り返す魔術士対策に使った『針鼠もどき』の魔術。しかし、いつの間に…。


「―あっ。」


そうだ、スライムを焼却する際に竜崎さんに抱きかかえられた。まさかその時に…!? さくらは竜崎達の抜け目の無さに舌を巻く。が―。



「クソッたれがぁああ!」


本格的に仕留めるにはそれでは力不足な様子。魔術士は破れかぶれに剣を振り回し、再度襲い来る。ガード間に合うか…!? さくらがラケットを慌てて構え直そうとした時だった。


「飛べ、ニアロン!」


―任せろ!―


背後から聞こえた竜崎達の言葉と共に、さくらは自らの肩に何かが憑りついた感覚を覚える。そのコンマ数秒後、さくらの視界には、ニアロンが魔術士に殴りかかる姿が写った。


―喰らえ!―

ドムッ!


「ガハッ…」


見事、魔術師のみぞおちに一撃が入る。彼は膝から崩れ落ち…。


シュンッ


―チッ! 転移したか!―


悔しがるニアロン。僅かに遅れて竜崎もさくらの元に。


「ごめんね、怖い目に遭わせちゃって」


どうやら、先程の謝罪はそういう意味だったらしい。さくらはふっと吹き出した。


「今更ですよ、竜崎さん!」







「ゲホッ…お前ら…下手したてに出てやりゃあ図に乗りやがって…! ゴハッ…」


元天井の瓦礫の山から聞こえる掠れた声。竜崎達が見やると、そこでは謎の魔術士が血を吐きながら四つん這いになっていた。


「殺してやる…殺してやる…!」


呪詛まがいの声に反応し、生き残った魔獣達は一斉に竜崎達の元へと駆け出す。竜崎はカシャンと杖を構えた。


「さくらさん、後ろに…」


「私も戦います!」


竜崎の声を遮るように、さくらはラケットを構える。渋い顔を浮かべる彼を、ニアロンはどうどうと宥めた。


―いつも通り、私が見ていてやるよ。 さくら、モンストリアの時と違い、守るのは装置と自分達の身だけだ。上位精霊の実践と行こうじゃないか!―

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る