268話 差し向けられた召使達

「じゃーね!凄いおねーちゃん達!」


日は大分傾いたところで、魔術教室は終了。参加者は次々と帰っていく。さくら達が担当していた子供達も、親と共に帰路へと。そのほぼ全員が手を振ってくれて、さくらは振り返すだけでも大忙しである。


昼間に行った魔術の披露。あれ以降さくら達に魔術を請う子は目に見えて、というかとんでもなく増えた。どれくらいかというと、タマがべろんと寝っ転がり爆睡するぐらい…彼の子守の仕事が無くなるぐらいである。一躍、さくらは子供達の憧れの的となっていた。


そしてメストもまた、慕う参加者達に更に囲まれていた。少し離れたさくらの位置からだと、メストの姿が見えないほどには。そして今も…。


「メスト様!この後お茶でも…!」


いつの間にか様付けになっている街の女の子達にお誘いを受けているメスト。が、それを防ぐように立ちはだかるは―。


「申し訳ありません皆様、この方は我が公爵家が招いた御客人。こちらでおもてなしをさせていただきますので」


平静を装っているものも、言葉の節から威嚇じみたものを感じ取れる口調の彼女は公爵令嬢エーリカ。まるでメストのSPのようである。 …本来は立場が逆なのであろうが。




ようやくほとんどの子達を見送り終え、身体を伸ばすさくら。ふと、遠くにいる竜崎を見やる。彼はニアロンとナディと共に、魔術の腕がそこそこある人に向け追加講義をしていた。


簡単な魔術を覚えれば、水を汲んできたり火を起こす必要はなくなる。食料品を凍らせられれば一気に日持ちするし、遠地への輸送も楽になる。参加者達は、便利を獲得するため頑張っていた。


聞くところによると回復魔術講師シベルは医療職相手に、聖魔術講師マーサは聖職者相手にそれぞれ追加授業中らしい。


ということはまだ暫くはかかりそう。ようやくメストを囲む人達を追い払ったエーリカに連れられ公爵邸に一時戻ろうとするさくら達だったが…。



「おねーちゃん!ちょっとこっちきてー!」


突然駆け寄ってきたのは魔術教室に参加していた子の1人。さくらとメストの手をぎゅっと握ると、どこかへと引っ張っていこうとするではないか。


「こら、お止めなさい」


エーリカはその子を止めようとする。しかしさくら達はそれを抑えた。


「すぐ戻るから大丈夫!」


そのまま子供に連れてかれるさくらとメスト。エーリカは少し悔しそうに見送った。


「私もメスト様と手を繋ぎたかったのに…!」






「ねえ、どこに行くの?」


促されるまま歩いていくさくら達。行き先が気になり問うと、手を引く子は無邪気に答えた。


「あのねー。貴族の召使の人達が2人を連れて来てって!」


「貴族? 公爵様のかい?」


「ううん、違うよ。多分他の貴族の人達の!」


他の貴族?首を傾げるさくら達。すると、子供はとある地点で立ち止まった。どうやら空き地のようである。遠くに公爵邸が見えるほどには開けた場所だが、人通りは全くない。まるで、人払いがされているかのように…。


「―! さくらさん、武器を構えて!」


メストは武器を引き抜き子供を自らの背に隠しながら、さくらへと指示を飛ばす。反射的にさくらもラケットを取り出し、同じく子供を守る位置に立った。


それと同時に、建物の陰からぞろぞろと現れるのは十人ほどの大人達。全員が確かに召使の服を着ており、その手には木剣や棒が握られていた。


「申し訳ありません。メスト様、さくら様。我が主の命により、少し刃を交えて頂きます」


うやうやしく頭を下げた彼らは、それぞれバッと構える。その立ち姿は中々に堂に入っていた。


「貴族の召使が良く使う型…。暴漢とかではないみたいだね」


相手が本物の貴族召使と看破したメスト。と、彼女達の背後から子供の声が響いた。


「なんで喧嘩してるの…!? お話するんじゃなかったの…!?」

「ごめんね、約束通りお駄賃あげるからこっちに来てね」


さくら達をこの場に連れてきた子供が、召使の1人に半ば羽交い締めのような形で連れていかれている。さくらは思わず追いかけようとするが、他の召使に遮られた。


「…目的はなんだい?」


「先程申し上げた通り、少々戦って頂きたいのです。遠慮は無用です、行きます!」


メストの問いに再度そう答え、ダッと地を蹴り迫る召使達。さくら達は仕方なく応戦に転じた。





ギィンッ!


武器と武器がぶつかり合う音が響く。貴族召使vsさくら達の戦いは白熱していた。


「『青き薔薇よ、捕えろ』!」


メストの詠唱により、展開された魔法陣から茨の捕縛魔術が伸びる。何人かが囚われるが、相手は貴族の身辺警護をする召使達。見事躱した召使の幾人かはメストへと肉薄する。しかし―。


「甘い!」


強化したレイピアを振るい華麗に攻撃をいなすメスト。囲まれても空中へバサリと飛び上がり、くるり身体を翻し器用に抜け出した。しかもそれと同時に精霊を這わせ、召使達を気絶させていく凄腕ぶりである。



対してさくら。流石にメストほど強くはない彼女は、そこまで軽やかに敵を倒せはしてなかった。しかし、問題なし。呼び出した大量の精霊達に自らを守ってもらっているのだ。精霊による防壁、及び打ちだされる各属性弾のせいで召使達は上手く襲い掛かることが出来ない。


「ならば魔法を…!」


召使の内、魔術を扱えるものが光弾を打ちだす。しかし、さくらはそれをラケットで打ち返した。


キュンッ!


