―鬼の頼み―
165話 オーガ族の里『オグノトス』
バシュウウン…!
転移魔術式が輝き、到着を示す。光の中から現れたのは、竜崎、イヴ、メルティ―ソンの三先生と普段通りの姿の学園長。そしてさくらである。
本来行くはずではなかったさくらだが、学園長の「これも社会経験」という一言で連れてきてもらったのだ。代表戦で闘ったオーガ族の住む地、気にはなっていた。幸い、今回の面子は全員が「さくらが異世界から来た事」を知っている。その分気は楽である。
「転移魔術、使えたんですね」
幾度目かの転移で感覚もかなり慣れたもの。さくらは伸びをしながら傍らにいる竜崎にそう話しかける。学園長が持ってきた依頼は比較的緊急ではあるらしいが、次の日出発でも大丈夫なもの。本来そのような依頼ならば王宮に設営されている転移魔法陣は動かせないはずらしいのだが…。
「学園長だからねー」
―色々と顔が効く、ということだな―
と竜崎達は回答する。どうやら権力を行使したということらしい。
オーガ族の担当魔術士に案内され、部屋の外に出てみる。そこは…。
「うわぁ…!」
生える草木は人界と比べ毒々しめな色。それはつまりここが魔界ということを指し示している。周囲を囲むは「鬼ヶ島」としてよく描かれそうな尖りに尖った山々。そして周囲には強度重視のような武骨な建物群。ここが『オーガの里 オグノトス』である。
歩いているのはほとんどがオーガ族。人間や魔族などの他種族は滅多に見かけない。オーガ族の特性通り、彼らの頭部には必ず角が生えている。そして彼らは身長が高く、男女ともに良い体をしている。
そんな里の至る所に見受けられるのは、力や技を鍛えるための施設。大人も子供も混ざり合い、力を競い遊んでいる。健康的といえばこれ以上ないくらい健康的な遊びである。
また、武器屋に置いてある武器はそのほとんどが巨大なもの。普通の人ならば持ち上げるのすら困難そうな大剣や大槌などである。最も、流石に邪魔くさいのかそれを携帯しているのは少数であるのだが。
「久しぶりねぇ。皆元気そうで何より何より」
そんな戦闘民族達を横目に、持参した巨大な斧を軽々と持ち上げつつ、学園長は楽し気に進む。その様子は実家のある村に帰ってきた人のよう。…のはずなのに、老婆姿+斧のせいでシュールさは半端ない。
そんな彼女の顔を見るたびに、道行くオーガ族は敬意をこめた礼をしていく。かなり慕われているようだ。
と、さくらは兼ねてからの疑問を竜崎にぶつけた。
「そういえば、ここって『里』っていうんですから村みたいなものなんですよね。クラウス君とかの口ぶりだと、村なのにかなり有名みたいなんですけど…なんでですか?」
先の代表戦、各国代表はオグノトス代表を警戒していた。ただの村の代表が、他の国の代表と比肩する。さくらはそれが少し気になっていたのだ。
「オーガ族が率いている国は幾つかあるけど、そんな彼らからもこの場所は敬意を持たれている。その理由は幾つかあるんだけどね。一つはここがオーガ族が最初に居を構えた地として伝わっているのと、現里長であるオーガ族の『英雄』によるところが大きいかな。あとは…」
「前々から思っていたんですけど、その『英雄』ってなんですか?」
またも出てきた『英雄』という言葉に、さくらは思わず竜崎の言葉を遮ってしまう。だがその回答は別のところから飛んできた。
「オーガ族は腕力体力秀でている者が多いから、兵として狙われた過去が何度もあるの。かつての戦争、そしてそれ以前から度々起きていた魔王軍による侵攻。私の夫はそれらを全て里に入れず力ずくで追い返し、幾度となく魔王軍の前線基地に単独で乗り込んでその全てを壊滅させたのよ」
声に驚いたさくらが反対側を見ると、いつの間にか足並みを緩め並び歩いていた学園長。自分の夫のことを語る彼女はとても嬉しそうだった。
里長宅についたさくらはそれを見て声を漏らす。
「大きい…」
扉や窓、というか建物自体が大きい。机、椅子、鎧…中に置いてある色んなものも、普通のサイズより一回りは大きい。身長が小さくなったのではと錯覚してしまう。
