267話 魔術披露

「え、魔術の披露…ですか!?」


昼休憩。集まっていた参加者達も思い思いの店や屋台で腹ごしらえをしている時間帯。昼食を摂り終え子供達と遊んでいたさくらとメストの元に現れたのは、ディレクトリウス公爵と竜崎だった。


そんな公爵から2人へお願いされたのは、さくらが驚いた通り『魔術を皆に披露してほしい』というもの。それ自体は構わないのだが…。


「何故私達に…?」


魔術を披露するならばもっと適任がいる。精霊術士として名を知らしめる竜崎が真横にいるのだ。それに、彼じゃなくともシベルやマーサ、ナディもいる。わざわざ自分達に白羽の矢が立ったことに首を傾げるさくら達。と、竜崎が補足をいれた。


「2人の腕前を見たい人がいてね。気を張らず、自然体で構わない。お願いしていいかな?」


「…? わかりました、やってみます」


公爵と師からの頼み事、断るわけにもいかない。さくら達の返事に、公爵はうやうやしく頭を下げた。


「感謝します。実はやって頂きたい演目がありまして…こちらなのですが」





「ん?あれなんだ?」


突然に広場の真ん中に持ってこられた人サイズの1本の丸太。魔術教室の参加者達は俄かにざわつき出す。そんな彼らが前に出過ぎないよう、公爵の兵士達が警護につく。


それにより、広場中央には丸太のみがある誰もいないスペースが出来上がった。と、そこに進み出でるは2人の女の子。さくらとメストである。


「ぶっつけ本番なんですね…」


ぎくしゃくするさくら。と、それを笑い飛ばすかのような声が彼女の背から響いた。ニアロンである。


―ぶっちゃけると、さくら達が今日呼ばれた理由はこれをやってもらうためらしいからな。ぶっつけ本番なのも、お前達の対応力を見たいがためだと。だがまあ心配するな。清人が監修した演目構成だ―


「でも…」


ニアロンの言葉でも不安が拭えぬさくら。と、彼女の肩をメストが優しく抱いた。


「大丈夫さ。さくらさんの腕ならば失敗しないよ。先生の言う通り、あまり人に見せることを意識せずやってみよう。代表戦の時みたいにね」






さくら達が位置についたのを確認し、ディレクトリウス公爵は魔術拡声器を手に取り見物客に呼びかけ始めた。


「今から、リュウザキ様の愛弟子2人に魔術を披露していただく。年若き彼女達だが、その魔術の腕はかの学園の中でも一際光彩を放つ。とくとご覧あれ!」



「凄い持ち上げられ方していません…?」


「ちょっとくすぐったいね…」


―それだけお前達があいつ公爵を感動させたってことだ。さて、私は出番まで引っ込んでいる。頑張れよ―



さくらの体の中に消えたニアロン。それを合図に、さくらとメストは目を合わせ何かを取り出す。それは、各属性の精霊石だった。



「「火!」」

ボウッ!


「「水!」」

バシャッ!


「「土!」」

ボゴゴッ!


火水土風氷雷…。精霊石から吹き出す力に観客は歓声をあげる。さくら達がやっていることは精霊石に魔力を注ぐという、学園に在籍している者なら誰でもできる初歩訓練。だがそれでも魔術素人の人々から見れば充分凄い事である。


「次行くよさくらさん」

「はい!」


精霊石をしまったさくら達は、今度は自分の武器を取り出す。そして詠唱を始めた。


「「精霊よ、ここに!」」


呼び出されたのは妖精のような可愛らしい姿を持つ中位精霊達。自律し動く彼らは主の指示に従い、周囲の観客の上を飛び回った。


「わあ…!」


更に上がる驚きの声。一周ぐるりと回り戻ってきた精霊達に、さくらは次の指示を出した。


「この丸太を持ち上げて!」


用意された丸太を指さすと、精霊達は一斉に集まりよいしょよいしょと持ち上げる。それは丁度メストの胸辺りで静止した。


それに向け、メストは自らのレイピアを軽くコンコンと突き刺す。だが表面が僅かに削れるだけ。するとメストは少し後ろに下がり、レイピアを演武するかの如くヒュンヒュンと振り胸の前で構えた。


