163話 イヴを止めよ
バババババッ!
そんな竜崎達を迎え撃つかのように、迎撃用のゴーレムが岩の棘を飛ばしてくる。それを障壁で防ぎながら2人はなんとか頭頂部に着陸をした。
「また邪魔者が来たわね…!」
明らかに正気ではない、怒りを湛えた目で竜崎達を見つめてくるのはの巨兵の主、イヴ。体を動かさず、首だけ曲げて警戒をしている。
「イヴさん!落ち着いてください…!」
メルティ―ソンが必死に呼びかけるが、彼女は杖を構えるだけ。
「こちらを知り合いとすら認識してないな…」
―急激な魔力消費で若干ハイにもなってそうだなあれ―
溜息をつく竜崎達。話し合いで解決するという僅かな希望が無くなった今、残るは強硬手段。イヴを取り押さえるため動こうとしたその時だった。
バババババッ!
「あぶなっ!」
次弾装填が済んでいたらしい。空から岩の棘が雨のように降り注ぐ。メルティ―ソンを庇いながらそれらを弾く竜崎だったが…。
ガガガ!ガチン!ガチン!
「しまった…」
気づくと岩の棘は見事に組み合わさり、まるで牢屋のように。どうやらこちらが真の目的だったらしい。イヴを目の前に竜崎とメルティ―ソンは囚われてしまったのだ。
「そこで大人しくしてなさい。私を馬鹿にしたあの子に一泡吹かせてやるんだから…!」
―もう泡吹いてたがな―
ニアロンのツッコミも興奮したイヴの耳には届かない。下ではグレミリオが善戦しているらしく、舌打ちをしたイヴは杖を振るう。
ギィイ…! ズシン!ズシン!
またも巨兵の体が開き、ゴーレムが出動していく。このまま増えればいくらグレミリオと言えども厳しいかもしれない。
「どうしましょう…」
慌て始めるメルティ―ソン。対して竜崎は…。
「これ凄いな…!独立した岩同士だったのが完全にくっついてびくともしない。これもゴーレム術の応用なのかな」
周囲の柵を楽しそうに触っていた。
「リュウザキ先生…」
半ば呆れるようなメルティ―ソンに同情したのか、ニアロンは溜息をつきながら竜崎をペシンとはたいた。
―おい、役割を果たせ―
「痛っ。あぁごめんごめん。じゃあまずは…」
カシャンと杖を取り出した竜崎は柵の一か所を思いっきり叩く。だが…。
「~!やっぱり堅いな」
ビリビリと痺れた手を振って冷ましながら彼はそう呟く。賢者仕込みの杖の一撃だったが、牢全体を揺らすだけで終わってしまった。
「じゃあ次の方法はっと…」
再度柵をぺたぺたと触る竜崎。するとよし、と頷いた。
「これならいけそうだな。ニアロン」
―最初からそうしとけ、メルティ―ソンが不安がってるんだからな―
そう愚痴った彼女は竜崎に合わせ詠唱。召喚魔法陣が輝き、姿を現したのは…。
「ノウム、ですか…?」
メルティ―ソンが気づいた通り、呼び出されたのは巨岩の外周に4つの目がついた姿をした、土の上位精霊『ノウム』。
「うん。メルティ―ソン先生、しゃがんで」
指示通り、メルティ―ソンはその場にしゃがむ。それを確認した竜崎は自らもしゃがみ込み…。
「ノウム、この檻を壊して」
「グググググ…!」
主の命に答えたノウムは目に光を溜めていく。そして次の瞬間…。
ピュン!
