314話 対、スライム鎧の魔獣

召喚陣から姿を現したのは三体の精霊。


頭から赤く長い角を生やし、周囲に水を湛えた水龍のような姿をした水の上位精霊『ウルディーネ』


全身が金色に染まり、背の針には青白い雷光が輝く巨大ヤマアラシな雷の上位精霊『ポルクリッツ』


巨大な丸い岩石の側面を4つの目が帯のように取り囲み蠢く土の上位精霊『ノウム』


彼らはそれぞれの属性の力を放ち威嚇しながら、化物ネズミ達へと相まみえた。





「ハッ! サラマンド共が効かなかったからって今度は別の精霊共か。クソみたいな発想だなぁ!」


「そうでもないさ。試せることは試したうえで、最善の戦法を編み出すのが戦いのコツだ」


煽る謎の魔術士に、竜崎は平然と返す。全く堪えていない様子に苛立ったのか、魔術士は舌打ちをした。


「チッ…なら、その戦法とやらが思いつく前に終わらせてやるよ!」


それを皮切りに、ネズミ達は飛び掛かる。上位精霊達もまた、撃ち滅ぼさんと立ち向かっていった。




スライムにてらてらと包まれた爪や牙を光らせ、化物ネズミ達はサラマンド達を仕留めた時のように突撃していく。が―。


「ウルルルゥ!」

キュイッ ドバシャァ!


迎撃に動いたのはウルディーネ。彼は地面に水を吐き、激しい波を作り出した。火や風ならばスライム鎧を犠牲にして進めるが、津波という質量技には意味をなさない。ネズミのほとんどは押し流されてしまった。


しかし、その中でも無事に切り抜けたネズミ達がいる。それを引き受けるように前に出たのは…。


「グググググ!」


土の上位精霊、ノウム。恐らく上位精霊達の中でも最も堅牢な装甲を誇る彼に向け、ネズミ達は果敢に飛び掛かる。


ガキッ!

「ヂッ…!?」


流石に牙も爪も一筋縄では通らない。ならば通るまで何度も傷つけるのみと再度口を開き勢いをつけようとするネズミ達。と、その時だった。


「グググ」

グルングルングルン…シュイイイイイ…!


その場で回転し始めるノウム。どんどんとスピードは速くなり、遠心力に耐え切れなくなったネズミ達は次々と吹き飛ばされていく。


「キュウイッ!」

バチチィ!


空中で無防備になった彼らに向け、ポルクリッツは雷撃。金の閃光がネズミ達を包む。雷の力により、ドジュウ…と音を立てスライム鎧は蒸発する。しかし、それだけである。中のネズミ達は無事…。


「ガッ…」


(えっ…!?)


目を丸くするさくら。ネズミ達は無事、ではない。地面へと落下した彼らは、上手く着地が出来ずにへたり込む。まるでそれは、身体が痺れたかのような…。だがすぐにスライム鎧は元通りに湧き出し、ネズミ達は撤退していった。


「よし、確認完了。やるか」

―思った通り、スライムの利点が欠点だな―


竜崎は回転し続けるノウムへとスタスタ近づき、ニアロンは腕をぐるんぐるんと回す。そして―。


―ノウム、いくぞ! そうら!―


彼女は勢いよくノウムを殴りつけた。





ギュルルルルッ!


弾かれたノウムはまるで独楽のように回転しながらネズミ達の元に突き進む。地面が水で濡れ滑りやすくなっているからか、速度もかなりのもの。


迫る大質量にさしものネズミ達も抵抗できず、次々と跳ね飛ばされていく。その様子はある意味ギャグ的な雰囲気すらある。だが―。


「フンッ!それに何の意味がある? 見ろ! ダメージが通ってると思うか?」


ケタケタと蔑む謎の魔術士。確かに彼が言う通り、ノウムによる交通事故で吹っ飛ばされたネズミ達はむっくりと起き上がる。


ただの激突では氷や炎のように、スライム鎧の表面を崩すことは出来ない。むしろ、衝撃吸収はスライムの真骨頂。


いくらノウムがぶつかったところで、中の化物ネズミ達にはかほどのダメージすら通っていないのは明白であった。しかし、竜崎は気にすることなく追加指示を飛ばした。


「ウルディーネ。ノウムに向け水を撃ってくれ」


「ウルルルル…!」


承知と言わんばかりに、水の上位精霊は消防車のように水を撃ち出す。ビシャシャシャと濡れたノウムは更に回転を増し、スプリンクラー状に水を弾いた。



当然、飛んできた水霧をその身に被るネズミ達。しかし結局ただの水。精々が表面をゆすぐか、スライムに吸収されるがオチ。一体竜崎さんは何を…? そうさくらが思っていた時だった。


