150話 伯楽一顧②
「着きましたよミルスパール様、ここがエアスト村です」
「うむ、ありがとう」
馬子に引かれた馬車からひょこりと降り立った彼は伸びがてら辺りを見回す。そこまで大きい村ではなく、到着したミルスパールを怪訝な目で見てくる人もちらほら。
「あれってアリシャバージルの馬車だよな…」
「なんでこの村に…?」
眉をひそめこそこそと話し合う村人達。それもそのはず、この村はどこの国にも所属していない。そのような村は恐らくどこにでもあるであろう。だがここ、エアスト村には国に所属できない明確な理由があったのだ。
「まさか『呪い』に侵された村だったとはの…」
ミルスパールはそう独り言を呟く。古い記録を調べてみたところ、何代も前の王がこの村からの従属の打診を拒否していたことが判明した。その理由が村を蝕んでいるらしい『呪い』。村の正確な位置を知る者も一部の商人だけであり、そんな彼らもその呪いとやらを怖がりあまり近寄ろうとしない。無理やり村の場所を知る馬子を説き伏せ、懐柔しここまで案内をしてもらったのだ。
「では、ミルスパール様。私は村の外におりますので…」
呪いが伝染するかすらの情報も記録には無く、見た限り村人達は普通に生活しているようだが、怖いものは怖い。馬子は馬車を引きいそいそと出て行ってしまった。
ポツンと残されたミルスパールは再度村を見渡す。森に囲まれた田舎村。空気も水も人の様子も平常であり、呪いが存在するとは思えないのだが…。
「ふむ…ここに本当に居るのかのぅ」
正直な話、自分の力で飛んでくることはできた。しかし、ついでに道中の村を確認をしたかったため、わざわざ数日がかりの馬車を使って来たのだ。残念ながら予言に相応しそうな者はいなかったのだが。
「…なにはともあれ、話を聞いてみるかの。すまぬ、そこのお方。ワシはミルスパール・ソールバルグ。この村の長のところへ案内してほしいのじゃが」
ざわざわと村長宅を囲む数人の人々。学院最高顧問であるミルスパールが来たと聞きつけて耳をそばだてていた。一方、室内では―。
「ミルスパール様が直々にとは…。何もご用意が出来ずに申し訳ございません…」
出来る限りの特上のもてなしを行い、頭を下げる村長夫妻。
「いやいや、急に訪ねてしまったのはワシのほうじゃからな。そう気を遣わんで良いわい」
ミルスパールはそう彼らを宥め、まるで世間話をするかのように切りだした。
「この村には『呪い』があると聞いたんじゃが…今もあるのかの?」
「!! …えぇ。ありますが…もうないというか…いやあるのですが…」
要領を得ない回答。詳細を語るのを迷っている様子である。仕方なしにミルスパールは話を変えた。
「いや、すまんの。本題に入ろう。以前、ここの村人がワシに見せてくれた本があったはずじゃが、今もあるかの?」
「え!えぇ…」
またも妙な反応。まるで何かを隠しているようである。とはいえ持ってきてくれるようである。
「こちらになります…」
目の前にそっと置かれたその本を持ち上げ、ページをめくっていく。やはり見慣れぬ記号、絵。そして製本技術。それら全てが未知のもの。しかもどこにも魔術が使われている様子が無い。やはり…。内心で確信するかのように頷いた彼は本を置き次の質問へ移った。
「この本の持ち主は今も居るのか?」
「は、はい…」
「単刀直入に聞こう。その者は『異界』から来たのではないか?」
「!!!」
彼の言葉を聞いた村長夫妻は身を震わせる。もはや隠す必要はないと言わんばかりに意を決して平伏をした。
「無礼を承知でお願いします、ミルスパール様。どうか、あの子を診てあげてくださいませんか?」
「診る?」
「実は…」
「なんと…呪いを全て引き受け、更にその呪いの主に憑りつかれていると?」
「はい。その通りでございます」
数か月前に起きたその出来事のあらましを聞き、さしものミルスパールの表情にも驚きが浮かぶ。『異世界』から来たという青年が、世話になった恩人を守るために命を差し出し、奇跡を起こし生き残ったというのだ。その話に彼は強く惹かれた。
「その子はどこに?」
はやる気持ちを悟られぬように、村長に問う。すると彼らは唇を噛み、声を絞り出した。
「…心苦しいことですが、村の外れにある小屋に住んでもらっています。村人の中には呪いを怖がりあの子を忌避する者がおりますので…」
「私達の娘を救い、村を救ってくれた恩人ではありますが…そうするしかなく…」
それを聞き、ミルスパールは安堵する。追い出されたり、殺されたりはしていないようだ。そこは村長として食い止めたのだろう。
「では、まずは様子を窺ってみようかの」
「あそこか」
教えてもらったのは村はずれの薄汚れた小屋。確かに村人達はそこを比較的避けるようにしている様子である。中にはそこの主を訪ねた人もいるようだが、それも僅か。
「あの子か…」
その小屋の前に置かれた複数の箱に腰かけているのは、村の子供達数名と村長の娘。そして彼女達と向かい合うように座っているのは髪のほとんどが白い青年であった。また、彼の背後にはふわふわと浮かぶ謎の霊体。聞いた通りである。
「何をしておるんじゃ…?」
よく目を凝らすと、青年は子供達に魔術を教えているではないか。だがその手際はあまりにも不慣れ。まるで自身もつい最近学んだかのようである。それでも魔術を使えることが珍しいのか、子供達は喜んでいる。そんな様子を村長の娘は微笑みながら見ていた。
長閑な、こじんまりとした青空教室。少しの間眺めていたミルスパールだったが、ゆっくりと近づいていった。
「!? 誰ですか!?」
一番素早く反応したのは村長の娘。それを聞いて子供達は流れるように身を隠す。どうやらいつも誰かに(恐らくは呪いを怖がる親であろうが)に追われているらしい。現れたのが見知らぬ老人であり、叱る声がこないことに気づくと、小屋の陰から恐る恐る顔を出し様子を窺い始めた。
一方で青年と霊体は逃げようとはせず、少し警戒しながら近寄ってきた老爺を見るばかり。ミルスパールは優しい声で挨拶をした。
「授業中邪魔してすまんのう。ワシはミルスパール・ソールバルグ。アリシャバージル王国にある『学院』に所属をしておる」
それを聞いて村長の娘は驚愕の表情を浮かべるが、青年と憑りついている霊体は首を傾げる。
「わからんか?ワシのことが」
そう問われ、青年は恐る恐る首を縦に振る。
「ではアリシャバージルという国名は?」
「少しだけ…」
今度はか細い声でそう答えた。
「では『学院』のことも知らぬか?」
またも首を縦に。ほとんど何も知らない様子である。と、霊体が彼を庇うように前に出た。
―こいつに一体何の用だ?―
もし害をなす者ならば即座に追い払う。そんな気勢が込められた口ぶりだったが、ミルスパールはひょうひょうと受け流した。
「そう怒らんでくれぃ。ちょっと聞きたいことがあってきたんじゃ。ところで…」
ミルスパールはそう言葉を切ると、紙と筆を取り出す。少し考えつつ線を書いていく様子を霊体と村長の娘は警戒しながら見ていた。
「よし、と。合っていれば良いが…」
そう不安気に呟いたミルスパールはその紙を青年へと渡す。そこに書かれていたのは
『こんにちは』
という日本語だった。
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