自身を回転させながら、レーザーカッターのような光線を全方位に打ち出した。すると…
ズ…ズズズ…
堅牢だった檻の柱が次々とズレていく。今ので断ち切れたらしい。しかも…
バッサァ…
切れた部分から、岩は砂へと粉砕。まるで元から檻なんて存在しなかったかのように全てが粉塵と代わり、そのまま風に乗り消えていった。
「土や石が原材料で良かったよ。これならノウムで壊せる。弾代わりに使っていた部分だからか対策もそう施されてなくて良かった」
そう言いながら竜崎はメルティ―ソンに手を貸して立ち上がらせる。自らの体についた砂を払うことを忘れ、彼女は竜崎を尊敬の眼差しで見つめていた。
「まだ来るの?しつこいわね…」
再度迫ってくる竜崎達を見て、溜息を漏らすイヴ。今度は地面、もとい巨兵の頭を杖でコンコンと叩いた。
すると、頭頂部に施されていた要塞の外装が動き出す。ガコン、ガコンと変形したそれらはやはりゴーレム。しかもその威容は先程下でみたゴーレムの比ではない。軍団長の親衛隊ということか。先程呼び出したノウムに加え中位精霊を何体か呼び出す竜崎の横で、メルティ―ソンは杖を構え直した。
「今度は私も戦います…!『白鬼』『白猿』!来て!」
彼女が呼び出したのは、双方とも人の背丈は優に超える巨大な霊獣。片方はオーガ族のような立派な角が生え、棍棒を手にしたまさしく『鬼』、そしてもう片方は全身白い毛で包まれた如何にも獰猛そうな巨猿である。
一斉に取っ組み合うゴーレム達と召喚獣達。親衛隊とあってかなり堅いゴーレム達だが、竜崎達も本気である。中位精霊達がゴーレムを柔らかくし、上位精霊と霊獣達が潰していく。
優勢かと思われたが、やはり相手は軍団長。続々と投入されるゴーレム兵はキリが無い。
―もう外に吹っ飛ばせ。最悪ミルスパールがなんとかしてくれるだろ―
「そうするか」
ニアロンの提案に乗り、竜崎は精霊への指示を変える。中位精霊でゴーレム達を誘導し、一か所に纏め上げた。
「よし、ノウム。吹っ飛ばしちゃえ」
そこに狙いを定め、怒涛の勢いで転がっていくノウム。だがそれを見過ごすイヴではなかった。
「躱しなさい!」
ゴロゴロと転がってくるノウムをすんでで回避するゴーレム達。だが竜崎はそれを予測済みだったらしい。メルティ―ソンにアイコンタクトを送ると、彼女は頷き自身の召喚獣に命令を出した。
「白鬼!ノウムを打って!」
「フンハ!」
主の指示に従い、白鬼は棍棒でノウムを力いっぱい打ち返す。それにより勢いを増したノウムはゴーレム達に激突。そのまま彼らを巻き込みながら思いっきり空へと吹っ飛んでいった。
「ホームラン!」
竜崎の楽しそうなかけ声が響いた。
「よし、これで…」
一息つこうとした竜崎達だったが、突如地面が揺れはじめる。
「えっ…」
次の瞬間だった。
フワッ…!
竜崎とメルティ―ソンは空中へと投げ出されていた。
「きゃああああ!」
思わず悲鳴を挙げるメルティ―ソン。どうやらイヴが巨大ゴーレムの頭を勢いよく動かしたらしい。髪についた埃を吹っ飛ばすような扱いである。
急いで自らに浮遊魔術をかけようとする彼女だが、そこに現れたのは…
「また迎撃用ゴーレム…!」
ジャキンと岩の棘を構え、こちらを狙うウニのような浮遊ゴーレム。このままではマズい。障壁を展開しなきゃ、でも浮遊魔術をかけなきゃ…!どちらを先にしようか迷い、思わず混乱してしまった彼女。その間に棘は発射され、あわや直撃―。
「ニアロン!」
―任せろ―
落下していく彼女の体が誰かによって抱き支えられる。そして目の前に迫った岩棘は障壁によって見事に防がれた。助けてくれた誰かの名を、メルティ―ソンは思わず口にした。
「―!リュウザキ先生!」
「間に合って良かった」
ふう、と安堵の息を吐き、竜崎はメルティ―ソンを抱えたままとりあえず巨兵の肩へ。
「あ、ありがとうございます…!」
お礼を言うメルティ―ソンだったが、竜崎は苦い顔をしていた。
「あー…。ごめんメルティ―ソン先生。着地場所選び間違えちゃった…」
その言葉にメルティ―ソンがハッと周りを見ると、またもゴーレムで囲まれていた。
「お、お気になさらないでください…!私がしっかり動けていれば…」
「いやいや、あれは誰も耐えられないよ。巨体にあるまじき速度で頭が動いていたもの」
―なに、また倒せばいいさ。というかこいつら無視していいだろ―
「それもそうだな」
戦おうと杖を構えていた竜崎は詠唱を変え、シルブのものに。メルティ―ソンも同じく白鳥を呼び出そうと詠唱を始めたその時だった。
ズゴゴゴゴゴ…!
突如、異音が響き渡らせながら竜崎達の上空が曇る。いや違う、曇ったのではない。日光が遮られたのだ。何に?それは…。
「手…!?」
巨兵の手のひら。それは空中で一瞬止まると、少し後ろに下がる。その様子はまるで勢いをつけるよう。
―おいおい…!イヴのやつ私達を潰す気じゃないか…!―
先程の戦闘で脅威認定されたのか、もうなりふり構わない様子である。ニアロンが予想したとおり、巨大な手は肩についた蚊を叩き潰すように空気を切りながら勢いよく振り下ろされた。
「障壁間に合うか…!?かなり堅めに張らないと割れるぞあれ…!」
―間に合わすしかないだろ…!―
召喚術式を止め、一斉に障壁魔術に切り替える竜崎達。耐えきれるか…!?竜崎がメルティ―ソンを庇うように前に躍り出た時だった。
「えーーーい!」
突然、下の方から勢いよく飛び上がってくる女の子の姿。手にした武器を迫ってくる手に思いっきり叩きつけた。
ガッキイイイイン!!
