130話 獣道

先程までは広い狭いはあったものの、比較的歩きやすい道のりだった。曲がりなりにも参拝道であったということか。しかし、先程からは岩がゴロゴロとした獣道を進んでいる。当然、人が歩いている気配も一切無い。



「♪~」

そんな中、姫様は陽気に進む。望みが叶って嬉しいのだろう。更にそれに続くように―。


「クルルゥ」

「キャルルゥ」


何匹かの手乗りサイズ竜が彼女の周りをくるくると飛ぶ。気分は竜使い。指を差し出し止まり木代わりにして遊んでいる。これが可愛らしい小さな鳥ならば奥ゆかしき姫様なのだが、なにせ今の彼女の服装はトレジャーハンターであり、鳥も竜。残念ながらそうは見えない。それはそれで格好良いのだが。



先程まで敵対心むき出しだった竜がその調子である。何故なのか。その理由をさくらが竜崎に問うと…。


「竜の魔神ニルザルルの力の1つに『全ての竜へ命令を下す』というものがあるんだ。例え世界の端にいる竜であろうとも指令は届き、好きに従わせることが出来るんだよ」


とのことである。先程の出来事をさくらは思い出す。自分達を警戒をしていた竜が一斉に空を向き、その後ストンと落ち着いたことを。あれのことか。恐らく空を見上げた際に「そいつらは敵ではない」みたいな指示が下ったのだろう。


竜崎は更に言葉を続ける。

「その力の対象はピンポイントでも可能。世界中へ同時に下命することも、国や街、村一つに範囲を絞ることも、たった一匹に指示することも自由自在。もしニルザルルの機嫌を損なうことがあれば、自らの領地に住む竜達が一斉に蜂起する。だから貴族王族はご機嫌伺いをしにくるんだ。私達の世界でいうところの車ほどに普及した竜が突如として暴れ回り始めたら人なんて簡単に皆殺しにされちゃうからね」


おぞましいことをさらりと言いのける彼。興が乗ったのか、そのまま授業が始まった。


「一つクイズをしよう。なぜ獣人がいるのに竜人がいないのかわかるかい? ともすれば翼が生え、強靭な鱗を持ち、鋭い牙や爪を備えた存在となったかもしれない。確実に戦力となっただろうのに、生みだされることは無かったんだ。何故だと思う?」


さくらは口元に手を当て考える。さっきの話からして…


「もしそんな種族を作ったら、魔神に操られるかもしれないからですか?」


「大正解!これは説でしかないんだが、さくらさんの答えのような恐れがあったことに加えて、そもそも竜の身体構造が特殊であり、禁忌魔術をもってしても上手く作り出せなかったらしいんだ。そうこうしている間に計画を知った魔神が怒ったことにより立ち消えたらしい。竜騎兵だけでなく運搬、偵察、狩猟に用いられる竜が全て敵に回ったらいくら魔王軍といえども自滅は避けられないしね」




そんな話をしている間に一行はとある分岐点に直面する。片方は大岩を幾つも乗り越えていかなければいけない苦難の道。対するもう一方は比較的開けた道。両方とも同じ先に繋がっているようだが…


