149話 伯楽一顧①

『永きにわたる、魔たるものとの戦を収めるには彼の者らが鍵となる


闇を秘めた鋭俊豪傑たる勇の者

老練にして英明果敢たる賢の者

年若く才気煥発たる巧の者

異界より来たりし伯楽一顧たる術の者


彼らを集め、希望をもって送り出せ。さすれば、必ずや魔を払い共存共栄の道を歩めるだろう』



「それが予言、かの?」


アリシャバージル王宮。王の口から語られたその『予言』とやらに、研究機関『学院』の最高顧問であるミルスパール・ソールバルグは首を捻っていた。


「あぁ、その通りだ」


「しかし、当代の祈祷師は今までそう大きな予言をしてこなかった子。精々が天気を当てる程度。それでも充分じゃが、突然にこれとは…」


俄かに信じがたい。彼がそう言いたげなのは王も察していた。


「儂も正直同意見だ。だが、あの祈祷師の顔は本気だった。まるで何かに突き動かされているかのようにな。一旦休ませ再度聞いてみてもその様子は変わらず、儂の服に縋りついてまで説得をしてきたのだ」


「ふむ…」


その言葉を聞いてミルスパールは考え込む。王は再確認がてら現状の情勢をそらんじた。


「『観測者達』が人界側に勧告を行った通り、魔王軍は侵攻を開始した。既に界境の村や国は陥落させられ、占拠された。我らもこのまま手をこまねいているわけにはいかない。隣国であるゴスタリアは王子を陣頭に兵を向かわせた。我が国もジョージ騎士団長以下、相当数の戦力を割いておる。学園学院からも有志が出立している。あの学園長は自身の娘を連れ参加した。また、高位精霊を含む魔神達は過去と同じく自身の土地、又は信徒が住む地に毒牙がかからぬ限り動く気はない。知っての通り、エルフの国『ラグナアルヴル』は戦端が開かれたとほぼ同時に人界魔界双方へ不干渉を宣言。わざわざ国の外周に巨大な樹の根を尖らせ外部からの侵入防止の術をかけた」


「あの国は致し方ないじゃろう。ダークエルフは魔族との混血児、戦争に参加したら国内でもエルフ同士の争いが起きることは明白じゃ。いくら種族が入り混じっておる世の中とはいえ、目の前に責めやすい敵がいれば責めてしまうのが人の性。事実、各国でも魔族や獣人亜人が差別を受け始めておる。エルフの女王は代わりに国内に諍いを持ち込まぬことを条件に、有志への戦争参加を認めた。苦肉の策ではあるが、それが出来るのは少々羨ましいのぅ…」


2人揃って溜息をつく。だが他にも懸念事項はある。今度はミルスパールの方から口を開いた。


「そして、今最も騒がせておるのが…」


「『獣母』の復活、か。奴らめ、禁忌魔術をここに来て…」


獣母。過去の魔王軍による禁忌魔術の産物。獣やとある霊獣、魚の力を宿した強化人間を生み出す忌まわしき存在。生み出された生物の知能はほとんどが獣並みであるのだが、一部、突然変異とでもいうのだろうか、人間となんら遜色のない知能を存在が現れ、発展を遂げた。とはいえそれは数千年もの前の話。獣母自体は当時の魔術士達により封印を施されていたのだが…。


「あぁ。封印されていたあれを解放させ、兵の増産を続けておる。いくら知能が獣と同等とはいえ、その見た目は人じゃ。既に獣人、オーガ族、マーマン族の中には武器を折る者も現れた。…気持ちはわかる。頭でわかっていても自らと同じ見た目の存在を殺すのは心がやられるでの」


つまり相手は兵が無尽蔵に近い。それはとても大きな悩みの種であった。王は強く息を吐いた。


「このままでは犠牲者は増えるばかり。今はまだここいらまで戦火は来ておらぬが、それも時間の問題。そこであの預言に繋がる。この予言が当たるならば永く続いた人界魔界の小競り合いすら終止符が打たれる。乗ってみる価値はあるかもしれん」


「藁をもすがる、ということか…」


「幸い、内2人には当たりがついている。『巧の者』と『賢の者』だ」


その言葉を聞き、ミルスパールは表情を変える。王は説明を始めた。


「『年若く才気煥発たる巧の者』、それは城下にいる小さな工房の娘だ。名を『ソフィア・ダルバ・テーナイエー』という」


「あの子か…。確かに噂は聞いておる、その腕は老練の職人をも凌駕する天才じゃと。だが、あの子はまだ15かそこいらだったはず。学園で教育を受けたならばわかるが、ただの町娘と同義じゃ。そんな子を戦場へと送り出すというのか」


