216話 レドルブ奪還戦⑤

ニアロンに指示されたのは奇跡的に破壊を免れている建物であった。背を切られた竜崎を引きずり中へ入ったソフィアは急ぎ戸を閉め閂を降ろす。


ストトトトト!


その直後に聞こえてくるのは大量の矢が戸に刺さる音。


「危なかった…」


間一髪、ソフィアは大きく息を吐く。ニアロン、そして竜崎がいなければどうなっていたことやら。ゾっと体を震わせる彼女の背に、竜崎の呻き声が響く。


「う…う…」


「はっ! キヨト!大丈夫!?」


ソフィアは慌てて救急キットを取り出し止血を急ぐ。だが血は次から次へと溢れていた。


―代われソフィア、後は私に任せろ。大丈夫だ、傷はそう深くない。すぐ治るさ。それに、これしきの怪我、清人なら耐えられる―


半強制的にニアロンに追いやられたソフィアだが、見てるだけでは心が許さない。彼に怪我をさせたのは自分の勝手な行動のせいなのだ。罪悪感に押しつぶされながらも、ぎゅっと竜崎の手を握った。


「ごめんなさい…また…」


ソフィアの目にはじわりと涙が浮き上がり、雫は握られた手にポタリポタリと垂れていく。申し訳なかった。不甲斐なかった。アリシャバージルを出立してから今までの短い間で何度竜崎に助けられただろうか。


しかも平和な異世界から来たという彼に人命を奪わせてしまい、挙句の果てに大怪我を負わせてしまった。そんな大恩ある竜崎にしてあげられたことといえば、せいぜいが特注の杖を作ってあげた程度である。


完全な足手まとい、そんな言葉が頭を埋め尽くす。こんなことなら拠点に籠り武器道具だけを作っていればよかった。いや、そもそも自分が予言に選ばれたというのすら勘違いだったのかもしれない。


「ソ…フィア…泣かないで…」


と、自らの愚劣さを責めるソフィアに、竜崎の絞り出したような無理くり気丈に振舞った声がかけられる。


「ごめんね…心配させちゃって…怪我はない…?」


なんと彼はソフィアを責めるどころか、心配してくれたのだ。ふと、ソフィアは気づく。竜崎はソフィアの手を労わるように、優しく握り返していたのだ。痛みを堪えるために強く握りたいであろうのに。


「うん…!」


「よかった…。ニアロンさん…あと、お願いします…」


ソフィアの返事を聞いた竜崎の瞼はすっと落ち、その手から力は失われ、床へバタリと落ちた。


「嘘…!キヨト…!」


思わずソフィアは竜崎の体を揺らす。だが、ニアロンがそれを諫めた。


―気を失っただけだ、揺らすな揺らすな。傷はしっかり治し終わったぞ―


「え…! 本当だ息がある…。良かった…」





―しかし、どうするか。まだしばらくは持ちそうだが…―


ニアロンの言葉に、ソフィアは扉を見やる。先程からずっと武器が叩きつけられる音が聞こえるが、未だ厚い扉は破られそうにない。


だが、それはつまり囲まれているということ。策も無しに飛び込むわけにもいかない。ソフィアはニアロンの障壁で脱出できないか提案するが…。


―駄目だ。キヨトがこの状態である以上、無理はできない。障壁魔術は魔力を大量に消費する。下手に動いて途中で魔力が切れたら共倒れだ―


首を振るニアロン。ソフィアは歯噛みするしかなかった。もし、自分に勇者や賢者のような力があればキヨトを守りながらここを抜け出すことができるかもしれないのに…。このまま誰かが気づくのを待つしかないのだろうか。


「ん…?あれって…」


と、ソフィアの視界に入ったのは部屋の奥にある扉。随分と黒く汚れているが、その汚れ具合に彼女は見覚えがあった。


「…何かないか見てくる!」


何か、状況を打開する物はないか。ソフィアは藁をもつかむ気持ちで扉をギギィと開ける。


そこにあったのは大量に並べられた鎧、武器、素材。そして大きな窯。ソフィアにとって馴染みのものばかり並ぶ。そう、ここは―。


「やっぱり…『工房』だったのね!」

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