ぴちょっ

「ひゃっ…!」


回転しながら戦場を移動し続けているノウムの方から、水滴が飛んできた。あれだけ勢いよく回っていればまあここまで届くだろう。


顔にかかっちゃったと手で拭おうとしたさくらだが、偶然にも水は口に入ってしまった。


「―! しょっぱっ!」


反射的に指に擦るようにして吐き出すさくら。ただの水ではない。しかもちょっとザリザリもした。指についた滓を見ると、キラキラ輝く何かが。まるで金属の粉のような…。


「ん…?しょっぱいって、これ食塩水…? あっ!」


さくらはバッと顔を上げる。視線の先には、雷の上位精霊ポルクリッツ。先程から動いていない彼だが、よく見ると背にある棘に帯電している青白い閃光が一際強く発光しているではないか。



「ウルディーネ、さくらさんを守ってくれ」


竜崎の命を受け、ウルディーネはさくらの身体を蛇のとぐろように取り囲む。それを確認したニアロンはにんまりと笑った。


―さあポルクリッツ、チャージは終わりだ。盛大にぶちかませ!―


「キュウウッ!!」


瞬間、ポルクリッツの背の棘が一斉に逆立つ。バチチチと閃光は音を立て…。


ピシャッ!ゴロロロッ!


空気をつんざく音を立てながら幾十もの雷撃が轟いた。






いくらネズミ達が素早くとも、雷光に敵うはずは無し。足を動かす暇も、瞬きする暇もなく彼らは直撃を食らう。


「ヂッヂ…?! ガッ…」


様子がおかしい。火や氷、鎌鼬の中を耐えきったネズミ達が苦しみ始めた。いや、それどころではない。次々と倒れだしたではないか。


少し遅れるように、スライム鎧もブシュブシュと音を立て消滅していく。その様子を見ていた謎の魔術士は俄かに焦りだした。


「なっ…!? 何しやがった!」


―何って…。見た通りだろ。雷を食らわせてやったんだ―


「スライムはそもそも雷に弱い。流体の身体は電気を良く通すんだ。だから戦闘相手の1人を身に取り込み、盾とすることで攻撃をさせない外道戦法がよく用いられてしまうんだが…」


ニアロンと竜崎はそう回答する。謎の魔術士は吼えた。


「違う。そうじゃないだろうが! スライムは強化してあったんだ、今更精霊如きの雷なぞ…!」


―確かに上位精霊の攻撃を防ぐほどに強化されたスライムだ。ポルクリッツの雷を直撃させても多少麻痺させる程度だった。だから、ウルディーネとノウムを呼び出したんだ―


「ノウムに回転しながら岩塩を水に溶かしてもらったんだよ。それだけじゃない。金や銀といった電気を良く通す鉱物、魔力に呼応し雷を発生させる魔鉱物『雷電石』とかの粉も混ぜて貰った」


―スライムだからな。そんな粉や水は吸収してしまう。そこに雷をぶつければあっという間に中のネズミを貫き、たちどころに息絶えさせるというわけだ―


交互に説明するニアロン達。言葉を失ったのは謎の魔術士だけではなく、ウルディーネの隙間から観戦していたさくらもであった。



先程回転していたノウムはただネズミを吹き飛ばしていたわけではなかった。ボウルを混ぜる泡だて器のように、自らが出した鉱物の粉を水の中に溶かしいれていたのだ。


そう考えると、先程の協力スプリンクラーもそうだったのであろう。ネズミ達の上から金属粉入り塩水を浴びせかけることで、しっかり全身に浸透させていたというわけか。


スライム鎧もそうなってしまえば無意味。むしろ雷の逃げ場を無くし、ただネズミを殺す袋となっていたということだろう。


そして、そのスライム達も今や耐え切れず消滅。戦況はたったの一瞬で再度ひっくり返った。魔術士はただ歯ぎしりをするしかなかった。






―もう面倒になってきた。さっさと奴を捕らえるぞ―

「あぁ」


最早これ以上の戦闘は無用と言わんばかりに、竜崎は魔術士へと迫る。が…。


「チッ…まあいい。丁度頃合いだ。


謎の魔術士は魔導書を広げ、天井を仰ぎ見る。瞬間、魔導書は光り、直後―!


ビキッ ビキキキッ バゴォッ!!


「なっ…! 屋根が!?」


思わず足を止めてしまう竜崎。なんとこのドーム状の空間、その岩屋根の一部が音を立て崩れ落ちてきたのだ。 

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