214話 レドルブ奪還戦③
「アルサーはどこだ! あのクソ王子が! 肉片にして魔王様の元に引き渡してやる!」
獣を凌ぐほどの大声を上げ、並び立つ建物を叩き壊しながら進むは大剣を振り回す筋骨隆々の獣人。だが、その身体はおろか、立派なたてがみすらも今や自らの血で濡れている。
煽るような動きをするアルサー指揮の人界側軍にブチ切れ、他幹部の静止を聞かず突っ込んだ彼。だがその結果魔王軍から遠く離れた場所で包囲され、集中砲火を食らっていた。
それでも彼は力を至極とする幹部。撃ち込まれた多数の槍や弓、魔術弾を身体に残しながらも力ずくで包囲網を突破した。
「魔王様の息子の癖に裏切りやがって…アルサアアアアア!!!!」
1つ吼えれば衝撃で周囲の空気は割れんほどに振るえ、武器をひと振りすれば立ちはだかる人界軍兵は紙屑の如く吹き飛ばされる。だが彼の怒りはその程度で収まるわけはない。兵を尋問して聞き出していたアルサーのいる前線拠点へ一心不乱に突き進んでいた。
一方のアルサーも彼の近くまで来ていた。
「あの土煙…レオルドで間違いない。ラヴィ、離れて隠れていろ」
他であがる戦火とは一際違う、レオルドの暴走を示す土煙を見てアルサーはラヴィを無理やり下がらせる。
「あいつと戦うのは子供の時以来だな…」
父の指示に逆らえず、無理やりレオルドと戦わされた過去をアルサーは思い出す。当時の結果はボロ負け。骨を折られ、内臓を潰されかけた。
「だが、あの時とは違う…!」
成長し、念魔術を取得した今ならば。彼はトラウマを握りつぶすように拳を固め、轟音と共に建物から飛び出してきたレオルドにキッと目を向けた。
「久しぶりだな。レオルド」
「アァァルゥゥゥサァアアアア!! ぶち殺すッ!!!」
怨敵をようやく見つけたと言わんばかりのレオルドは、大剣を振りかざし体格に似合わぬ速度でアルサーへとと詰め寄る。
「死ねやあああッ!!」
振り下ろされた一刀をアルサーは軽やかに避ける。大剣は地面を穿ち、地割れを引き起こした。
ズゴゴゴゴッ!
亀裂はそのまま地面を走り、廃墟と化した周囲の建物へと。建物はまるで爆破解体をされたかのように音を立て崩れ落ち、ただの瓦礫へと成り果てた。
「くっ…!」
衝撃から身を守りながら、アルサーはラヴィが隠れていた場所をみやる。流石は豪傑の娘、見事に躱したらしく、軽やかに移動する彼女が僅かに見えた。
「何よそ見してやがる!」
ほっとするアルサーを再度大剣が襲う。なんとか身をよじり躱すが、その度に周囲の建造物は崩れ落ちる。そして発生した土煙を叩き切るようにまたも―。
剛力剛腕。魔王軍の中でも随一の力を誇るレオルド。弱っているとはいえその力は健在である。アルサーは攻勢に出ることが出来ない。それどころか追い込まれ始めた。
「そんな避けているだけで俺に勝てるわけねえだろ! テメエ、ガキの時から何も変わってねえなぁ!あの時殺しておけばよかったぜ!」
レオルドもまた、その様子で過去を思い出したのだろうか。下卑た笑みを浮かべる。当時と変わらず楽な相手、魔王に彼の首を捧げることができるかもしれない。そんな思いが、レオルドに隙を見せた。
「―今だ!」
アルサーは好機を逃さず、彼から距離をとる。そして―。
「『止まれ』」
ビタッ!
「ぐあっ!?」
アルサーを追いかけようとしていたレオルドの体が不自然に固まる。見えぬ力で強制されるかのように、彼は地面に跪いた。
「クソッタレがぁ…! テメエ如きが魔王様と同じ『念魔術』を使ってんじゃねぇ!」
罵るレオルド。だがアルサーは返答している余裕はない。
(ギリギリか…!)
少しでも気を抜いてしまえばレオルドの剛力に打ち破られてしまう。それほどまでに彼の力は凄まじかったのだ。
これでは彼を倒すことができない。どうするかと思案していたアルサーだったが…。
「フゥゥゥ…本当はこんなもの使いたくなかったんだがなぁ…!」
大きく息を吐いたレオルド。すると、彼の顔は大きく歪んだ。
「グ、アアア…ガ、ウウ…!」
言葉にもならぬ声が漏れる。と、レオルドの体のところどころに謎の紋様が浮かび上がった。
(あれは…?)
アルサーが訝しんだ次の瞬間だった。
「ハアアアアア!!」
レオルドが念魔術による拘束を無理やり打ち破ったのだ。
「うぐっ…!」
その反動でよろけるアルサー。それを見て、レオルドは高笑いした。
「ハッハァ! 『禁忌魔術』に頼るのは癪だが、テメエをぶち殺せるなら構わねぇ!」
ドッッ!
