256話 里を救いし高位精霊

「二人ともこっちに!」


竜崎はさくらとワルワスを抱き寄せ、竜崎は詠唱する。すると彼らの身体はふわりと空に浮き上がった。


―シベル達がいる建物には軽く障壁を張っておいたぞ。さぁ清人、誰を呼ぶ?―


手に魔法陣を形成しながらニアロンはそう問う。竜崎はそらんじるかのように口を開いた。


「火や水は街に被害を及ぼす可能性がある。獣人族は耳が良い人が多いし、轟音を伴う雷も辞めとこう。土や氷も今回には向いていない」


―となるとあいつだな。洗濯物が多少吹き飛ぶだろうが、許してもらおう―




竜崎とニアロン。2人は同時に魔術式を口ずさむ。それは複雑にして緻密、それを傍で聞いていたワルワスは舌を巻いていた。


「これが高位精霊召喚の術式…。何言っているのか全然わからない…」


当然さくらも理解することは出来ない。しかも火の高位精霊召喚術式とは全くの別物であるらしく、全く聞き覚えがないものであった。


そうこうしているうちに竜崎達の前の空中には巨大な魔法陣が。緑色に煌々と輝くそれに向け、竜崎は詠唱を締めた。


「力を貸してくれ、『エーリエル』!」





魔法陣の光は強まり、暴風を引き起こす。竜巻となり吹きすさぶそれの余波を受け、さくら達は思わず顔を覆う。


ブオッッ!


直後、竜巻は一際強く、人が吹き飛ばされそうな爆風となり発散。中から姿を現したのは…。


「魔神…エーリエル様!」


風と雲のドレスを身に纏い、同じく風で出来た日傘を手にした巨いなる淑女。魔神とも呼ばれし風の高位精霊、エーリエルの姿がそこにあった。





「あらあらまあまあ先日以来。一体今日はどうしたの?」


日傘をくるくると回しながら、エーリエルは竜崎に問う。巨大な彼女の姿に面食らうさくらを余所に、竜崎は事の顛末を伝えた。


「この里、『モンストリア』をスライムが襲い人が呑み込まれている。スライムを蹴散らしてくれ」


「なるほどなるほどわかったわ。その程度ならばお安い御用!」


即座に了承したエーリエルは傘を少し上に突き出す。するとふわりと風に乗り、彼女の身体は更に上空へとあがっていった。


「エーリエル様のスカートの中、あぁなっているんだ…」


「ちょ…ワルワス君何を…!」


ワルワスの突然の爆弾発言にさくらは彼を諫める。しかしワルワスはいやだってあれ…と上を指さした。


「…」


さくらは内心エーリエルに謝りつつも上を見てしまう。確かに空高くへとあがっていくエーリエルのスカートの中が見えてしまった。しかし、彼女のそこは風が渦巻き、足先のハイヒールしか見えなかった。


「こら」


即座に竜崎の手によりさくら達の首は下に向けられたが。



と、その勢いで地上の様子に目をうつすさくら達。捕らえていた獣母信奉派がスライムに続々と呑み込まれていくではないか。


「竜崎さん、あれマズいんじゃ…!」


「大丈夫、エーリエルを信じて」


竜崎の言葉に、さくら達は上空でようやく静止したエーリエルを再度見上げるしかできなかった。




「さあ始めましょう、踊りましょう」


日傘をパチンと閉じ、スカートの裾を軽くつまんだエーリエル。彼女はそのままダンスを踊るかの如くその場でクルクルと回りだす。


すると、彼女が動くたびにほんの小さなつむじ風が幾つも巻き起こる。まるで意志を持ったかのようなその風達はモンストリア中に飛んでいき、スライムの元へと―。


ゴォッッ!


瞬間、豹変。人を軽々包むほどに巨大化したつむじ風はスライムを怒涛の勢いで切り刻んでいく。その勢い、鎌鼬もかくやというほど。強力な魔術を当てなければ崩すことすらできないスライム達は続々と千切られ、粒となり辺りへ舞い散った。


囚われていた人々はどうなったのか。ご安心あれ、彼らは無傷。エーリエルが仕込んだ無風地帯、所謂台風の目の部分にすっぽりと収まっていたのである。スライム濡れになりながらも、彼らは全員が見事解放された。


「すごい…」


さくら達は大口を開けその一部始終を目で追っていた。眼下のスライム達も悉くが消し飛ばされ、モンストリアの危機は一瞬にして去った。これが高位精霊の力。さくら達が思わず拍手しようとした時だった。




「あら…? あらあら大変、まあ大変。スライムはほんの僅かに残っているのに」


エーリエルは踊りを止め、さくら達の元へと降りてくる。一体どうしたのだろうか、さくらが問うよりも先に、エーリエルが彼女の頬をふわっと触ってきた。


「まさかの事態ね大変よ。可愛く強いさくらちゃん、どうかリュウザキちゃんを守ってね」


「え…?」


妙な言葉を残し、エーリエルは手を離す。さくらが問い返すよりも先に、彼女は体の端からスウゥ…と消えていくではないか。


「エーリエルさん!?」


顔が消える瞬間、エーリエルはさくらへと軽く頷く。そして、完全に消えてしまった。すると次の瞬間―。


ガクンッ!


「「わっ!?」」


さくら達の身体が突如落下し始める。竜崎によって空中浮遊していたはずだが…。慌てて浮遊魔術を詠唱しようにも、間に合わない。このままではぶつかる…!


フワッ


「「えっ…?」」


地面にぶつかる直前、さくら達の身体は一瞬浮き、からがら着地する。なんとか大怪我を免れたさくらとワルワスは安堵の息をついた。


「た、助かったぁ…」


「翼があるとはいえ、怖かったな…でも一体何が…」


あまりにも突然なエーリエルの消滅、そして落下。恐らく原因は竜崎にある。さくらはエーリエルの言葉を思い出し、バッと竜崎の方を見やる。そこには―。


「竜崎さん!?」


地面に四つん這いとなり倒れる竜崎の姿があった。

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