131話 御神体

「人…?」


さくらが捉えたのは、豪勢なマントを着こんだ人の後ろ姿。


―それはただの謁見客だ。もっと上だ―


ニアロンにそう言われ、視点を上げる。次に捉えたのは―。


「綺麗…!水晶ですか?」


霧の中、微かに入ってくる日の光を浴びてキラキラと輝いている鉱物を見て、さくらはそう感想を漏らす。だが竜崎は否定するかのように指示を加えた。


「更に上かな」


もっと上?そこまでいくと山の頂上しか映らないんじゃ…。そう思いながらも上げると…。


「―!!!」


巨大な眼が、こちらを見つめていた。



「ひっ!」


思わず望遠鏡から目を離すさくら。一方の姫様とバルスタインは齧りつくように眺めている。


「あれは…!」

「まさか…!」


一体何だったんだ。さくらがもう一度覗こうとしたその時だった。


ゴウッ!


突如、暴風が彼女達を襲…わなかった。正確には確かに吹き荒れた音がしたのだ。その勢い凄まじく、目の前の霧は全て晴らされた。だが、風はさくら達の髪や服を揺らすことすらせず、まるで霧散するかのように消え去った。


「あ、気づかれたか。余計な手間をかけさせちゃったな…」


―なに、気を利かせてくれたんだ。有難く拝ませてもらおうとしよう―


そんなことを言う竜崎達。だが、さくら達は霧は晴れたことにより映し出された景色に釘付けになっていた。



彼方に望むは、霧がかる霊峰の数々。だがその中に唯一、山肌全てが透明な鉱物で覆われた…いや、その全てがダイヤモンドやクリスタルのような美しい宝石で出来ている山があった。空から注ぐ仄かな日光を浴びて七色に輝く箇所もあれば、地面から立ち昇る魔力が飲み込まれ内部で脈動しているように見える箇所もある。


これは山なのか。否、山ではない。それを示すかのように、中腹部から生えているのは広げたら周囲の山を叩き崩しそうなほどの超巨大な翼。硝子のように滑らかな被膜が折りたたまれて閉じられているのはどこか幻想的である。


奥から伸びている美麗なる尾は真横にある山にくるりと巻き付けられているほどに長い。一層天上に近いため強い輝きを放つその様子は山に天使の輪がかかったようにも見える。


正面から伸びるのは太く、長い首。ここにもまた一流の宝石職人によってカッティングされたかのような鱗がきっちりとついている。


その先についているのはさくら達ほど離れていてもその太さ鋭さがわかるほどの角。王城など簡単にかみ潰せるかのような、しかしながら美しいあぎと。そして、長く眺めていると飲み込まれ溺れてしまいそうなほどの深い蒼を湛えた大きな目。


そう。そこにいたのは山ほどの大きさがある、一匹の弩級なる竜だった。


「あちらが竜の魔神、『神竜ニルザルル』その姿です」




遠くともわかる、その崇高なる姿にさくら達は目を離せない。だがその存在のあり得なさについ作り物を疑ってしまう。そんな考えを打ち破るかのように、竜は首を動かす。生きている。かつてさくらは『万水の地』で巨大な水の高位精霊であるエナリアスの姿を見たが、それを凌ぐではないか。


「あれが…ニルザルル様…」

姫様はその光景に圧倒され、ほうっと息をつく。


「竜の魔神殿の全貌、初めて見ました…」

バルスタインもかなり驚いた様子である。



と、ニルザルルの巨大なる顔が天を向く。腹の内から首へ、そして口元まで何か光の結晶体が昇ってきているのが見て取れた。次の瞬間―。


キュンッ!


眩い輝きと共に、撃ちだされたるはレーザービームの如き一撃。霧を割り、雲を割り、空高く発射されたそれは命を持ったかのようにカーブを描き、無数の細い線へと変化しキラリとどこかへと飛んでいった。その様子、まるで流星群。


「あれはいったい…!」


思わず興奮した様子で姫様は竜崎に問う。すると彼は自らの杖先についた望遠機能を使い様子を窺う。さくらもそれに続き覗いてみる。



神竜ニルザルルの足元。先程見たマントの人物が連れてきたお供と一緒に地面を頭に擦りつけお礼をしている。その横には沢山の金銀財宝。恐らくお礼の品なのだろう。だがニルザルル自身は動かず、代わりに近くに控えていた案内人がそれを貰い受けた。


「うーん。多分あの方々の領地で竜が暴れていたのでしょうね。それでニルザルルに頼んでお仕置きをしてもらった、ってところだと思われます」


「あのお礼の品って…」

続くさくらの質問にも彼は軽く答えた。


「あぁ。ニルザルルは別にあんなものに興味はない。竜だしね。あのお金は案内人が持ち帰って竜達のご飯を作る牧場や農場の資金、街の運営金になるんだ」


―あいつが好むものは別にあるんだが…。まあ普通はわからんだろうな―


ニアロンの謎の笑いが気になるが、答えてくれそうもない。




と、幕が降りるようにスルスルと霧が閉じていく。


「あ、どうやら終わりのようです」


―あいつ、恥ずかしくなったな―


竜崎の言葉を聞いて、もっと見ていたかった姫様は少し口惜しそうに望遠鏡を畳む。かくいうさくらも同じ気持ちである。あの美しさ、この世界でも滅多にないだろう。一日中でも見ていられる。


「では向かいましょう」


号令をかける竜崎に、姫様は寂しそうに質問をする。


「あの方の足元までですか?…もう終わりが近いのですね…」


目的地が見え、旅の終焉を予感したのだろう。だが、竜崎は予想外の一言を返した。


「いえ、更に奥地に向かいます。姫様、ご安心ください。まだまだ冒険は続きますよ。寧ろこれからといったところです」

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