226話 更け行く夜 ~魔界の何処か~

所は変わり、昼間の戦場から少し離れた山中。街の灯りは遠く、闇に包まれたその場にドスンと何者かが着地する音が。


「ったく…突然戻ってきたと思ったら実験途中の竜を持っていきやがって。かと思いきや今度はいくら使いを出しても音沙汰無しときた。面倒な野郎だな」


ぶつぶつ言いながら手にしたランタンに火をつけたのは顔の見えぬほど深く赤いローブを纏った巨躯の男声。


「あ…? うおっ!?」


何とはなしに地面に視線を写した彼は思わず後ろに飛び逃げる。何故ならば、地一面にびっちりと大量の魔法陣が描かれていたからである。


「起動はしてねえな…?」


それを足先でつんつんと触り、動いていないことを確認するとこわごわ足を踏み出す巨躯の男。その先の闇の中から聞こえてくるガリガリと何かを引っ掻く音へと歩を進めた。


「いたいた、何してんだ兄弟。もう連中は魔王軍にとっ捕まっただろ?」


そこにいたのは一心不乱になって地面に魔術式を書いている、小汚いローブを纏った男性。彼は巨躯の男性を一瞥することなく、ただぼそりと呟いた。


「あの竜に施した魔術式、ニルザルルの権能を偶然にも弾いた。つまりこれを改良すれば…ここを…いやここを変えて…!」


「権能を!?マジかよ…。禁忌というだけはあるんだな」


巨躯の男性は驚いて大声を出したが、小汚いローブを纏った彼は気にすることなく魔術式を書いては消し、書いては消しを繰り返す。どうやら地面に残された魔法陣はその過程で作り出された失敗作のようである。



「ここで考えるのは構わねぇが、しっかり痕跡消してけよ?」


一応注意をする巨躯の男性。と、小汚いローブを纏った男性の様子がおかしい。四つん這いで魔術式を書き込んでいた彼だが、突然手にしていた魔道具を落とし、体の至る所を抑えながら丸まり始めた。


「ぐううっ…! あ゛っ…あ゛…」


悲鳴をあげる彼。小汚いローブには土汚れが付き、更に汚く。だが巨躯の男性はそれを見ても慌てることなく、やれやれと肩を竦めた。


「やっぱりか。兄弟、お前追加の花を持っていくの忘れてただろ。お前の今の身体は催眠効果のあるこれが無ければまともに動かねえんだから」


彼がポケットをゴソゴソと漁り取り出したのは極彩色の花数本。あの『魔界の薬草』である。うずくまる小汚いローブの男性は目の端でそれを捉えると、震える腕を必死に伸ばした。


「花を…花をよこせ…!」


「おらよ」


手渡されたその花を奪うように受け取ると、小汚いローブの男性は口の中に急いで突っ込む。少しの間ムシャムシャシャキシャキと咀嚼音が響き、食べ終わったのか彼はゆっくりと立ち上がった。


「痛みは治まったか?」


「あぁ…」


ふらつきながらも近場の岩に腰かける彼を見て、巨躯の男性は溜息をついた。


「しっかし、禁忌の転移術式を身体へ直に刻み込んだだけでなく、緊急時用に行使に必要な魔鉱物や薬品まで体内に仕込んでおくのはなぁ…。常軌を逸してるぜ」


「お前も似たようなものだろうが獣風情が!誰がその身体に改良してやったと思っている!」


癇に障ったのか、ブチ切れる小汚いローブ姿の男性。巨躯の男性はどうどう、と彼を宥めた。


「おーこわこわ。ったく、体調悪いと恐ろしいほどキレるんだから。昔からそこは変わらねえなぁ」




暫くし、痛みも完全に収まったのか立ち上がる小汚いローブの男性。地面の魔法陣を全て消し、巨躯の男性に目で促した。


「いくぞ」


「あ? どこに?」


「決まっているだろう。捕まった雑魚共のところだ」


「昼間反乱を起こした元魔王軍の連中か。助けるのか?」


「そんなわけない。あいつら、『竜巻』の禁忌魔術を借りていったのに使わずむざむざ捕まりやがった。牢から引きずり出して行使させる」


彼の回答に、巨躯の男性はへっと笑う。


「死んだ魔王の亡霊に憑りつかれた連中だ。現魔王に一矢報いるためなら命なんて簡単に捨てるだろうよ。…一応聞くが、怖気づいたらどうする?」


「洗脳でもして強制的に、だ」


「いつもの、だな。うっし、じゃあ行こうぜ!」


そう言葉を残し、彼らは闇の中に消えていった。

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