148話 賢者発見

ギィ…と扉を開ける。


「いらっしゃーい!」


元気の良い店員の声。まだ昼頃だというのにその酒場は盛況。魔獣狩りで生計をたてている戦士魔術士や、夜通し積み荷を遠方から運んできた商人。飲み道楽のおっちゃん達。客層は様々である。



さくらは宣告通り以前賢者に会いに訪れた、そしてソフィア達と飲み会をした際の酒場に足を踏み入れていた。


正直1人で来るにはまだ早いこの環境、今はタマやニアロンもいない。だが自ら引き受けた役割である。意を決し足を踏み入れ、酒場を取り仕切る店主の女性に声をかけた。


「あ、あの…」


「いらっしゃーい! あら、リュウザキ様の…!今日はどうしたの?」


流石は客商売。数度しか来たことのないさくらの顔もばっちりと覚えていてくれたらしい。まあ英雄的存在の竜崎達と共にいれば印象も強いのだろうが。


「賢者さんはいらっしゃっていますか?」


「あぁ!もうお迎えってことね。あちらの方で飲んでいらっしゃるわ!」


いつものことと言わんばかりに彼女が指し示した席に向かうと、やはりというかなんというか人だかり。そして聞こえる賢者ミルスパールの声。


「その術式が書かれた本なら図書館7階北東の部屋にあったはずじゃ。…その材質が欲しければ竜の生くる地へ向かうがよい。…じゃから冒険にはいかんて」


捌いても次々と増えていく質問者勧誘者。これではおちおち飲食もできないだろう。さくらは多少無理やりその人だかりへと顔を突っ込む。


「賢者さん」


「おや、さくらちゃん。まま、座ってくれい。 客人が来たのでな、一旦質問タイムは終わりじゃ」


あれよあれよという間に椅子に座らされ、しかも取り巻く人々を追い払うダシにされた。渋々引き下がる彼らを横目にさくらは単刀直入に目的を伝える。


「あの、お仕事に…」


だがそれを聞かないようにか、賢者はジョッキを傾ける。そして一気に飲み干すとおかわりを注文した。


「朝からずっと面白くもない書類確認ばかり、嫌になるわい。それならまださっきみたいに囲まれて質問責めにされるほうがマシじゃ」


ふくれっ面となり、不満を露わにする彼。さくらは思わずツッコんでしまった。


「いやまだお昼なんですけど…」




「帰っても良いが、先程注文をしたばかりでな。流石にそれを無下にすることはできんじゃろ」


とはいえ、以外にもすんなりと了承をしてくれた。それぐらいならば、とさくらも待つことに。そのままお誘いされ、昼食を奢ってもらうこととなった。



注文の品が届くまで、さくらは先程の人々と同じように彼に知恵を借りることに。内容は、勿論あのことである。


「私も上位精霊を使えるようになりたいんです」


代表戦では他参加者が召喚しているところを間近で見てしまい、先のゴスタリアでは契約を結んだウルディーネを操った。心の内にくすぶる欲求は高まるばかり。


だが賢者の回答は至ってシンプルであった。


「そればかりは研鑽が必要じゃの。リュウザキは独力で上位精霊を呼び出すのに5年かかったぞい」


「そうなんですか?」


「そうじゃぞ。高位精霊達と契約を結ぶまではニアロンにおんぶにだっこ状態でな。その後もニアロンの力を借りなければ中位精霊が限度じゃった。最も、それでも破格じゃがな。一生をかけて取り組んでもその領域までたどり着かない者は幾らでもおる」


「ということは、魔王討伐の際も…?」


「うむ。リュウザキとニアロン、2人で1人じゃった。今や精霊術士リュウザキとして名を馳せるが、あの子も当時はそんなものよ。まださくらちゃんはここに来て数か月、焦ることはないぞい」


そう諭され、大人しく引き下がる。流石にそう簡単にはいかないか。


「まあ下手に呼び出して死にたくは無いじゃろう。それで毎年何百人かは必ず死んどるのだから」


賢者が追加で発したその言葉に、思わず顔が固まるさくらであった。




「でも、やっぱり魔術って難しいんですね…」


この世界に来てから行ける日はほとんど欠かさず学園に赴き、授業を受けている。魔術もある程度習得した。だがそれ以上が難しい。まだ魔術士を名乗れはしないだろう。


すると、賢者は少し声を潜め口を開いた。

「少々キツい話じゃが、魔術を習得するのに圧倒的に重要なのは知識や魔力量、努力などではない。『生まれながらのセンス』じゃ。リュウザキは教育者という立場上敢えてその事実を公言せんがな。学園に入るための試験というのも、実際はそれを確かめるためのものなんじゃ」


なるほど、そそっかしいネリーが入学できた理由も少しわかった。そのセンスがあったのだろう。そして、気になるのはさくら自身のそれである。恐る恐る聞いてみる。


「じゃあ私は…」


すると賢者は届いたジョッキを一口。


「補助ありきとはいえ、闘技場を水で埋め尽くすほどの才じゃ。センスはリュウザキを凌ぐぞい」


賢者、かつ学院最高顧問からのお墨付きである。胸を撫でおろすさくらであった。




「そうじゃ。今の話で少し懐かしい気持ちになったし、時間つぶしにワシとリュウザキの出会いでも話そうかの。リュウザキが勇者一行に選ばれるまでの出来事じゃ」


そんな提案にさくらは心をくすぐられる。賢者はそれを見て笑顔になった。


「興味があるようじゃな。よしよし」


その内心には「懐柔成功」というものがあったのだが、当のさくらは気づいていない。


「あれは20年前のことじゃった…」


賢者の懐古する口ぶりに、さくらは思わず座り直し、話に惹きこまれていく。既に本来の目的、『賢者を学院に連れ戻す』という約束は忘却の彼方だった。

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