215話 レドルブ奪還戦④ 

時は僅かに遡り、勇者一行サイド。アルサーの指揮に従い敵を蹴散らしていた彼らだが、その中で1人、浮かない表情の者がいた。ソフィアである。


「はぁ…」


彼女は誰にも気づかれないほど小さく溜息をつく。その理由は二つあった。


まず一つは彼女が背負う武器の束。何十本とあり、その全てがソフィアが作った剣や槍である。いくら賢者に身体強化魔法をかけてもらっているとはいえ、ズシリと来る。


なぜそんなに武器を持っているかというと、勇者に理由がある。彼女の力は凄まじく、たった数振りで武器が壊れることもしばしば。だがそこいらに落ちている武器は一振りすら保たないことがほとんどであり、故に替えを大量に持ってくる必要があったのだ。


賢者や竜崎の魔術により、火も素材も良質なものが即座に作り出せる。己の腕を好きな時に好きなだけ揮えるのは気持ちいいが、それがいとも簡単に壊されていくのをみると少し悲しい気持ちになる…という思いもあるにはあった。



だが彼女の胸中を曇らせていたのはもう一つの理由が大きい。『戦えない自分に嫌気がさしていた』のだ。


『予言の一行』たった4人でレドルブ奪還軍と同じ戦果を叩き出している―。といえば聞こえは良いが、実際のところ、そのほとんどは勇者と賢者によるもの。仮に割合で示すとするならば、勇者5割、賢者4割、竜崎1割といったところであろうか。


そう、ソフィアはほとんど戦っていない。否、戦う術をほとんど持っていないのだ。『誰も殺さず世界を救えばいい』―。出立する前そう嘯いた彼女だが、そんなことは不可能。確かに自分の手はまだ汚していない。だが武器を作るということは間接的に相手の命を奪う事と同義。そして更には―。


「ソフィア、どうしたの?」

―いつものお前らしくないな―


ソフィアの顔を心配そうに覗き込む竜崎達。ソフィアは申し訳なさそうに彼に謝った。


「ごめんね…この前は…」


―また、清人が人の命を奪った時のことを言ってるのか?―

「気にしないでって。仕方なかったんだ。ソフィアを救えてよかったよ」


自分に言い聞かせるように、ソフィアを宥める竜崎。そう、彼が人を殺めてしまった理由はソフィアを守るためだったのだ。


ほとんど戦えないソフィアは孤立してしまい、あわや殺されそうなところを飛び込んできた竜崎に救われた。その代償は竜崎の手を血に濡らしてしまったこと。ソフィアの前では気丈に振舞っていた竜崎だが、夜が来るたび隠れて嗚咽を漏らしていたことをソフィアは知っていた。


そして、今。勇者賢者は敵を薙ぎ払い、竜崎は常にソフィアを守護している。つまり、彼女は何もせずただ守られているだけだったのだ。


『才気煥発なる巧の者』と言われ喜び勇んで誘いに乗ったが、ただの少し技術がある街の工房娘でしかないことを痛感させられてしまう。罪悪感、無力感、そして焦り。そんな感情がソフィアを包んでいた。




と、そんな折、慌てて駆けてきた兵が。


「皆様!緊急の伝令です! アルサー様が…!」


彼が伝えるところによると、幹部の1人が前線拠点へ突っ込み、アルサーがそれを迎え撃っているようである。


「すぐに向かおうかの。いくぞい」


賢者の号令に合わせ、飛び上がる勇者。竜崎はソフィアを抱え、慣れぬ浮遊魔術、そしてその保険としての足場魔法陣を利用し賢者達を追う。


ソフィアは竜崎の腕に抱かれながら、眼下の街を見やる。各地で戦火が上がる中、ふとした拍子にあるものを見つけてしまった。


「キヨト!あれ!」


ソフィアが指さした先は、とある大通り。その中央に数人のアリシャバージル兵が大怪我を負い倒れ伏していた。しかしまだ息があるらしく、逃げ延びようと僅かに張っているのが確認できた。


「行こう!」


竜崎もまた即座に承諾。勇者達から離れ、その通りへと降り立った。


「大丈夫ですか!?」


竜崎の腕から降りたソフィアは急いで駆けよる。持ってきていた簡易治療キットを取り出そうと鞄を探るが…


「ソフィア、危ない!」


「えっ…?」


竜崎の声が響き、ソフィアは顔を戻す。それと同時だった。


「アア…アアア…!」


喉から絞り出される声と同時に、伏していたアリシャバージル兵が剣を勢いよく振る。刃はソフィアの顔に迫り…。


ザクゥッ!

「ぐあっ…!」


「あっ…!キヨ、ト…」


間一髪、竜崎がソフィアを庇う。しかし代わりに彼は袈裟懸けに切られてしまった。


―くっ…!間に合わなかったか…!―


急ぎ治療に移るニアロン。だがそれを許さないというように、倒れていたアリシャバージル兵は立ち上がり、周囲の瓦礫の中からも大量の何かが起き上がった。


―チッ…!『死霊兵』とは…。罠だったか―


ガチャンガチャンと音を立て迫るアリシャバージル兵はよく見ると、顔にナイフが刺されていたり、腹を剣が貫通していたり。その血みどろの顔は死者のそれであり、誰かに操られているかのよう。


そして周りを取り囲んでいるのは動かぬはずの死骸や骨。『死霊術』により動かされている骸の兵である。アルサーが警告していた死霊術の罠に彼らは足を踏み入れてしまったのだ。


―ソフィア!清人を連れてそこの建物に入れ!―


死霊兵が一斉に放つ矢や槍を障壁で抑えつつ、ニアロンは叫ぶ。ソフィアは背負っていた武器袋をかなぐり捨て、竜崎を背に必死に指示された建物へと走った。

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