161話 動き出す要塞

指示を受け急いで駆けていく助手の1人を見送り、竜崎は改めてゴーレムに向き直る。


「さて、それまで大人しくしてくれればいいんですけど…」


未だ不動の巨兵を見てそう零す彼。かくいうさくらはその様子に「このゴーレム動かないんじゃ…」と思ってしまっていた。だが、賢者は楽しそうに否定をした。


「残念ながらそうはいかんようじゃの」



「ギャウギャウ!」


ふと聞こえるは竜の声。一匹二匹ではない。発生源は空中らしく、さくら達は空を見上げる。そこに飛んでいたのは竜に乗った傭兵達。バサバサと竜を羽ばたかせながら、ゴーレムの頭上をぐるぐる回っていた。まるで事件現場にきたヘリコプターである。


「調査隊じゃの」


賢者の答えにさくらが合点がいく。そうであった、ここ学院には調査隊の本部が付設されている。そして当然竜も沢山配備されている。こんな目と鼻の先で巨大ゴーレムが現れたら見に来たくなる気持ちもわかってしまう。


そんな時だった。


ズズズズズ…!


小石や砂をカラカラと落としながら、巨兵の片腕が持ち上がっていく。その様子に周囲の人々はざわつき逃げようとする。


が、巨兵はそんな彼らには目もくれず。腕はどんどん持ち上がり、自身の頭上へ。未だ飛び回る竜に向け、まるで群がる小鳥や虫をシッシッと追い払うように手を動かした。いくら興奮状態のイヴでも彼らはうざったかったらしい。


ただ、残念なのはそこに人が乗っているということ。そんなことをされれば逆に好奇心や反抗心が湧くものである。傭兵達は逃げようとせずむしろ近づいてきた手の近くを飛び回り始めた。


すると今度は巨兵の指が動き始める。自由自在に動くその様子は人間となんら遜色ない。手首と指を折り曲げ、飛び回る彼らの内一匹を親指と人差し指でパシンと捕らえたのだ。


「ひい!」


捕まった傭兵は悲鳴を挙げる。潰されはしないものの、いくら竜が暴れても逃げられないほどの絶妙な力でつままれている。相手が生物ならば剣なり魔術なり牙なりを刺して怯ませることができよう。だが相手は土や石でできた無機物、それらは意味をなさない。生殺与奪の権は完全にゴーレムに握られたのだ。


「ほう…!この巨体であんな繊細な動きをするとは!やるのぅ」


「これは凄いですね…!」


賢者と竜崎は感心している様子。だが気が気でないのは周りの魔術士達。この後どうなるか固唾を呑んで見守っていたが…。


ポイッ


まるでゴミを飛ばすかのように、捕まっていた傭兵は捨てられる。彼は何とか空中で態勢を立て直しふらつきながら降りて行った。


「良かった…」


その様子に安堵するさくら。だが空を飛ぶ傭兵達は驚くべき行動に移った。


「しかけろ!」


敵と認識したのか、敵討ちと言わんばかりに攻撃をしかけはじめる。矢を、槍を、魔術をぶつけていく。


「無謀じゃのう」


賢者が漏らした通り。いうなれば象に小石を投げるかの行為、反感を買うだけである。イヴもまた苛ついたようで、先程と同じように掴んで投げ捨てようとゴーレムの手を動かすが…。


「来るぞ!」


「全員回避!」


傭兵の彼らもまた、場数を踏んでいる。竜のスピードに緩急をつけ、時に集まり時に散り、腕の捕捉からなんなく逃れる。人が飛び回るハエを簡単に捕まえられないように、巨大で鈍重なゴーレムでは、竜に乗る彼らをつまむのは至難の技である。


「あー!もう邪魔くさい!どうなっても知らないわ!」


そんなイヴのキレ声が聞こえた気がした、次の瞬間だった。


肩や腕、頭頂部に施された要塞のような造りの部分、その窓のような隙間から次から次へと何かが出撃していく。


「ウニ…?」


さくらは目を凝らしながらそう呟く。遠くて見にくいが、トゲトゲがついた丸いゴーレムがいくつもふよふよと浮いていくのだ。それらは飛び回る傭兵達と同じ高さまで上がると…。



ボボボボボボボ!!


