164話 巨兵の壊し方

平謝りの訪問魔術士とイヴが仲直りし、これにて騒動解決。賢者は話を締めるように口を開いた。


「さて、後はこの巨人を壊すだけじゃの」


その言葉を聞き、その場にいた皆は一斉に見上げる。イヴが正気を取り戻したことにより、巨兵は沈黙し、その目の光は電源が落ちたかのように消えている。浮遊していた迎撃ゴーレムはいつの間にか元の位置に戻り、地上で暴れていた人型ゴーレム達も全て主の命令を待つかのように片膝立ちで静止していた。


ようやく恐怖が去ったと見えて、隠れていた魔術士達や調査隊の野次馬傭兵達は恐る恐る近づき興味深そうにそれらを観察している。時折聞こえる彼らの言葉は総じて「素晴らしい」と言うものである。だがそれを耳にしてもイヴの表情は暗めのまま。よほど周りに迷惑をかけたことに負い目があるのだろう。それとも、自身の『落ち着いた大人の女性』というイメージを崩してしまったことが悔しいのか。


と、イヴはおずおずと手を挙げた。

「あの…賢者様、そのことなのですが…」


皆の視線が集中したところで、彼女はとある事実を明かした。


「申し訳ございません…。作り上げることに集中していたせいか、安全に崩す術式を省いてしまったみたいで…」


彼女の表情が暗かった理由はそれもあるようだ。助手役から聞いた通りの興奮っぷりならば、仕方ないのかもしれない。賢者はふぉっふぉと笑った。


「まあ戦いの場ではわざと省いて壊されにくくするという手段もあるしの。そう気を揉む必要はないわい」


楽天的な様子の賢者と同じようにグレミリオも笑うが、少し困った顔を見せた。


「とはいえイヴちゃんの本気ゴーレムはそう簡単に壊せないのよねー…どうしたもんかしら」


「やっぱ堅いからですか?」


そんなさくらの質問に、グレミリオは頷く。


「それもあるんだけど…。さくらちゃん、今度はあの巨大ゴーレムに向けて攻撃してみて。できれば魔術で作られた弾が良いわね」


「? わかりました」

言われた通り、さくらは魔力テニスボールを作りラケットで打ち込んでみる。的が大きいだけあって狙いがつけやすい。その分振る力が強くなり、先程よりも威力のある一撃となったが…。


ギィン!


「えっ!?」


なんと巨兵の体はその魔力球を弾いたのだ。思わず驚いた声を出してしまうさくら。反射したその球は学院の壁へと当たり、障壁をビリビリと揺らした。


「こんな風に、単純な魔術とか魔力弾なら弾いちゃうの」


恐るべし、要塞ゴーレム。巨大、自走可能、ゴーレム兵大量配備、空中迎撃システム装備、それに加え魔術反射装甲持ちとは…。イヴを怒らせたらいけない。そう確信するさくらであった。




「とにかく私は何もできないわね。どうやっても大事になるし、時間もかかっちゃうわ」


ごめんねと謝るグレミリオ、同じく申し訳なさそうなメルティ―ソン、そしてイヴ。となると残りは2人。竜崎と賢者である。彼らは巨兵を見上げながら話し合う。


「どうしましょうか。私が土の高位精霊を呼びますか?彼なら一瞬で崩してくれるでしょうし」


「いやいや、ワシが崩そう。折角お前さんと呑む約束をしたのに、『魔力使い過ぎて動けません』とか言われたら悲しいからの」


―そうだぞ、ミルスパールに任せろ―


「この間は色々魔力消費が激しい日が続いていただけですし、大丈夫ですよ。 ニアロン、面倒くさがるなよ」


「まあまあ、ワシに任せるがよい。楽しませて貰ったからの」


とまあ、『今日の食事はどちら奢りか』のような会話が繰り広げる2人。それを呆れながら見ていたさくらだったが、そのせいか背後から近づいてきた人物に気がつかなかった。その謎の人物は、竜崎達に向けて優しいながらも有無を言わせないような声を投げかけた。


「それなら私が崩すわね。リュウザキ先生とミルスパールさんは砂埃の対処を」


突然のその言葉にビクッとなったさくらが声の方を向くと…。


ドンッ!!


何者かが勢いよく飛び上がる残像だけが見えた。




「だ、誰…!?」


さくらはその跡を追うように顔を上に向ける。一瞬のうちに巨兵の頭頂部まで飛び上がった謎の人物は既に姿が小さく、しかも逆光によって判別がつかない。


「あぁ。先程言っていた『怒られるかも』ってあの方にですか」


「そうじゃ。さて、準備するかの」


竜崎と賢者は誰だかわかったらしく、指示通りに対処用の魔術を詠唱する。


「あら、あの姿は久しぶりに見るわね」


グレミリオ達も理解したらしく、同じように上を見上げながらさくらを安全な場所へと導く。そしてさくらが唯一確認できたのは…。


「あれって…斧?」


その人物が持っている武器の影。当人の身長を優に凌ぐほどに巨大な両手斧の影だった。それが空中で思いっきり振りかぶられ、巨兵を真っ二つにするかのように打ちおろされた。


ガガガガガガガガッッ!!!!


響き渡るは岩を砕き切る轟音。堅牢なはずの巨兵をものともしない。さくらは思わず耳を塞いでしまうが、その衝撃は身体を芯から震わせてくる。


ガガガガガガガガッ! ガカンッ!!


