316話 追い詰められた魔術士

「来て! ウルディーネ、シルブ!」


ニアロンの補助の下、詠唱し召喚するさくら。呼び声に応え現れたのは、かつて契約を結んだ水と風の上位精霊二体。彼らは高らかに鳴き、近衛兵のように主の前に立った。


―ほほう。私が手伝ったとはいえ、早いもんだ! 若い時の清人を思い出すな―


大人姿のニアロンはそう褒めながら、自身も力をチャージする。戦闘準備は万全である。一方の竜崎はを再度雷の精霊ポルクリッツと土の精霊ノウムを呼び出していたが、どこか心配そう。


「さくらさん、あまり無茶をしないようにね…」


―清人、こういう時は上位精霊を動かすアドバイスでもしてやるもんだぞ?―


ニアロンに窘められ、竜崎はちょっと渋い顔。だがすぐに諦めともとれる息と共に、教授してくれた。


「知っての通り上位精霊は中位下位の精霊より図体も火力も大きい。だから動くのがその分遅いし、火力の高さで案外手早く殲滅できる。指示を念じるのは、少し展開を先読みしながら気持ち早めにするのが良いよ」


―初めは慣れないだろうが、私が色々とカバーする。動かなくていいから集中するんだ―


「はい!」





「グウルルルルルゥ!」

「ケエエエエンッ!」


ウルディーネとシルブはそれぞれ水弾と風弾を撃ちだしながら、敵陣へと突撃する。しなる鞭の様な尾でや鎌のような風を湛えた羽で、魔獣達を吹き飛ばし戦闘不能にしていく。


いくら人界の魔獣に比べて巨体とはいえ、まだ狂化されていない彼らが属性を司る精霊に勝てるはずもない。肉薄すれば水と風に撃ち抜き刻まれ、離れていれば属性の砲弾が襲ってくる。


走って逃げようにも、ここはほとんど物の無いドームの洞窟。逃げ場は無く、足が速い魔物も竜崎の精霊によって狩りとられた。


「良い感じださくらさん!」


竜崎に褒められ、さくらは嬉しくなる。まさに無双状態。2人がかり、上位精霊4体もいれば多少興奮している獣なぞ物の敵ではない。天井に開いた穴からまだ続々と落ちてくるが、このままいけば問題なさそうである。


そう、このままいけば。いくわけがない。






「ゲホッ…! クソが…クソクソクソクソがぁ! ゴフッ…」


血をボタボタと垂らしながら、悪態をつく謎の魔術士。纏う小汚いローブの端で口元を拭い、ふらつきながらも立ち上がる。


そして懐からあの注射器を取り出し―。


「させるか!」

バシンッ


瞬間、魔術士の手の内から弾き飛ばされた注射器は宙を舞う。地面に落ちたそれは精霊によってパキンと砕かれ、中身の液体は即座に蒸発していった。魔術士は痛む手を押さえながら、驚いた声を出した。


「ぐっ…!? リュウザキ…!?」






―やるじゃないかさくら。シルブで上手く清人を送れたな―


「なんか、『吹き飛ばした』って感じですけど…。成功してよかったぁ…」


安堵するさくら。魔術士が動き出したのを見止めた竜崎は、さくらに補助をしてもらうことで一瞬のうちに彼の元に到達、行動を阻止したのだ。



「でも…大丈夫なんですか? 竜崎さん一人で」


―なんだ? 転移魔術はちょいと厄介だが、あんな奴に遅れをとるほど清人は弱くはないぞ―


軽く笑うニアロン。さくらはそれで口を閉じるが、その表情には一抹の不安が浮かんでいた。そうではない。竜崎の腕は信頼している、これ以上ないほどに。


だが、さくらの胸はざわついていた。言い表せないほどに弱く、しかし確実に。それが何故かがわからないためニアロンに話すことは出来ず、彼女はとりあえず魔獣の処理へと注力した。






「テメエ…!カハッ…」


迫る竜崎相手に、黒刃を展開し往生際悪く抵抗する謎の魔術士。だが先のニアロンの一撃が効いているらしい、彼の黒刃操作は覚束なく、転移すらも出来ない様子。


そして、そんな心もとない防御陣は竜崎にあっという間に粉砕される。魔術士はよろけながら後ろに下がるしかなく、どんどん追い詰められていく。


「大人しく捕まれ」


「ふ、ふざけんじゃねえぞ…!」


魔導書を開き、まだ戦おうとする謎の魔術士。が―。


ドゴッ

「グフッ…!?」


魔術士がニアロンに殴られた箇所を、竜崎は容赦なく杖で殴りつけた。魔術士はまたもその場に崩れ落ちた。


「ハアハア…ウプッ…オエッ…」


血と共に、何かを吐き出す魔術士。それはかの謎の鉱物の塊と、未消化の極彩色の花。呑み込んでいたということか。


その様子に若干眉を潜めながらも、竜崎は杖を構え睡眠魔術の詠唱を始めた。どうやら昏睡させる気らしい。



しかし、その時であった。魔術士は息も絶え絶えに手を伸ばし、どこかを指さした。


「待て…! あれが…装置がどうなっても良いのか…?」


その一言に、警戒しながらも装置を見やる竜崎。そこでは―。


グジュル…


巨大スライムが装置全体を覆っていた。

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