「―!速い!」
先程とは段違いの速度で迫るレオルド。避けることができず、アルサーはその手に掴まり、近場の壁に押しつけられた。
「ただじゃ殺さねえぞォ!」
レオルドはそのままアルサーを力いっぱい押し込む。その剛力により壁は砕け、勢い余ったアルサーはその先にある幾つもの建物を貫通させられた。
ドガガガガガッッ!!!
「がはっ…!」
幾多の骨が折れたのか。背の翼もひん曲がり、血を吐きながらアルサーは地面へ転がる。そこへ悠々と歩いてくるレオルドは、勝利を確信したかのようににやりと笑った。
「ざまあねぇなぁ。魔王様に逆らうからだ」
大剣を振り上げ、トドメを刺そうとするレオルド。
(避けられるか…!?)
腕か足を失う覚悟を決め、剣先を睨むアルサー。そして大剣は振り下ろされ―。
「はぁあ!!」
ガキィン!!
突如、大剣は弾き飛ばされる。狙いが逸れ、剣先は魔王の真横に突き刺さった。
「あん…?誰だ? あ…?ガキ…?」
魔王を守るように立ちはだかったのは二振りの大きな斧を持った少女。
「ラヴィ…!」
「ご無事ですかアルサー様!」
「隙を見せていたとはいえ、強化された俺の一刀を弾くたぁやるじゃねぇか。テメエから先にぶっ殺してやるよ!」
大剣を引き抜いたレオルドはラヴィに向けて勢いよく武器を振る。作り出された空気の刃は先にある建物を刻むほど。
だがラヴィは悠々と躱したどころか、再度迫る大剣をガキンと弾いた。
「あぁ!?」
まさかの動きにレオルドは驚く。幾度も振り回すが、その度に攻撃は逸らされる。
「力任せすぎ!ママの動きに比べれば力の受け流し方がわかりやすい! アルサー様が身を張ってくださったおかげで癖は読み切っているわ!」
「テメエ…さっき見てやがったのか!」
レオルドは怒り任せに大剣を振るうが、やはり攻撃は当たらない。
「なら…こいつはどうだ!」
刃を地面に突き刺し、大きく抉るレオルド。その波はラヴィの足者を崩し、巻きあがった土埃は彼女の視界を覆った。
「きゃ…!」
「これで仕舞いだァ!」
渾身の力で少女を両断せんとするレオルド。だが…。
「な…!腕が…!?」
ビタリと動かなくなる腕。この感覚は…気づいたレオルドはハッと背後を見る。
「アァァルゥゥゥサァアアアア!!!」
傷ついた体を無理やり立ち上がらせたアルサーが、念魔術を行使していたのだ。
「でもなぁ、この程度効かねえんだよ!」
力ずくで拘束を剥がすレオルド。だが、その僅かな時はラヴィが態勢を整えるのに充分な猶予であった。
「貰った!」
「しまっ―!グアアッ!」
二振りの斧はレオルドの体に振り下ろされ、大きな傷を刻む。
「こんなガキ共に…!畜生っ…!」
血を吹き出し、倒れるレオルド。ラヴィは急いでアルサーの元に駆け付けた。
「大丈夫ですか!?」
「あぁ…。ラヴィ、助かった。私一人では殺されていたところだった。ありがとう」
「ごめんなさい…!もっと早く出ていれば…!」
「いや、私も君がまだ子供だと思って侮っていた…。すまない」
「そんなお気になさらず…! 急いで拠点に戻りましょう! 早く手当てをしなきゃ…」
斧を投げ捨てたラヴィはアルサーに身体を貸し、運び始める。
と、そんな時だった。
「逃がすか…!」
息も絶え絶えに立ち上がるは先程倒したはずのレオルド。強化の紋様は既に消え、大量の血を流しながらも、彼は残った力を振り絞り武器を持ち上げ地を蹴った。
「その首、貰ったァ!」
迫るレオルド。ラヴィは武器を手にしていない。アルサーは必死に術式を紡ぎ出す。間に合え…!
ドスッ!
「ゲポッ…」
突如、レオルドの上に何かが降り立つ。彼の頭はその何かが振り下ろした剣により貫かれ、アルサー達にたどり着くことなく地面へと倒れた。
「ごめん、遅くなった。無事?」
「勇者…!」
レオルドに止めを刺したのは、事情を聞き駆け付けた『勇者』アリシャだった。その横にスタンと降り立ったのは『賢者』ミルスパール。
「こっぴどくやられたようじゃのう。どれ…」
治癒魔術が詠唱され、アルサーの身体は癒えていく。流石は賢者の治癒魔術。怪我は全て回復した。
「ソフィア、新しい武器を…」
一方の勇者はソフィアを呼ぶ。だが…。
「あれ…? リュウザキ? ソフィア?」
いくら周りを見てもソフィア、そして竜崎の姿はない。ということは…。
「はぐれた…?」
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