257話 倒れた竜崎

先程までさくらの隣でスライムを倒し、エーリエルのスカートを覗く彼女達を諫めていた彼が地に倒れている。その事実にさくらの思考は一瞬停止してしまった。


「大丈夫ですか!?」


先に駆け寄ったワルワスの言葉に、さくらは我を取り戻し駆けつける。ふと彼女は思い出した、この症状には見覚えがあることを。


もしかして―。その答え合わせをするかのように、少女体に戻ったニアロンが口元を抑えつつ言葉を漏らした。


―魔力切れだ…うぇっ…―




体内の魔力を消費し過ぎると起きる、魔力切れ。立ち上がれぬほどの眩暈や吐き気といった諸症状が現れる状態である。


さくらが知る限り、竜崎がこの状態になるのは二度目。それはこの世界に来てすぐに、学園でイブリート火の高位精霊を召喚した時であった。それ以降は魔力切れを起こしていなかったのだが…。


「そっか、この間も…」


さくらはここ最近の出来事を思い返す。特に大きいのは『追悼式』であろう。大量の上位精霊達を従え、魔獣達と戦い、勇者のエンチャントを行い、果てはイブリートを呼び出しもした。


あれから日は数日程度しか経過していない。魔力を回復していなくとも当然。それなのに先程も上位精霊を沢山呼び出し戦っていた。エーリエルの召喚で魔力が尽きてもさして不思議ではないのである。


それに、およそ彼のことだ。預かり知らぬところで人助けやら何やらで魔力を使っていてもおかしくない―。合点が行ったさくらは即座に踵を返した。


「お、おい!どこに行くんだ?」


「マーサ先生達を呼んでくる!」


呼び止めるワルワスにさくらはそう返す。治癒魔術に精通している彼女達ならば竜崎を助けることもできるはず…! 急ぎ駆け出そうとしたその時だった。


ドプンッ!

「わっ!?」


「えっ…?」


謎の異音とワルワスの悲鳴を耳にし、さくらは再度竜崎の方を振り返る。なんとそこでは―。


「嘘…!」


竜崎が、スライムに呑み込まれていた。




「っ…! このっ!」


寸前で竜崎に突き放されたのか、地面に尻もちをつき難を逃れていたワルワス。彼はすぐさま立ってスライムに攻撃をしかける。だが…。


「くっ…!この大きさ相手じゃやっぱり効かない…!」


スライムはその一撃を意にも介さない。そうしている間に竜崎を完全に取り込んでしまった。どうやら窒息死させる気らしい。



「えっ…えっ…!?」


さくらは足を止め、呆然と立ち尽くす。一方で彼女の頭は今度は急速回転していた。どうしよう、どうしよう…!助けなきゃ…!


でも、人が入っている状態のスライムなんて対処したことがない。ラケットの『神具の鏡』はとてつもなく強力、下手に叩いたら余波で竜崎を傷つけてしまう可能性がある。


先程学んだ『精霊爆発』の手法は、中に人が入っている状況を想定していない。いや、竜崎ならそれでもできるのかもしれないが、習いたてのさくらがそんな高等テクを出来るはずもない。


ならば、ニアロン自身が出来るという精霊爆発の技で…。僅かな希望を信じ見守るさくらだが、スライム内部の竜崎達は死んだかのように身動き一つとらない。魔力切れが影響しているのだろうか。



「おいさくら!何をボーッとしてるんだ!?」


ワルワスの声にさくらはハッとする。再度このままでは竜崎が殺されてしまう…!さくらは震える手でラケットを握り直し、即座に詠唱を始めた。


「『我、汝の力を解放せん―』!」


事態は一刻を争う。マーサ達を呼びに行くより早く、竜崎を助け出せる方法。それは自身の手で彼を救い出すこと。そして、完全にスライムに呑み込まれた人の救出法は賢者から聞いている。ならばすべきことは一つだった。


「ワルワス君、下がって!」


限界突破機構に魔力を注ぎ込みながら、さくらはワルワスを退かせる。出来る限り強く、それでいて竜崎を傷つけぬように…!


「はあぁっ!」


バチチと音を鳴り響かせるラケットをさくらは力いっぱい振るう。次の瞬間―。


ゴォオッ!


爆音と共に、スライムは炎の柱の中に消える。ブワッと押し寄せる熱波にさくらとワルワスは反射的に顔を覆う。そして炎は直ぐに消え去った。


「どう…!?」


さくら達は燃え跡を見やる。そこからふらふらながら立ち上がったのは、少し髪が焦げた竜崎だった。




「竜崎さん!」


さくらは思わず竜崎に飛びつく。竜崎は多少ふらつきながらもなんとかさくらを受け止めた。


「助かったよさくらさん。危うく窒息するとこだった…。命の恩人だ」


さくらの頭を優しく撫で、竜崎は礼を言う。と、ニアロンがケホケホと咳き込みながら口を開いた。


―ちょっと火力が高すぎたなさくら。それに、そう急がなくても良かったぞ―


「えっ?」


―わざと取り込まれてスライムの魔力の質を確認していたんだ。そろそろ抜け出すつもり…むぐっ―


ニアロンの口を塞ぐ竜崎。彼は溜息をつきながら彼女を叱った。


「せっかくさくらさんが助けてくれたのにお礼も無しか?結構危ない橋を渡っていたところを救われたんだぞ」


―むむぅ…ぷはっ。そうだな、さくら。ありがとう。ところで、そうやって清人にくっついているとお前もスライムまみれになるぞ?―


「えっ。あっ…」


―もう遅かったな―


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