265話 馬車に揺られて公爵邸へ

そして、魔術教室当日。大きな馬車が一路公爵領下へと向かっていた。


乗っているのは竜崎、シベル、マーサ。そしてタマ含む彼らの助手陣。加えてさくら、メストであった。



馬に強化魔術が施されているのか、馬車は車並みに速い。ふとさくらは思い出す。以前竜崎はこの世界に車という文化を持ち込みたくないと言っていた。


だがこの馬車に加え、空を移動できる竜に、テレポートと同義の転移魔法まであるこの世界。もしかしたら車という文化は必要ないのかもしれない。さくらは外の景色を見やりながらそんなことを考えていた。


と、さくらの思考は突如向い側の席から響いてきた声に中断された。



「…だから、魔術を知らぬ人には俺の『回復魔術』を教える方が有効だ!簡単だし親しみやすい!」


「それを言うなら公爵様の領地にも『聖なる魔神』メサイア様を祀る教会はあるもの。親しみやすいのは『聖魔術』のほうよ!」



声の正体は獣人の回復魔術講師シベルとシスターの聖魔術講師マーサのいがみ合い。そりが合わずいつも喧嘩している2人だが、此度もまたそれは変わらないようだ。


「もう…お二人はここでも…。大変ですね…」


溜息交じりに、竜崎の助手ナディはシベル達の助手へ同情を向ける。それを受けた彼らは半ば諦めたかのような表情を浮かべていた。



「それにしても…竜崎さんあの場所でよく落ち着いていられますね…」


その様子を見ていたさくらは、横に座るメストへとひそひそ声で話を振る。


何故ならば…いがみ合うシベルとマーサの間、そこに竜崎は座っていたのだ。


彼は両方向から聞こえる喧嘩声をまるでBGMのように聞き流し、本日の進行表を読み直していた。慣れ過ぎである。


その一方で、我慢ならない様子の者…猫が一匹。竜崎の膝の上で寝ていたタマである。



「ご主人…そろそろ…」


ふわふわの尻尾をピクピク動かし、明らかに苛ついた様子のタマは竜崎に催促する。竜崎はそれでようやく顔を上げ、軽く辺りを見回した。


ナディ達助手陣の「お願いします…」と言わんばかりな沈痛な表情を確認した彼。スッと両手を動かし…。


「そもそもお前は…ぐむっ…!」

「だいたいあなたは…んむっ…!」


手の甲でシベル達の口元を抑えた。


「はいはいそこまで。そもそも今日の日程に治癒魔術の授業は無いだろうに。魔術への適正が無い人が治癒魔術を使うと回復不足なり過回復なり異常が出るのは知ってる通りでしょう?」


「「ですが…!」」


「それぞれ違ってそれぞれ良い。競わないの」


ぐっ…と黙らされるシベル達。しかしそれでは収まらぬようで…。


「ならばマーサ。どちらが参加者を満足させられるか勝負と行こう!」


「望むところよ!」


シベル達はまたも睨み合う。キリがない。すると、ニアロンがふわりと姿を現し一言。


ー私に拳骨を食らわせられるのと、清人に眠らされるの、どっちが良い?ー


鶴の一声。シベル達はピタリと黙った。竜崎は苦笑いで進行表確認に戻り、タマはすやすやと寝息を立て始めた。





暫くし、馬車は町中へと入る。石畳と、(元の世界と比べて)古風な煉瓦の町並み。そして立ち並ぶ数々の露店。さくら達が今住む王都に比べるべくもないが、中々に活気に溢れていた。これぞ異世界の町といった風体である。



そして馬車は公爵邸へと。さくらがここに来るのはこれで2度目、パーティーに招待されたとき以来。しかし日差しに照らされ高尚さを放つ屋敷に、さくらはほう…と息を吐いた。



「ようこそ皆様。本日はよろしくお願いいたしますわね」


そんな彼女達を出迎えてくれたのは、一足先に帰宅していたエーリカとハルム。これもまた、公爵の子としての仕事なのだろう。きらびやかな服を纏い、学園にいる時以上の威厳と高貴さを醸し出していた。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします。ハルム卿、エーリカ嬢」


代表し、竜崎が恭しく一礼をする。普段は生徒と教師の間柄だが、これもマナー。さくら達も続き頭を下げた。


「応接間に休息の準備をさせておりますので是非ご利用ください。また、精霊石その他、道具の準備は整っております。確認を宜しくお願いします」


ハルムもまた、公爵子息としての責務を果たす。その姿は学園で見るときよりも何倍も立派で、さくらは思わず吹き出しかけた。



と、ハルムがさくらへと近づいてきたではないか。慌てて顔を引き締めるさくらに向け、ハルムは少し照れ臭そうに礼をした。


「本日は父…ディレクトリウス公爵の申し出を受け入れてくださり感謝いたします」


「ひゃ、ひゃい…!こ、こちらこそ恐縮です…!」


緊張半分、笑い堪え半分。さくらも礼をし返す。すると、ハルムはボソリと耳打ちしてきた。



「勝手で済まないが…お父様に先日のことは伝えないでくれまいか…?」


公爵の息子とは思えぬ、親に悪戯がバレかけの子供のようなお願い。さくらは苦笑いで頷くのだった。

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