―夜は更け、朝に―

225話 更け行く夜 ~魔王城~

「…寝れない」


夜も更けた頃、魔王城の客室の一つ。ベッドに寝ころんでいたさくらは体を起こす。いくら目を瞑ろうが、寝がえりを打とうが眠れないのだ。


いつもならばタマが共に寝てくれるため瞬く間にぐっすりなのだが、ここは魔王城。勇者一行の連れということもあり、あてがわれた部屋はとてつもなく豪勢。慣れぬベッドに慣れぬ天蓋、そして見慣れぬ外の景色。そんな部屋に1人なのは、正直物寂しい。


眠れない理由は他にもある。昼間の戦闘と先程のレドルブの過去話。およそこの世界でも特異な出来事達が目に、耳に焼き付いている。瞼を閉じるたびにそれは浮き上がり、思わず目を開けてしまう。


「そうだ…。竜崎さんが何かしてくれないかな」


もそりと起きたさくらはパジャマ姿のまま廊下にでる。既に廊下の灯りもほとんどが消え、静まり返っている。


「前にマリアちゃんにあげた睡眠お香みたいなの持ってないかな…」


かつて徹夜でハイになったマリアを眠らせるためにボルガ―に渡された竜崎謹製のお香。それを求めてさくらは冷たい雰囲気の漂う廊下をひたひたと早足気味に竜崎の部屋へと向かった。



「良かった…。まだ灯りがついている…!」


到着した竜崎の部屋からは僅かながら暖かな光が漏れてきている。さくらは思い切ってノックをしてみた。


「はーい。あれ、さくらさん?」


―お、どうした?―


ギイィと扉が開かれ、現れたのはゆったりとした格好の竜崎。眠っていた様子ではない。無理やり叩き起こしてしまった結果とならず安堵したさくらは要件を伝えようとする。


「あの、眠れな…く…て… え…?」


事情を半分も伝えれず、さくらの口は半開きになる。なぜなら…。


「ん?さくら?」


ベッドをきしませ、寝ぼけ眼を擦りながら竜崎の元へ寄ってくる女性が1人。彼の腕にぴったりと寄り添った彼女は朧気な灯りに照らされその褐色の肌を艶めかせる。


「あ、アリシャさん…!!?」


そう、その正体は『勇者』アリシャ。しかも、その格好がとんでもない。


「な、なんで…そ、そんな格好を…?」


彼女はパンツは履いている。だが、身に着けている下着はそれだけ。胸にはどう見ても何かをつけている様には見えない。


その代わりに纏っているのは白いローブ。それは普段竜崎が身に着けているもの。彼シャツならぬ、彼ローブか。しかもかなり着崩しており、胸の先に服の端を引っかけるようにして辛うじて止めている様子である。おかげでそのたわわな胸の半分と、おへそ、足とが丸見えである。


「え、ちょ、え、えええ???」


混乱するさくら。しかし竜崎はようやくそれで勇者の恰好に気付いたらしく、「もう…しっかり着なさい」と叱りながら彼女の服をキュッと直した。


「とりあえず立ち話もなんだし、中にどうぞ」


竜崎はとりあえずさくらを部屋に招き入れ、ソファに座らせる。未だ口をパクパクさせている彼女を笑いながらニアロンは説明してくれた。


―アリシャは室内で寝る時に服を脱ぐ癖があるんだ。ベッドで寝る時は服が無い方が気持ちいいとかいう単純な理由だがな―


「か、海外の方みたいですね…」


さくらはそんな言葉しか返せない。だが竜崎はそんなさくらの引きつり気味の声に気づかず、よよよと顔を伏せた。


「20年間服を着せて寝かせようとずっと努力してきたけど、これだけは頑なに聞き入れてくれなくてね…説得と譲歩の末、あんな格好に…」


さくらは思わずベッドに腰かける勇者を見やる。そもそものサイズ差もあるのだろう、先程直されたはずのローブは既にはらりとはだけ落ちそうである。あれでは服を着ているとは言わない。だが彼女は全く気にすることなくうつらうつら。


「で、でもなんでアリシャさんがここに…?」


顔を戻し、恐る恐るさくらは問う。確か彼女にも部屋が用意されていたはず。それなのになぜ竜崎の部屋に?至極当然な質問に、竜崎は溜息をついた。


「一緒に泊まる時、あいつはほぼ必ず私のベッドに潜り込んでくるんだよ…。抱き枕にされて窒息仕掛けることも結構あるんだ」


半強制的な同衾。そういえば、とさくらは勇者と初めて会った時のことを思い出す。竜崎のベッドでさも当然の如く寝ており、竜崎もまた当然のように彼女を叩き起こした。彼らにとってはいつもの風景だったということか。