大きな音を立て、手は勢いよく反対方向へ吹き飛ばされる。武器の正体は神具の鏡がついたラケット。ということは女の子の正体は勿論…。
―さくら!?―
「「さくらさん!?」」
雪谷さくら、その子であった。
「大丈夫ですか!?」
ふわりと肩に降り立ったさくらは竜崎達に走り寄る。それに頷きを返しながら、竜崎は言葉を漏らす。
「どうやってここまで…」
するとさくらは自信満々に答えた。
「賢者さんに魔術をかけてもらいました!」
その時、吹っ飛ばされたゴーレムの手が空中でガチリと固定される。先程の捕縛魔術とは質が全く違うらしく、巨兵がいくら力を入れてもびくともしない。
「あれは爺さんの…!」
竜崎が驚いた声を出すと、それに返答するように声が飛んできた。
「ワシも我慢できなくなってのぅ。さくらちゃんの頼みに感化されてしまったわい」
背後から聞こえるその声に一斉に振り向く竜崎とメルティ―ソン。それと同時に周囲にたむろっていたゴーレムは次々と砕け散っていく。そこにいたのは、『賢者』ミルスパールだった。
「2人共さくらちゃんにお礼を言いなされ。お前さん達が振り落とされた時からずっと心配してたんじゃからな」
竜崎達にお礼を言われ照れるさくらを見て微笑みながら、賢者はゴホンと咳払い。
「ワシとしてはもっと見ていたいが、そろそろ怒られそうじゃからの。ほれ、もう一度行ってこい」
賢者が指をくるりと回すと、竜崎とメルティ―ソンの体がふわりと浮き上がる。さらに指がピッと動かされると…。
グンッ!
「きゃあ!」
2人は勢いよく頭頂部まで投げ飛ばされた。
―ミルスパールのやつ、手伝うなら最初から手伝えよ…―
ぶつくさと文句を言うニアロン。竜崎は笑いながら彼女を宥めた。
「まあまあ、おかげで色々助かったし。じゃあメルティ―ソン先生、決めましょう」
「はい!」
頭部にスタンと着地した竜崎達は新たなゴーレム動き出す前に急いでイヴに駆け寄る。
「捕まえた!」
竜崎がイヴを羽交い締めにし、ニアロンが寄ってくるゴーレムを抑える。
「はーなーしーなーさーい!!」
藻掻くイヴの足に捕縛魔術をかけ、ようやく確保完了。
「メルティ―ソン先生、お願い!」
「はい!『愛眼』発動…!」
メルティ―ソンは髪をかきあげ、隠していた片目に力を籠める。イヴの頬を優しく押さえ、おでこをくっつけながらピンク色に輝き始めたその魔眼の視線をイヴの瞳に合わせた。
「イヴさん…!正気に戻って…!!」
「あ…あ…あ…」
効力は抜群。イヴの目にはすうっと本来の様子が戻ってくる。それと同時に正気も取り戻したようで…。
「あ、あれ…?メルティちゃん?」
彼女はようやく戦っていた相手を認識したようだ。それにより、各所で動いていたゴーレムも一斉停止。巨兵はまたも沈黙した。
「よかった…!」
ぎゅっとイヴを抱きしめるメルティ―ソンを、彼女は困惑しながら撫でる。
「えっと…ここって感覚的に私のゴーレムの上よね…?なんで私ここにいるの?なんで召喚したの?」
―急に正気に戻したからな。少し記憶が混濁してるのも仕方ない―
「え?ニアロンちゃん?リュウザキ先生?なんでここに?」
イヴが背後を振り向くと、動きを止めたゴーレムに疲れた様子で寄りかかる竜崎達の姿。ニアロンが笑いながら提案をする。
―説明してやろうか?―
だがそこでイヴは頭を押さえる。どうやら記憶が戻ったらしい。
「…あ、待って。言わないで…。今全部思い出したわ…。とんでもないことやらかしちゃったみたいね私…」
いくら煽られた+魔術の誤射が原因とはいえ、学院全体に迷惑をかけた事実に沈み込むイヴを竜崎達は宥め励ましながら下に降ろすのだった。
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