少し責めるような口ぶりのミルスパールだったが、王は落ち着き払った、いや覚悟を決めたような口ぶりで答えた。


「勿論心苦しい。発生するリスクについては儂が直々に赴き説明をした。人を殺し、殺されるかもしれないと。だが本人は乗り気なんだ」


「若さ故の無鉄砲さではないのかの?」


「それもあるのだろう。彼女の回答はこうだ。『誰も殺さずに世界を救えば良いんです!』」


どう聞いても、何も考えていない子供の意見。ミルスパールは顔をしかめ思わず呟いてしまった。

「無茶な…」


だがそれは王も内心同じ気持ちだったらしく、頷いた。


「あぁ。だが、彼女は本気で言っていた。普通の子ならば死を恐れ即座に拒否をするだろう。…こうは考えられぬか?それこそが予言に示されし者の素質と」


「むう…」


一理あるかもしれない。否定をすることができないミルスパールはとりあえず次の話へと促した。


「それで、『賢の者』とは?」


すると、王はにこりと笑みを見せ、目の前に座る年老いた魔術士を指さした。


「それはお前だ。ミルスパール」




「ワシか…」


「まあ想定はしていたろう。『老練にして英明果敢たる賢の者』。先代の王の時代から学院のトップと国の補佐をしているお前だ。満場一致であろう」


「ワシの意見も聞かずに、か?」


少し意地悪な口調で問い返すミルスパール。すると王の口調は途端に仰仰しいものとなった。


「では問おう。ミルスパール・ソールバルグよ。其方は予言に見出されしものとして戦いに身を投じることへの覚悟はあるか?」


一国の主らしく、威厳に満ちたその言葉。魔術士はほんの少し、自分の心を確かめるような素振りをとった後に、ゆっくりと口を開いた。


「…先程、王は予言に示されし者の素質に『覚悟』を挙げたのぅ」


「あぁ」


「なら、確かにワシもその素質があるようだ。ミルスパール・ソールバルグ。呼び声にお答えしよう。そして、そのソフィアという娘も守って見せよう」


「有難い…!」






「残りは2人、『勇の者』及び『術の者』だ。儂も国中を探索し情報を探しているが、全く手がかりがない。そこで、近々予言の触れ込みと共に武術大会を開催する予定だ」


「なるほど、確かにそこに出場する者は勇気ある者。その中から『闇を秘めた鋭俊豪傑たる勇の者』の条件にあう者を探し当てれば良いということじゃな。それでいこう」


学院最高顧問からゴーサインが出され、王は胸を撫でおろした。


「お前から賛成を受けたのは心強い。では早速手配しよう。そして残りの1人、『術の者』だが…」


「『異界より来たりし伯楽一顧たる術の者』だったかの?伯楽一顧というのも少々奇妙だが、異界とは…魔界のことか?」


彼の問いに、王は首を横に振った。


「わからぬ。そこでだ、お前の『老練にして英明果敢たる』知恵を借りたいのだ」


その言葉に思わずミルスパールは苦笑いを浮かべる。


「そういうことか。だがワシにも思い当たる節はない。少し調べさせてもらうぞい」


「頼む、ミルスパールよ」






「…わからん」


あれから幾日たったであろうか。アリシャバージル図書館、その一室。重ねられた本の山は本棚の前や机、床を埋め尽くし、もはやそこは部屋としての機能を果たしていない。当然誰も入ることは出来ず、唯一ミルスパールだけが空中を浮きその上を移動していた。ちなみにこの有様となっている部屋は他に幾つもある。全て彼が調べものをした際に散らかした跡だ。それほどまでに「術の者」探しは難航していた。学院では魔術士達がああでもないこうでもないと喧々諤々。手当たり次第に近場の村や他の国へ出向き探しているが、やはり何も手がかりがない状態である。



そんな中、ミルスパールは考えを纏めるため、空中に浮いたまま手足を放り出していた。少々思考放棄気味でもある。


「そもそも『異界』とはどこか。他の皆が言っているように魔界を指し示すならば話はまだ簡単なのじゃが…。どうもそうとは思えない。しかも伯楽一顧と来た。誰かが見出してやらなければいけないということか。それならまずは先に伯楽役を探すべきか…」


頭の中だけでは纏まらず、思わず口から洩れるそれ。はたと、あることに気づいた。


「ん…。その伯楽とやらはワシでも良いのか?」


学院最高顧問であり、予言の『賢の者』に抜擢された自分。素質は充分である。勿論何一つ確証はない。だが逆を言えばその可能性が大いにあるということ。


「とりあえずその線で探してみるかの…」


むくりと体を起こし、自身の記憶を辿る。もし自分が伯楽ならば、過去にヒントがあるやもしれぬ。暫く黙考した彼だったが、突如ピクリと動いた。


「ふむ、そういえばエアスト村というところから来た者がいたな…」


数か月前、妙な記号と絵が描かれた本を手にやってきた村人がいたことを思い出したのだ。齢100を超える自身が培った知識にも存在しない代物だったため、彼が帰った後も躍起になって色々と文献を漁った日もあったのだが、戦争のあれこれでつい忘れてしまっていたのだ。


「もしや、あれは異界の物…?」


普段なら突拍子もない発想と自身でも笑うが、今は状況が状況。心は固まった。


「行ってみるかの」

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