ー公爵領下でお手伝いー
264話 公爵からのお願い
またも図書館が舞台となってしまったディレクトリウス公爵子息の騒動が収まり、さくらとエーリカのわだかまり(勝手にエーリカがそう思っていただけ)も解決した直後。その場に駆け付けてきた者がいた。
「お嬢様ー!」
それはエーリカの召使達。彼らは颯爽とエーリカを取り囲むと、服の埃払いや髪型直しをあっという間に済ませた。流石貴族の召使達、早業である。
「お嬢様。皆様のこの様子、どうやら事は解決なされたのでしょうか?」
「えぇ、解決いたしました。最も、兄様にどのような罰を与えるかはさくらちゃんに委ねますが…」
エーリカから突然にそんなことを振られ、さくらはぶんぶんと手を振り拒否する。多少ドン引いたとはいえ、そこまで気にすることでもなかった。それに、ハルム達は既にエーリカからこってり絞られていたし…。
「感謝いたしますわ、さくらちゃん。ネリーさん達も御迷惑を…」
「私達もちゃん付けで呼んで欲しいなー!」
爽やかな図々しさを発揮するネリー。エーリカはにこりと微笑んだ。
「それは失礼を。ネリーちゃん、モカちゃん、アイナちゃん」
屈託なくお喋りするエーリカ達。と、その様子を見た召使達の様子がおかしい。わなわなと肩を震わせハンカチを目に当て始めた。
「ハルム様にもお嬢様にも貴族以外の新たなご友人が…!私達、感無量です…!」
「ちょっと!?貴方達!?」
いくら品行方正といえど、公爵令嬢。実は兄ほどではないが、一般人の友人が少ないエーリカ。いや、むしろその性格のせいだろう。兄ハルムとは別ベクトル…『高嶺の花』だという理由で人が近寄ってこなかったのだ。
(故に、公爵令嬢の自分に気軽に話しかけてくれるメストを好きになったのだが…。それはエーリカだけの秘密である)
その友人事情を知る召使達にとって、今目の前の光景は青天の霹靂。そんな彼らを慌てて諫めるエーリカへ、さくら達は苦笑いを送るしかなかった。
ようやく落ち着いた召使達。と、そのうちの1人が傍で見守っていた竜崎を横目に主へと語りかけた。
「お嬢様、リュウザキ様がここにいらっしゃるということは公爵様からのお願い事は果たされましたのでしょうか?」
謎の言葉に竜崎達も首を傾げる。エーリカは思わず口元に両手を持っていき、か細い声を漏らした。
「忘れていましたわ…」
「実は朝方、リュウザキ先生にお伝えしようとしていたことがありましたの。ですが、その際に見つけた兄の愚行ですっかり忘れておりました…」
少し恥ずかしそうに、エーリカは竜崎に申し出る。
「実はお父様から1つお願い事がありまして。間近に控えます、リュウザキ先生も参加してくださいます我が領民への魔術教室。その場にさくらさんとメストさんをお連れして欲しいらしいのです」
「魔術教室?」
首を傾げるさくら。エーリカはそんな彼女に説明してくれた。
「月に一度、又は数回。学園や学院の方を招いて領民に向けての授業をしていただいておりますの。それが近々開催予定なのですわ」
そういえば、とさくらは思い出す。エアスト村でお世話になったクレアの話である。かつてのエアスト村よろしく、まともな教育機関がない小さな農村などは王都から定期的に派遣される魔術士達が青空教室のようなことをしていると。恐らくこれもそうなのだろう。
そして、さくらのその推測は的を得ていた。公爵領下に教育機関…訓練所は幾つも存在するものの、それは読み書き等生活に最低限必要な内容を教える場であり、学園ほどに大きく優秀なものではない。…というより、この学園自体が特別な存在なのだが。
だからこそそんな学園から人を呼び、言ってしまえば生活に不必要な、しかし覚えれば便利な魔術を教授する―。そういう催しなのである。
だが、何故…? さくらは更に首をかしげる。そんな場に自分達が呼ばれる意図がわからないのだ。と、それを察したエーリカはおずおずと理由を打ち明けた。
「…実はお父様、以前我が屋敷に侵入した盗賊を確保してくださってから、お二人にご執心でして…。この間なんて、執務を押してまで『代表戦』を観戦しに来ていたのです。特にさくらちゃんに至っては、魔界での竜巻騒動を間近に見て痛く感激したようで…」
要は、用事にかこつけてお気に入りの子達を領下に招きたいらしい。どうでしょうか…?とエーリカは竜崎の顔色を窺う。彼は特に悩むことなく答えた。
「学園長の許可がいるとは思うけど、それさえ通れば大丈夫だと思うよ。さくらさんとメストの気分次第かな」
特に断る理由もないさくらとメストは参加を即決。エーリカは父親からの依頼を果たせてほっと胸を撫でおろした。
ふと、さくらは竜崎に一つ質問をした。
「ちなみに参加する方は他にもいるんですか?」
「えーと、学院から魔術士が幾人かと…学園からは私に加えてシベルとマーサだね」
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