唐竹割をするかのように、巨兵を頭部から股まで切り裂いたその人物はスタンと華麗に着地。すると…


バラ…バラバラ…


巨兵のそこかしこから石や土が落ちてくる。それどころか―。


「―!嘘…!」


息を吞むさくら。その巨兵は真っ二つにされるかのように切られたのではない。。ズズズ…と音を立てながらズレる巨兵の隙間からは反対側の建物や空が見える。その切れ目から手足へと毒が広がるように巨兵はガラガラと崩れ、巨兵の体内に仕舞われていたゴーレム達も次々と零れ落ち、土くれとなっていった。


「流石『魔術殺し』…」

「かなり本気で作ったゴーレムなのに、ここまで簡単に壊されると少し堪えるわね…」


メルティ―ソンとイヴはそれぞれそう零す。一体何者なのか…。ごくりと唾を飲み込みながらさくらは土煙の中から出てくるその人物を見つめていた。


「!? ラヴィさん!?」


ふうっと息をつきながら出てきたのは、かつて魔界で竜崎と死闘(エキシビションマッチに乱入する形で)を繰り広げた魔王軍教官のラヴィ・マハトリー…。


「あれ…?違う…?」


では、ない。姿は若く、確かに顔や雰囲気は似ている。だが彼女よりも威厳を纏っているような感じがあるのだ。持っている斧も一本。大きさこそ同じだが、ラヴィは2本使っていた。それに、大きな違いがある。彼女には角が生えていないのだ。オーガ族の血を引いているらしいラヴィには立派な角が生えていたのだが…。


訝しむさくらを余所に、イヴは急いで彼女に頭を下げた。


「ありがとうございます…! ご迷惑をおかけしまして申し訳ございません『学園長』」





「学園長!?」


さくらは思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。だって、だって学園長は優し気な老婆だったはず…。だが今目の前に居るのは若々しい女性。頭の整理がつかず混乱しているさくらに気づき、『学園長』はにこやかに微笑んだ。


「あらあらまあまあ、そうだったわね。さくらちゃんとこの姿で合うのは初めてだもの、混乱してしまうのも無理ないわ」


彼女は何かを詠唱する。すると、ポンッと姿が変わる。そこにいたのは見慣れた普段通りの学園長だった。


「えっ? えっ? ど、どういうことですか…?」


それでもまだ困惑しているさくら。そんな彼女をニコニコと見つめながら、学園長は説明してくれた。


「エルフに伝わる秘術の一種を昔に教わったのよ。肉体が若い時に戻るというものでね。力仕事の時にはさっきみたいに変身するようにしてるの」


なるほど、納得…いやいや、理解はしたが納得はできない。疑問符は沢山浮かんだままだが、とりあえず最も聞きたかったことを恐る恐るさくらは聞いてみる。


「あの…魔王軍のラヴィさんってもしかして…」


「えぇ、私の娘よ」


となると、『高位精霊と単独で引き分けた豪傑』は彼女のことらしい。一騎当千の教師陣の頂点に立つ学園長、彼女も只者ではなかった。




そんなやり取りの間に竜崎達は砂煙を消し終え、地ならしも済ませていた。賢者は伸びをする。


「さ、ワシは王宮から来てるじゃろう報告要請書を書きに行くかの。 そう心配そうな顔をするなイヴちゃんよ。良いように誤魔化しておくわい」


そのまま自室に帰ろうとする賢者。そこにおずおずと話しかけるは助手役の1人。


「あ、あの賢者様…確認していただきたい書類が山ほど…」


すると賢者は平然と答えた。


「ん? それならもう終わっておるぞい。じゃから酒を飲みに行ったんじゃ」


「え…!いや、でも、まだ追加の分がありまして…」


「今机に置いてあるやつじゃろ。遠隔魔術で確認は済んでおる。各所に持っていきなされ」


唖然とする助手役。確かに彼は『終わっていない』とは一言も言っていなかった。さくらは思わずツッコミを入れてしまう。


「じゃあ最初から理由伝えてお酒を飲みに行けばよかったんじゃ…」


「そうはいかんのじゃよさくらちゃん。威厳がどうこうと言って昼飲みに行かせてくれんのじゃ。抜け出すしかない。それとな、リュウザキとさくらちゃんが今日調査隊の賃金受け取りに学院に来ることは予想がついていたからの、うまく助手達を鉢合わせればリュウザキが迎え役を引き受けてくれると考えたんじゃ。更に、リュウザキの性格からワシの飲み時間を延ばすためにさくらちゃんを派遣してくれることも想像に難くなかった。結果、全てが予想通りに進んだ。長時間飲めたし、良い話し相手も貰えたし、リュウザキと約束も出来たし、良いことずくめじゃったわ」


今度はさくらが唖然とする。気まずそうな竜崎とは対照的に、ニアロンは楽しそうに笑っていた。


―『賢者』の賢は『悪賢い』の賢じゃないかとたまに思うな―




賢者が去った後、今度は学園長が口を開いた。


「そうだ、丁度『オグノトス』からとある依頼が来ていて、先生方に力を貸して欲しいのよ。イヴ先生、リュウザキ先生、それと…今回はメルティ―ソン先生が適任かしらね。明日出発したいのだけど、大丈夫かしら?」


頷く3人。ただ一人不満顔なのはニアロンだった。


―今日夜あまり飲めないじゃないか―


そんな彼女を竜崎は宥めた。

「今度たらふく飲む機会設けてやるから我慢してくれ」


―それならよし―


霊体経由のアルコール摂取がどのくらい影響を及ぼすのかはわからないが、そろそろ竜崎の肝臓が心配になってきたさくらだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る