160話 怒りのイヴ
街中でさえあの大きさなのだ。近くに寄れば寄るほどその威圧感は増していく。当然、学院に居る人々も大騒ぎ。ざわつく彼らの間をすり抜けるように、竜崎達はゴーレムがいると思しき裏庭へとたどり着いた。
「うわ…!」
さくらは改めて驚いた声を出す。先程まで数多の研究者達が魔術の実験を行っていたその場は大穴が空き、巨大なる塔が二本聳え立っていた。勿論、それは巨大ゴーレムの足。上を見上げると、日の光を遮るように巨兵はこちらを見下ろしていた。その威容に思わずさくらは竦んでしまう。
「ミルスパール様!リュウザキ様!お戻りになってくださいましたか!」
そこに慌てて駆け付けたのは、ミルスパールの助手役が何人か。何があったのか聞いてみると…
「リュウザキ様がミルスパール様を迎えに出かけた直後のことなんですが…」
遡ること少し前。竜崎が酒場へと足を運んだ時のことである。裏庭ではとある論争が起きていた。
「…ですからゴーレム術の簡略化はこうすれば…!」
「えぇ、その理論については私も存じておりますわ。ですが、その方法はただ悪戯に質を下げるだけ。しかも失敗の可能性が非常に高いものです。簡易的な役割を担わせるだけならそれで良いでしょうけど…」
片方は見学に来たどこぞの国の魔術士達。その1人と言葉を交わすのは丁度学院に来ていたイヴであった。しかし話は平行線。そんな中、相手の魔術士は別の話へと舵を切った。
「そもそも『ゴーレム軍団長』とまで言わしめた貴方の実力は過去のもの。神童と呼ばれし子供が年を経て普通の人になるということは往々にしてあるでしょう。今の貴方に、かつての魔王軍を震撼させた力がおありですか?」
とうとうイヴの能力を疑い始めたのだ。周囲の同僚達は慌てて止めようとするが、イヴはそれを手で制する。
「では、試してみましょうか?」
内心かなり苛ついているであろう。だが彼女は大人の対応をとった。それを聞き、相手は手を打つ。
「良いでしょう。これでも私はゴーレム術を極めたのです」
自信満々な相手は杖を奮い魔術式を描いていく。するとそこには10m級のゴーレムが一体また一体とすぐさま現れ、出来上がったのは総勢10体ほど。その様子を見ていた人々は一様に驚きの声をあげる。
「おぉ…!早い…!」
「この速度で作り出せるとは…相当な腕前だなあの人…」
誉めそやす声にふふんとどや顔を浮かべる相手に苦笑しながら、イヴも杖を振り始める。と、そこに相手から待ったがかかった。
「どうせならもっと素晴らしいゴーレムを見せて欲しいですね。あの『イヴ先生』ならばそれぐらい容易くできるでしょう?」
とんでもない煽りである。イラっと来たイヴだったが、その素振りを見せることなく、ほぼ出来上がりかけの術式を消し作り直す。
「ふん、遅いですね。私ならもう何体か呼び出せてますよ。やっぱりお力は失われましたか?」
更に相手は煽りを重ねる。勝手に指示を変えておいてその言い草である。イヴの頭には怒りマークがつき始めるが、彼女はなんとか堪えた。
その直後、すぐにイヴが一体目を作り上げる。その大きさは15m級。相手の魔術士が呼び出したゴーレムよりも大きい。
「これぐらいでよろしいかしら?この程度なら貴方よりも早く同じ数を作り出せますわ」
大きさの確認に見せかけた煽り返し。そのゴーレムを見て、相手は少し驚きを見せる。そこで止めとけばいいものも、プライドが引っ込まなかったのだろう。更に焚きつけてきた。
「その程度ですか?どうせなら横の巨大図書館よりも大きなゴーレムを作って欲しかったですね。あーあ、期待して損しましたよ」
イヴは顔をヒクヒクさせてキレる寸前。そんなものを作り出したら建物に被害がでるかもしれないし、消費する魔力も相当なものとなる。何より周囲で研究をしている人々の邪魔になると至極当然なツッコミを、怒りを抑えながらしようとした時だった。
「おい馬鹿!前見ろ、前!」
端の方で竜の強化魔術を試していた研究者が、他の研究者に注意を受ける。
「え? あっ!」
その研究者はイヴ達の様子に気をやっていたのだ。気づいた時には遅く、魔術は暴発。飛ばされた魔術は竜の横を逸れ、その先にいた魔術士が張っていたダイヤモンド型の障壁に当たる。
「わ!? 何!?」
角度がついた障壁によって、その魔術は反射される。次に魔術が向かったのは…。イヴであった。
「―!?」
見事、直撃。イヴはふっと顔をうなだれる。ざわつく周囲。研究者はその魔術を詠唱した魔術士に恐る恐る問う。
「お、おい…。今なんの魔術をかけていたんだっけか…」
「えっと…竜用の…興奮魔術です…。一時的に元気にするための…。なので、人にかけるよりも強力なやつ…ですね」
ごくり、とつばを飲み込む彼ら。はやく解除魔術をかけろ、と指示が飛ぶ直前だった。
「ふ…」
顔を下に向けたまま、イヴは声を漏らす。
「ふふふふふふ…」
奇妙な笑い声。確実に様子がおかしい。彼女はそのまま杖を地面に勢いよく突き刺す。
ブウウウウン…!
