258話 完敗

「お力になれずすみません…」


「大丈夫だよマーサ。君も治療でかなり魔力使っているんだから気にせず休んで。シベルの容態はどうだい?」


「ようやく寝てくれました。さっきまでリュウザキ先生の援護に行こうと暴れていて…」


―全くあいつは…戦闘音が伝わらないよう特殊な障壁を張っておいてよかった―


治療が一段落したのか表の様子を見に来たマーサと合流した竜崎達。あわつく彼女を宥め、とりあえず近くの縁石に腰を下ろした。まだ魔力酔いの影響が残っているらしく、竜崎とニアロンは少し頭をふらつかせていた。


「ワルワス君。悪いんだけど他の人達に声をかけて、里中を見回りしてもらって良いかな。スライムがまだ残っているかもしれない」


ワルワスにそう頼み、立ち上がろうとする竜崎。しかし、というかやはり身体をぐらつかせてしまい、あわや倒れてしまうところをマーサとさくらに支えられた。


「先生、やはり私の魔力をお渡ししたほうが…」


「駄目だよマーサ、君も顔色が悪くなっている。もうそんなに魔力残って無いでしょう?」


竜崎の言葉にマーサは押し黙る。どうやら図星らしい。さくら達と別れてから謎の暴漢に襲われ、それ以降休憩無しで大量の怪我人の処置に追われていたのだ。それも当然だろう。


「リュウザキ様、ここから先は俺達に任せてください!」


これ以上竜崎に無茶をさせてはいけない。そう思ったのかワルワスは即座に翼を広げ飛び立とうとする。と、その時だった。


「ほいっと」


何者かがふわりと彼らの前に着地する。その正体は―。


「賢者様…!」




現れたのは賢者ミルスパール。見ると顔の端を切ったらしく、血を流していた。


「無事…ではないのぅリュウザキ。大分被害を被ったようじゃな」


服についた埃を落としながら、周囲の様子を見やる賢者。マーサが失態を詫びようとしたが、彼はそれを止めた。


「何も言わんでよい。悪いのぅ、大変な相手を任せてしまって。あぁ、残ったスライムは片付けておいた。一応、調査隊に警邏もさせておるぞい」


そう言い、賢者は竜崎の横に腰かける。と、ニアロンが彼の頭をぐらぐら揺らした。


―私達にゴーリッチの召喚獣達を任せ、有事に控えていたのがお前だろ。今までどこで何してたんだ。こっちはエーリエルの奴の力を借りて乗り切ったんだぞ―


苛立ち交じりに賢者の頭を揺らす速度を速めるニアロン。竜崎に止められ、彼女は竜崎の頭の上で不貞腐れるようにへたり込んだ。


「賢者様、お伝えしなければいけないことが。スライムから感じ取れた魔力についてです」


代わりに口を開いた竜崎。そういえば先程、ニアロンさんがそんなことを言っていたなと思い出したさくらは耳を傾ける。その内容は驚くべきものだった。


「ニアロン曰く、スライムに宿っていた魔力…すなわち作成者の魔力が例の『謎の魔術士』と思しきものと一致しました」


謎の魔術士…以前追悼式で禁忌魔術である魔法陣を用い、巨大な竜巻を呼び起こしたと目されている正体不明の人物。ここにも絡んできたということに驚くさくらだが、賢者の返答は静かなものだった。


「じゃろうのぅ。ゴーリッチと組んでいると見て間違いなさそうじゃ」


―なんだミルスパール。その返事、その頬の傷、もしかして…―


何かを察したニアロンと竜崎は表情を引き締める。賢者はゆっくりと頷いた。


「察しの通りじゃ。今しがたそいつとやり合って来たんじゃよ」





「さっきモンストリアに人獣が侵入してきたじゃろう。どうせ第二派が来ると思って網を張っておいたんじゃ。あやつ、前にアリシャバージルで盗賊を脱獄させた奴と同じ奴じゃった」


―で、仕留めたのか?―


ニアロンの問いに、賢者は無念そうに首を振った。


「それがのう…あと少しで顔を拝めるとこまで迫ったんじゃが、横槍が入ってきおった。赤いローブを纏ったでっかい男じゃったよ。しかものぅ…」


そこで賢者は大きく息を吐く。そして天を仰ぎながら言葉を続けた。


「そやつの力、アリシャ勇者の奴に匹敵するほどじゃった」




「―!」


竜崎達は目を見開き息を呑む。赤いローブを纏った人物、それはマーサ達を襲った犯人に他ならない。賢者は自らの頬を指さした。


「この傷もそやつにつけられたものじゃ。奴らはすぐに逃げてしまったが、戦い続けていたらワシも無事で済まなかったぞい」


禁忌魔術を扱う魔術士に、地を割るほどの剛力を持つ勇者と同格な戦士。そんな連中を相手に寧ろよく生き延びた、流石賢者というべきなのだろう。


だが、戦果はというと惨憺たる有様。獣母の遺骸は盗られ、モンストリアへの強襲を許し、犯人は逃してしまったのだ。


「リュウザキ、此度はワシらの完敗じゃな…。少し相手を侮っていたのぅ…」


「はい…」


満身創痍の中、竜崎達は己の不覚を呪うばかりであった。









とある場所、とある地下。バシュンと音を響かせ現れたのは小汚いローブの男と、赤いローブの巨躯男。彼らは双方苛立った様子だった。


「ッチ…あの糞ジジイ。強化された俺の攻撃を簡単にいなしやがって…!殺す気で殴り掛かったっていうのによ!」


「流石は賢者様ということだ。おい、それよりなんで捕まった獣母信奉派を殺してこなかった?」


小汚いローブの男が指差した先には、昏倒し転がる獣人。それはシベル達によって捕らえられ洗脳解呪中だったはずの人だった。


「昔馴染だから殺すのは忍びなくてな。それに、俺に従順な部下が欲しいと思っていたところなんだ」


な?良いだろ?と頼み込む赤いローブの男。小汚いローブの男は勝手にしろと吐き捨てた。と、背筋をゾワッとさせるような気味の悪い笑い声が響いた。


「フフヒヒヒ…!お二人もお戻りですかァ」


「ゴーリッチ。首尾はどうだ?」


「フヒッ、もう少ししたら獣母の遺骸はここに届くでしょうゥ。ところで、お顔の妨害魔術外解けかけていますよォ?フヘヘヘヘエヘ」


彼の言葉にハッとなった小汚いローブの男は慌てて術をかけ直す。ゴーリッチはにんまりと笑った。


「ではボクはミルスパールがかけた封印の解除準備に取り掛かりますねェ。残りの2パーツ、『腹部』と『心臓』も頼みましたよォ? ヒヒッ…ッヒヒヒヒ!」


闇に消えていくゴーリッチ。赤いローブの男はやれやれと肩を竦めた。


「両方とも面倒だな…。『腹部』は魔王城、『心臓』は行方知れずか」


「いや、『心臓』はアリシャバージルにある。間違いない」


断言する小汚いローブの男。赤いローブの男は首を捻った。


「本当か?そういやこの間偵察に行っていたな、場所はわかったのか?」


「チッ…黙れ」


「そうかい。じゃあ『腹部』からだな。とはいえこの間騒動を起こしたせいで警備が厳しく…わかった、お前の非じゃねえから。そうキレるなっての。どっちにしろとんでもなく攻略難度が高いのには変わりないしな」


激怒し罵詈雑言を浴びせてくる小汚いローブの男を連れ、赤いローブの男も闇の中に姿を消した。

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