使用人に案内された奥の部屋、これまた大きな椅子の上に腰かけていたのはやはり身長3mはありそうな、他よりも一際ガタイのよいオーガ族。立派な角が生え、太い眉と髭をたくわえている。よく言えば親分肌の豪快な…いや、悪いがどう見てもまるで鬼の首領のような雰囲気である。少しでも怒らせたら横に置かれている巨大な棍棒で叩き殺されそうなほどの威容を誇っていた。
思わず怖くなり、竜崎の背に隠れるさくら。だが、その『英雄』は入ってきた人々を、正確に言えば学園長を見て、顔を思いっきり崩した。
「おーおー!我が愛しのハニー!待ちかねたぞ!すまんな無理を頼んで」
「ごめんねダーリン。遅くなっちゃって」
学園長は武器を置くと、ポンッと姿を若返らせる。そのまま自らの夫とぎゅうっと抱き合った。
「別に変身しなくても良かったのだぞ?どの姿のお前も愛しいことには変わりない」
「でもこの姿なら遠慮せずに力いっぱい抱きしめられるでしょう?」
年老いても仲睦まじい夫妻を見て、さくらは呆然、竜崎達は苦笑いを浮かべていた。
「おー!懐かしい面子だなぁ!イヴとメルティ―ソンか!前来たときから変わらんなぁ!寧ろ大人の色気が増してるようだ!」
「もう…奥様から叱られますよ?」
オーガの英雄の軽口をイヴはクスクスと笑いながら流す。学園長もまたそれを見て笑う。親し気な雰囲気が漂う中、里長はさくらを指さした。
「お?そこのちっこいのは?」
ビクッとしてしまったさくらの代わりに、竜崎が紹介した。
「この子はさくらさんといいます。代表戦にも出場していました」
「そうだったか!あぁ、我が里の代表達を序盤で屠り、最後に大水を引き起こした子だな?一度会って見たかったんだ」
里長に握手を求められ、さくらも慌てて返す。やはりオーガ族、握る手の力は強い。痛い。
「ところで、リュウザキ。そろそろ気は変わったか?」
里長は今度は竜崎に迫る。なんのことかとさくらが訝しんでいると、彼は衝撃的な発言をした。
「いい加減ラヴィと結婚してくれないか?」
「―!?」
驚くさくら。だが竜崎は聞き飽きたと言わんばかりに溜息をついた。
「何度目ですか…ですから本人の意志を尊重してくださいって」
「いいじゃないか!ラヴィは俺らに似て強い奴を好むからなぁ。お前なら適任だ!お前もそろそろ身を固めるべき歳だろ!」
力強い里長の言葉にどう応えるべきか悩む竜崎。すると学園長から援護が入った。
「あら、ダーリンはそんなこと言える立場じゃないでしょう。私と出会うまで『嫁など必要ない!』って皆を困らせてたの聞いてるわよ」
そう注意され、うぐっと言葉を詰まらせる里長だった。
と、そんな中イヴがぼそり。
「リュウザキ先生の奥さんか―…。やっぱり私も立候補しようかしら」
「―!?」
さくらに驚いた顔をされたのに気づくと、彼女は口元に指を当て、ウインクをした。
「冗談よ♪」
本当かどうかわからない、妖艶な誤魔化し方である。
一方、奥さんにツッコミを入れられ唸っていた里長の元には、ニアロンが火種を投下した。
―ラヴィ自身は気になる相手がいるみたいだけどな―
「なにぃ…?」
突如、里長の圧が膨れ上がり、鬼の形相となる。その様子にさくらだけでなく、イヴやメルティ―ソンも竦んでしまう。
「どこのどいつだぁ…それは…?人の娘を誑かそうたぁ」
誑かしたとは一言も言っていない。先程竜崎に娘との結婚を迫っていたというのに、どこの馬の骨かわからない相手にはこの態度。娘が大事なのはわかるが、勝手なものである。竜崎はニアロンを睨みつけ、里長に弁明をした。
「ニアロン…お前な…。 いえ、本人が言及したわけじゃないんです。ニアロンが勝手に邪推しているだけで。それより今回の依頼について詳しい説明を」
「そうよダーリン。わざわざ来てもらったんだから」
猛る夫を諫める学園長。と、彼女は竜崎に耳打ちをした。
「後で私には教えてね?」
学園長と言えども、母親。娘の恋愛事情は気になるようだ。
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