その先から勢いよく広がったのは魔法陣。建物ぎりぎりまで広がり、その大きさは極大。嫌な予感を感じ取った魔術士達は急いで建物内か魔法陣が届き切っていない端のほうに逃げた。
だが、唯一イヴを煽った魔術士所属の一団だけは後ずさるだけで動けない。そんな彼らに向け、イヴはゆっくり顔を上げた。
「ねえ…さっき言ったわよね…。『図書館よりも大きなゴーレムが見たい』って…。じゃあ見せてあげるわよ!」
そう言い放ったイヴは詠唱を開始。周囲に大量の術式が展開し、それらは一つ、また一つと地面へと染みこんでいく。その全てが土の中に消えた時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…!!
「じ、地震!?」
突如の揺れ。慌てる周囲の魔術士達だったが、地震ではないことがすぐに分かった。
「ひっ…!」
イヴが作りだした魔法陣が輝き、地面が蠢き始める。その異様さに各所で恐怖の声が上がる。イヴは杖を地面から引き抜き、勢いよく振った。
「顕現なさい…!『要塞の巨兵』よ!」
一際強く魔法陣は輝き、土砂崩れの轟音よりも大きな音が響き渡る。魔法陣が描かれた地面は力強く噴き上がり、形を成していく。巨兵の頭が、胴が、腕が、手が。もうもうと立ち昇る土煙を吹き飛ばすように作り上げられたゴーレムは稼働し始める。ぬうっと伸びた手が屋根を掴み、建物を揺らす。立ち上がる寸前、巨大な目に見つめられた魔術士は思わず腰を抜かしてしまった。相手の指示通り。学院より高い、山のように大きい巨像。それが今目の前に出現したのだ。
「と、いうことらしいのです…」
「なるほどのぅ」
―イヴのあの様子もそれなら納得だな―
助手役の報告を受け、笑う賢者とニアロン。さくらはあっけにとられながら周囲の様子を確認する。ほとんどの人が建物内に避難を済ませていたが、ゴーレムに屋根を掴まれているため恐怖が消えることなく全員が不安気な表情を浮かべていた。
そしてゴーレム生成の跡地の傍に、その煽ったらしい魔術士とその一団がいた。腰が抜け動けなくなっている様子である。巨兵が動いた影響か、彼が作り出した10m級のゴーレムは一体だけ残り全て粉みじんに砕け散っていた。
「うーん、どうしたものか…」
首を捻る竜崎に、賢者は楽し気に提案をする。
「そのたぐいの強化魔術なら暫くすれば切れるじゃろう。少し様子を見てみるのも手じゃの」
「いやぁ…流石にイヴ先生が可哀そうですし…。このままだとまた王宮から状況確認の連絡が飛んできますよ。いつ暴れ始めるかわかりませんしね」
そう言葉を返し策を練る竜崎だったが、何かを決めたのか助手役の1人に頼み事をした。
「すみませんがメルティ―ソン先生を呼んできてもらって良いですか?」
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