「断るとかは…しないんですか?」


「それが、止めてって言うとすっごい悲し気な顔するから…」


断れない、と言わんばかりの竜崎。と、ニアロンが茶々を入れた。


―でも嫌ではないだろう?―


「まあ…。 いや何言わせるんだお前…」


竜崎に苦々しげな視線を受け、ニアロンはケラケラ笑った。






「それで、さくらさんはどうしたの?」


竜崎から質問し返され、さくらはあっ、と声をあげる。当初の目的をすっかり忘れていた。元々冴えていた目は勇者の妖艶な姿に驚き更に冴えてしまった。


なんとしても睡眠お香をもらわなければ絶対に眠れない。さくらはようやく話を切り出した。


「あの、実は眠れなくて…。前にマリアちゃんにあげていた睡眠お香が欲しいんですけど…」


「そういう事なら一緒に寝る?」


突然横からかけられたのは勇者の声。ハッとさくらが真横を見ると、いつの間にかが彼女がそこに立っていた。どう返すべきか悩んでいるさくらを、勇者は有無を言わさず抱き上げた。


「きゃ…!」


そのままベッドへと連行され、ど真ん中に降ろされたさくら。添い寝をするように、アリシャも体を横たえる。


「キヨトと寝ると、暖かな気持ちになってぐっすり眠れるんだ。きっとさくらも」


独自の理論。さくらがまごついていると、見かねた竜崎が注意をした。


「こらアリシャ。さくらさんに迷惑をかけるんじゃないよ」


すると勇者は上半身だけむっくりと起こし、竜崎を見つめる。濡れた子犬のように悲しそうな目をして。


「わかったわかった…。さくらさんごめん、一緒に寝てくれるかい?もし眠れなかったらお香を焚いてあげるから」


即座に降参する竜崎。弱い。さくらは苦笑いながら良いですよと返した。どうせ部屋に戻っても1人寂しく寝ることになる。それに、先程から触れている勇者の手は暖かく、優しい温もりをしていた。これなら眠れるかもしれない。


「ほんとごめんね…ありがとう。 全く…」

と、竜崎は予備の毛布を取り出しソファに置く。それに気づいた勇者は首を傾げた。


「何してるの?」


「何って、俺はここで寝るんだよ。さくらさんと一緒に寝るわけにもいかないだろう」


それを聞いた勇者は再度ベッドから降り、竜崎の元へ。今度は彼を抱き上げようとした。


「待て待て待て待て!なにするの!?」


「一緒に寝なきゃ意味無い。ベッド広いし、3人でも寝られる」


平然と答える勇者。なおニアロンは大爆笑。


「いやいや、そこはさくらさんの気持ちを尊重してくれ。私が同じベッドで寝るのは嫌でしょう」


なんとか反論する竜崎だが、そこにさくらはおずおずと申し出た。


「あの…私は良いですよ…?」


見知らぬ他人ならいざ知らず、竜崎である。いつも優しく、見守ってくれる彼ならば良いかなと考えた故の答えだった。


逃げ場を失った竜崎は渋々立ち上がる。アリシャはそんな彼の腕を抱きかかえるようにがっしりと体に密着させ、逃げないようベッドまで連れてきた。



「さくらさん、悪いんだけど少し寄ってもらって良いかな?」


さくら、勇者、自分の順番で寝ることを想定し、そう促す竜崎。だがそれを勇者が止めた。


「キヨトはあっち側。さくらは真ん中」


「えっ。いやいや、それは…。 わかった、そんな顔するなよ…。さくらさん、本当に申し訳ない…」


心苦しそうな表情の竜崎は勇者に睨まれるまま反対側に。ギシッとベッドを揺らし、2人はさくらを挟む形で体を横たえた。


「どう?眠れそう?」


布団をかけながらそう問う勇者。だが当のさくらは少しドキドキしていた。大人の男女に挟まれ寝るなんて、子供の頃の両親以来である。しかも片や妖艶なる英雄、片やこの世界に来てからずっと行動を共にしている男性である。


―まるで本当の家族みたいだな―


にやにやしながらからかうニアロン。と、いい加減苛ついたのか、竜崎が言い返した。


「じゃあお前は姑か?」


―はぁ!?―


怒るニアロンに思わずクスリと微笑んださくらは心の中で少し思い直す。家族、確かにこの状況は親に囲まれ寝る子の姿。両親の存在を少し思い出してしまい、僅かながら出てきた涙をこらえるため、さくはなるたけ自然に顔をベッドに埋める。


すると、勇者はそんなさくらの頭を優しく撫でた。


「ぐっすり寝てね。キヨトもやって」


「もう…。よしよし。…ゴメンねアリシャが…」


竜崎からも優しく撫でられ、さくらは涙を拭い取る。本当の親ではないが、まるで親のように愛情深く接してくれる彼らに挟まれ、さくらはうとうととまどろみの中に入っていった。

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