「精霊よ―。我が剣に力を!」


メストが呼び出していた精霊達がレイピアへと集っていく。銀色に輝いていたその剣は属性の力により虹色へと。そして彼女はそのまま―。


「はっ!」


浮遊する丸太へと刺突一閃。ドッ!という音と共に丸太には大きな穴が。またも歓声が飛ぶが、それだけでは終わらない。


「はぁっ!!」


レイピアを引き抜いたメストは返す刀で丸太を両断。刺突武器であるはずのレイピアが恐るべき切れ味に。更にスパンスパンと四等分。さくらの精霊達はそれを観客に見せるように高く持ち上げた。


「すげぇ…」


観客達の元からパチパチパチと拍手が聞こえてくる。しかしこれだけでは留まらない。公爵から頼まれた演目はもう一つあるのだ。


―ようしさくら、メスト。やるぞ―


ふわりと出てきたニアロンは首をコキリと鳴らす。それに頷き、さくら達は再度詠唱を始めた。





まずはメスト。さきほど使ったレイピアを掲げ詠唱をする。すると、刀身にポムっと咲いたのは色とりどりの薔薇の花。それは次々に数を増し、あっという間に人よりも大きい巨大な花束へと変貌した。



そしてさくらはというと…。


―コツはウルディーネの時と同じだ。出来る限り鮮明に思い出せ、『風易の地』に行った時のことを―

「はい!」


さくらは目を瞑り、意識を集中させる。ニアロンの補助により詠唱術式は完成、地面に発生した魔法陣からは緑色の光が湧き上がる。


「なんだ…?」


メストの花束に目を奪われていた観客達も、輝く魔法陣へと目を移す。と、さくらは目を見開き、詠唱を締めた。


「来て、『シルブ』!」


さくらの声と共に、魔法陣にはつむじ風が巻き起こる。だが次の瞬間それは弾け、中からは風の上位精霊シルブが姿を現した。


「ケエエエエエン!!」


上半身鳥、下半身竜巻の風精霊は高らかに鳴く。その声に、観客の幾人かは思わずひっくり返ってしまっていた。


「私のこと、わかる…?」


呼び出したシルブに、さくらは恐る恐る問う。そう、このシルブはかつてさくらが契約を結んだあの子である。既に彼を構成する魔力はさくらのものから入れ替わっているだろうが…。


「クルル…!」


勿論ですとも我が主。シルブはそう言わんばかりにさくらに顔を擦りつける。それを見ていたメストは少し驚いたような声をだした。


「本当にシルブとも契約しているんだね…。流石さくらさんだ!」


「えへへ…メスト先輩も凄いです、その花束!色んな色作れたんですね!」


「ふふっ、有難う。実は茨無しだと結構楽に作れるんだ。それじゃ、代表戦の再現といこうか!」




シルブの背に乗るさくらとメスト。周囲の視線を集めながら、バサリと空へと。そして、地上にいる人達が自分達の形を捉えられる位置で止まった。


―ここいらで良いだろう。せーのっ!―


ニアロンの合図で、さくらとメストは手を繋ぎシルブから飛び降りる。それと同時にメストは花束をシルブに向かって投げつけた。


「さくらさん、今だ!」

「シルブ!その花束を散らして!」


「ケエエエン!」


花束を捉えたシルブは勢いよく翼を羽ばたかせる。巻き起こった風は花束を刻み、細かな花びらへと。まるで花火が弾けるように、その花びら達はブワッと空を美しく彩った。かつて代表戦でさくら達が使った大技『青薔薇の舞』、カラフルバージョンである。


「綺麗…!」


見上げる観客達はほうっと息をつく。と、その場にゆっくりと降下してきたさくら達。同じく降りてきたシルブと共に深々と一礼した。


パチパチパチパチパチパチ!ヒューヒュー!


場を万雷の拍手と指笛が包み込む。披露大成功である。





その様子を公爵邸で見ていた貴族達。彼らもまた、拍手を送っていた。


「シルブを呼び出すとは…!ニアロン様の補助ありとはいえ、あのさくら嬢の実力は本物のようですな」


「うーむ!あの技を再度見ることが出来るとは!この薔薇の花びらも、本物と見紛うほどで。儚く消えていくのがやはり美しい」


「2人共見目麗しく、魔術の才もあり。素晴らしい子達だ。…あそこまでされると、実戦の働きぶりも気になりませんか?」


貴族の1人の提案に、他貴族も頷く。提案した貴族はにやりと笑い、近くにいる召使に声をかけた。


「おいお前達。あの子らを誘き出し、戦え。私達が見える位置でな。勿論、公爵殿やリュウザキ様に内密にな」

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