その棘を一斉に発射した。



「なんだぁ!?」

「ギャウウ!?」


突如彼らを襲ったそれらは殺傷能力が抑えられているらしく、先端は丸くなっており、勢いも控えめ。だがそんな岩の棘、もとい棒の数は凄まじく、回避は不能。竜の翼に次々とヒットし、飛んでいた竜は軒並み落とされていった。


「対空迎撃まであるのか」


―イヴのやつ本気だな―


「見事じゃのう」


またも感心している竜崎達。その様子に呆れるさくら。そしてとうとう混乱しはじめた周囲魔術士達。今まで沈黙を保っていたゴーレムが動き戦いはじめたのだ。慌てもするだろう。


「捕縛しろ!これ以上暴れさせるな!」


誰とはなく叫ぶ声。それに応じて至る所の窓が空き、勇士の魔術士が幾人も飛び出してくる。彼らは一斉に詠唱。地面に、壁に、空中に、至る所に魔法陣を作り出すとそこから捕縛魔術を作り出す。


ギャリリリリ…!ギシィ!


鎖、蔦、紐、蛇…。各々の特色が込められた、渾身の捕縛魔術が巨大ゴーレムを縛っていく。足を、腰を、腕を…。流石は魔術の殿堂である学院の魔術士。瞬く間に巨兵は全身がんじがらめとなった。


「さて、リュウザキよ。どう見る?」


その様子を見て、賢者は竜崎に問いを投げかける。すると彼は迷うことなく答えた。


「駄目ですね」


彼らの会話を真意がわからなかったさくらだが、その答えはすぐに目の前で起こった。


バギイ!ブチィ!


異音が響く。まるで何かを引きちぎるかのような。しかし腰から下は捕らえられたまま。動く気自体が無いのだろう。だが、問題は腕や胴、顔に飛んでいった捕縛魔術である。


「嘘だろ…!」


蜘蛛の糸が引っかかったかのように、煩わしそうな動作で次々と捕縛魔術をちぎり、もぎ取っていく巨兵。慌てた数名が捕縛魔術を掴み自力で抑えようとしてしまう。


「わ、わあああ!!?」


当然、敵うわけない。勢いよくぶちぎられた勢いで彼らは空中へと投げ飛ばされてしまった。


「リュウザキ」

「はい」


軽く言葉を交わした賢者達は揃って飛び上がる。そして落下してくる魔術士達を次々と助けていった。


全員を救出し、地面に降り立つ2人。すると、巨兵の胴に動きがある。一部が門のように開いたかと思うと、そこから飛び降りてくる者達が。


ズシン!

ズシン!

ズシン!


地面に落下したそれらはすぐに二本足で立ち上がりこっちを見据える。正体はすぐさまわかった。人より一回り大きいゴーレム。それが十数体は降りてきたのだ。


「兵隊代わり、かな?中に仕込んでいたのか」


―まんま要塞だな、このゴーレム。『ゴーレム軍団長』の名に恥じないなあいつは―


「この様子じゃとこいつらはただの先遣部隊のようじゃな。ふむ…。やはり内部に小型ゴーレムがうじゃうじゃいるわい」


捕縛魔術が刺激してしまったのだろう。こちらを敵視し歩を進め始めるゴーレムに対し、竜崎達は武器を構える。そんな時だった。


「「白狼よ!」」


突如背から聞こえる2人の声。直後さくら達を軽々と飛び越えるようにして現れたのは巨大な白い狼2匹。彼らはゴーレムを次々と蹴り倒していった。


「すみません…!遅くなりました…!」

「一体何があったのかしら?」


姿を現したのはメルティ―ソン、そしてグレミリオだった。

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