ラケットにはめ込まれた『神具の鏡』により、光弾は勢いを増し弾き返される。それは召使の1人の頬をチッと掠り、その背後の壁にドゴッとめり込んだ。


精霊により防壁が張られ、遠距離攻撃も弾き返される。幾人かが無理やり近づくが、さくらと鍔迫り合いをした瞬間同じように壁まで吹っ飛ばされてしまった。もはや打つ手なしである。


「どうすれば…がっ…!?」


召使達がそうして手をこまねいている間に、自らの分を倒したメストが参戦。彼らはあっという間に畳まれてしまった。






「あー…怖かった…」


あまりに突然の戦闘。ほぼほぼメストに倒してもらったとはいえ、緊張の糸が解けたさくらはへたり込む。


「お疲れ様さくらさん。さて、皆さんはどなたに仕えている方なのですか?」


さくらに微笑みかけたメストは、返す刀で倒れ伏す召使達に問う。すると彼らはゆっくりと立ち上がり、ペコリと頭を下げた。


「申し訳ございません、それはお答えしかねます。しかし、今ので主は満足なされたでしょう。失礼いたします」


ピカッ!


最初から打ち合わせをしていたかの如く、軽い閃光を焚き二手に分かれ逃げ出す召使達。あまりの早業に面食らうさくら達はそれを止めることができない。


その間に召使達は悠々と路地に消え―。


ドンッ!

「「「うっ!」」」


路地の先の何かに思いっきりぶつかったのだろうか、召使達の身体が弾かれベシャリと転がる。


バシュンッ!

「「「あふんっ」」」


もう一方の路地では暖かな光が輝き、召使達の身体がへなへなと倒れていくではないか。



一体何ごとか。驚いたさくら達はそれぞれを見やると、現れたのはシベルとマーサ。そして…。


「ご無事ですかメスト様!さくらちゃん!」


焦った様子のエーリカと、その兄ハルムだった。




「この顔、全員見覚えがある。今屋敷に招かれている男爵の付き人達だ」


シベルのどつき、マーサの聖魔術で倒された召使達の顔を見て、ハルムは断言する。公爵子息の彼が言うならば間違いないのだろう。しかし何故…?


「あの方達のこと、きっとメスト様達の腕試しと称して襲い掛からせたに違いありませんわ!」


メストの手をギュッと握りながら、エーリカは苛立ったように言う。ハルムが頷いているところを見ると、当たっていそうである。



「でも、エーリカ。どうしてここがわかったんだい?」


「あ、まさか…」


メストのその問いに、さくらは心当たりを口にしかける。しかしエーリカは勢いよく否定した。


「尾行してきたわけではございませんよ! 中々にお戻りにならないから不審に思い、兄様と共に探し始めたのです。そうしましたら丁度先生方と合流しまして…」


「あれ。私はてっきり尾行してきたエーリカちゃん達が先生を呼んでくれたのかと…」


推測が外れたさくら。と、シベルが口を開いた。


「俺達はリュウザキ先生に、正確にはリュウザキ先生の精霊に頼まれたんだよ。お前達を助けてやってくれとな。まあ、その必要はなかったみたいだが」


ほら、と指さすシベルの肩には確かに精霊が。彼らもまた、竜崎が使う大技『精霊伝令』の受け取り主らしい。


「先生は俺の嗅覚を信用してくれているからな」


フハハと笑うシベル。それが癇に障ったのか、マーサが言い返した。


「あら、じゃあ何故私の元にも精霊が来たのかしら? きっとシベルだけではこの人達に大怪我を負わせる可能性があると考えたのよ」


またも喧嘩を始めるシベル達。皆でそれを止める中、さくらはふと気づいた。


「あれ?じゃあ竜崎さん自身はどこに?」






公爵邸、バルコニー。双眼鏡を外した貴族達は談笑していた。


「残念、バレてしまったようですな」


「使えない召使達で申し訳ありません。しかし、メスト嬢とさくら嬢。素晴らしい腕前でしたね」


「えぇ、実に。流石はリュウザキ様の愛弟子。今度は私の召使達を向かわせてみましょうか」


和気藹々とする彼ら。と、その背後から礼儀正しい言葉がかけられた。


「そこまで彼女達を買ってくださり有難うございます。しかし皆様、少々お戯れが過ぎますよ?」



ビクッと肩を竦める貴族達。彼らはゆっくりと後ろを振り返ると、そこに居たのは顔を顰めたディレクトリウス公爵と…声の主、にっこりと微笑んだ竜崎だった。

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