266話 魔術青空教室

ディレクトリウス公爵邸から望める、幾つかの広場。そこには老若男女様々な人が集まっていた。


彼らは公爵領下に住む人々。農民や職人、商人…着ているものから職種は察せられども、魔術に明るいといった様子はない。それもそのはず、使えないからこそ本日集まっているのだ。


なお、この催しに参加費はない。アリシャバージル王の命で無料なのである。参加者が払うのはここまでの馬車代のみ。それも、ディレクトリウス公爵の計らいでかなり安くなっている。


故に、広場に集まった人々はかなりの数。竜崎達はそんな参加者を等分し、それぞれ受け持っていく。彼らは魔術を活用した拡声器を手に、『魔術教室』は開講した。



「精霊石は全員受け取りましたか?では、『魔力の注ぎ方』からいきましょう」


とはいえ、参加者達は完全なる魔術素人。学園の様な魔術を教える訓練所に通ってもおらず、学ぶ機会は全くない。


だからこそ、教える内容は初歩の初歩。魔術の詠唱すら用いない、自身の魔力の使い方から始まる。魔術教室と銘打ってはいるが、実際は『魔力の使い方教室』と言っても過言ではないのかもしれない。それでも慣れていない人は数回参加しても上手く使えなかったりするもので、現に今も結構な人数が苦戦していた。




その様子を見たさくらは、賢者の言葉を思い出していた。『魔術を扱えるのは生まれながらの才能』…彼は以前そんなことを言っていた。その事実がありありとわかる光景に、さくらは幾ばくか胸を締め付けられ、自分が使える才能アリだということに思わず安堵していた。



と、そんな彼女を呼ぶ子供の声が。


「さくらおねーちゃん、どうしたのー?」


「あ…ごめんごめん。じゃ、授業を始めるね」




さくらは竜崎が教鞭をとっている広場の端で子供達の相手をしていた。流石に『人に教える』という行為は難しく、加えて公爵からのお願いで子供達の担当となった。


年齢が近いだけあって、子供達はおじけることなくさくら先生の授業を聞いてくれる。また、さくらもエアスト村で同じような経験があるため、すんなり順応できた。最も、双方砕けた口調に遊び出す子供達と授業というより保育所に近い感じではあるのだが。



そして、メストとタマも同じ場所にいる。いるのだが…。


「そう…そのまま力まずに、身体の中を魔力が走っていることを意識して…」


相手の手を軽く包み、優しく教えるメスト。彼女の周りには男女問わず、色んな子が集まっていた。その全員が、いわゆる『おませ』な子達。中には若い女性も交じってメストの授業を受けている。遠巻きに彼女の様子を眺めている男性陣もいる。


言いかえてしまえば、メストはハーレム状態。貴族の子達をも魅了する彼女は天然の『たらし』である。当の本人は全くその気はないらしいが…。




対して、タマ。自らの身体を巨大化させた彼は、泣きかけの子供達を背に乗せのしりのしり。まるで遊具である。ふわふわな毛並みによって、子供達の中にはぐっすりと寝てしまう子も。そんな子達はさくら達の警護役も兼ねている公爵家の召使達が回収している。


「おっと、毛を引っ張っちゃ駄目ですよ?」


手慣れた口調で子供の悪戯を止め、竜崎やさくら達の授業の邪魔にならないように子守をするタマ。授業に興味がない、遊びたい子供達は列を作ってタマの背に乗るのを待っていた。


完全自由な青空教室。こんなんで良いのかと苦笑いするさくら。すると、彼女の近くにいた公爵召使の1人が有難そうにお礼を述べてきた。


「ありがとうございますさくら様。普段私達がこういった子供達の相手をしているのですが、何分皆泣き叫んだり統率が取れなかったりと毎回大変で…」


役には立っているようで、さくらは一安心。召使は更に言葉を続けた。


「普段はハルムお坊ちゃまやエーリカお嬢様が手伝ってくださるのですが…。ここだけの話、お坊ちゃまは子供に対して不人気で…」


仕える者にあるまじき暴露をする召使。だが、さくらは思わずあぁ…と言葉を漏らしてしまった。ハルムと最初に会った時の言動を考えれば察するにあまりある。


だがそんな彼はいまや…。


「そうだ…その調子だ。やるじゃないか」


妹エーリカと共に、さくらから少し離れた位置で子供達相手に授業をしていた。まだ尊大さは見え隠れするが、かなり丸くなっている様子。と、彼が受け持っていた子供が一言。


「ハルムさま、最近優しくなったね!」


その言葉に、エーリカ、召使、さくらは思わず吹き出してしまうのだった。







そんなさくら達の様子を興味深げに眺めている人達がいた。どこから?それは、公爵邸のバルコニーからである。


「ほう…あの子達が今話題のさくら嬢とメスト嬢ですな」


「えぇ。私は以前のここでのパーティーで活躍を目にしましたが、流石はリュウザキ先生の教え子といった実力でした」


「ハルム殿も随分と丸くなったようで。…貴族らしさが薄れてしまったのは残念ですが」



オペラグラスのようなものでさくら達を覗き見しながら、紅茶を嗜む者達。総じて豪奢な服を纏い、幾人もの召使を侍らせている。彼らはアリシャバージルの貴族達である。


ディレクトリウス公がさくら達を招いた理由。それは彼ら他貴族に「2人の様子を見たい」と請われたからなのだ。今彼女達が子供を相手にしているのも、貴族達から様子が見えやすい位置にいてもらうための口実に過ぎなかったりする。


「しかし…本当にあの子…さくら嬢が竜巻を消したのですかねぇ。公爵殿の言葉を疑うつもりはありませんがどうにも信じがたい」


貴族の1人が首を捻る。と、それに答える声が。それは、どこかへ行っていたらしいディレクトリウス公爵のものだった。


「そう言うだろうと思い、彼女の実力を見ることが出来る場を用意させた。さくら嬢が承諾してくれれば、だがな」

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