「こちらに進みましょう」


竜崎が選んだのは苦難の道のほう。歩き出そうとした彼を姫様は待ったと止めた。


「無理に過酷な道を案内する必要はございませんわリュウザキ様。こちらの道を進みましょう」


どうやら竜崎がわざと過酷な道を選んだと思ったらしい。その言葉に竜崎は了解した。


「わかりました。ではそちらに」


自ら先に立ち進んでいくテレーズ姫。そこに何故か慌てた様子のバルスタインが声をかける。


「姫様そちらは…!」


だが、その言葉は竜崎によって制される。彼とニアロンの顔は悪戯っ子のような笑み。嫌な予感を感じたさくらは袋からラケットを抜いた。



そのまま先頭を進む姫様。その後ろにはバルスタインが寄り添っている。その後ろを歩くさくらが構えるラケットを見て、最後尾の竜崎は彼女を褒めた。


「よく気づいたね」


「やっぱり何かあるんですね…?」


―あぁ。そろそろだな―


何かを含んだ会話をしたその時だった。


「グルル…」

「ガルルルゥ!!」


周囲から聞こえる唸り声。竜のものではない。獣、それも獲物を狙うかのような。


「姫様、こちらに」


バルスタインはすぐさま姫様を引き寄せ、守る態勢に。それでようやく姫様自身も状況に気づいたらしい。


霧の奥から現れたのは100を超える魔獣。彼らには竜の魔神の能力が効かない。美味しそうな餌が来たと言わんばかりに唸り声を漏らす。


「キャウウ!」

姫様の周囲を飛んでいた小型竜は飛び去り、魔獣の狙いは一心にさくら達に集まる。


「ご、ごめんなさい…」

謝る姫様をバルスタインは優しく慰めた。

「お気になさらず。この程度、即座に屠りさってみせましょう」


そういうと詠唱を始めるバルスタイン。剣に火が纏い始める。だがそれと同時に―。


「バルスタイン、障壁を」


飛んできた竜崎の言葉に詠唱内容を即座に変え障壁を張る彼女。直後。


「シルブ、魔獣を吹き飛ばして」


「ケエエーーーン!!!」


いつの間にか竜崎が召喚していた風の上位精霊が勢いよく羽ばたく。突風と共に複数の竜巻が発生。次々と魔獣を飲み込み、遠くへと吹き飛ばしていった。


「ギャン!」


まるで蜘蛛の子を散らすかのように巣に逃げ戻る魔獣達。あっという間に周囲には何もいなくなった。


「では先に進みましょう」


笑いを堪えながらそう促す竜崎。姫様はバツが悪そうに謝った。


「今後はしっかりと従いますね…」


「いえいえ、道を選んで進むことこそが冒険の醍醐味ですから。この先もじゃんじゃんリクエストをしてください」


そう楽し気に笑う竜崎だった。





その後も岩を越え、急な坂を昇り、時には魔獣を追い払いながら進むゴスタリア冒険隊。先程いなくなった小型竜達もいつの間にか戻ってきていた。


そんな中、さくらはとあることに気づく。


「結構骨って落ちてるんですね」


霧のせいでわかりにくかったが、ちょこちょこと骨が落ちている。獣のものから竜のものまで。姫様も乗じて探し始める。


「こちらにも。あら?形が…」


妙な骨を見つけたらしく、さくらもそれを覗き込む。この細さ、2本ずつの手足、そしてコロコロと転がってくるのは…丸い頭蓋骨。さくらと姫様は思わず同時に息を呑んだ。


「「人骨…!!」」



竜崎もまた、その声を聞いて同じく覗き込んだ。


「あーこれは盗賊の慣れの果てですね。ここは竜骨や鱗、質の良い魔鉱物とかが潤沢に採れるので盗賊達が跡を立たないんです。まあたいていは竜のご飯になりますけど」


「じ、人肉を食べるのですか?」


―竜は肉に限らず何でも食べるぞ。因みに竜の死肉は肉食獣だけじゃなく他の竜の食料ともなるな―


ニアロンがそう説明している間にしゃがみ込んだ竜崎は骨を調べる。


「この形跡…。この人を食べたのは姫様の周りを飛んでる竜達と同種ですね。骨に複数の小さい噛み跡がついています。全身綺麗に揃っていますし、仕留めたのも同じかと。大きい竜はこれぐらいの骨なら噛み砕いて咀嚼しますから」


そう言った彼は手頃な骨を拾いあげ、姫様の肩で休んでいる竜に咥えさせる。ほぼピタリと歯型に一致した。


「た、食べないでくださいね?」


「クルル?」


姫様の引きつったような声に首を傾げる小型竜であった。




更に進むと霧は増し、周囲の情景すらほとんど見えなくなる。どうせ岩壁ばかりと気にせず進むさくらとは別に、姫様は近場の奇妙に細くなった岩を触る。


「リュウザキ様、これって岩でしょうか?なにかおかしい気がするのですが…」


「よくお気づきになられました。あちらをご覧ください」


あちら? 彼の手が指した方向も当然霧。すると竜崎は風を起こし、一時的に霧を吹き飛ばす。見えたのは…巨大な竜の頭骨だった。


「ひゃっ! ということは…」


姫様はそのまま視線を移す。頭骨から長い頸骨、それはそのまま肩へと広がり、さくら達の周囲を包む岩、肋骨へと繋がっていた。


「やっぱり…!」


どうやら今歩いていたのは巨竜の骨の中だったようだ。しかし、それは骨とは思えなかった。かなり古くに死んだのか、風化し変色していたのだ。姫様が気づかなければ変わった岩として認識していたほどである。


「この骨は大分古いようなので武器防具にはなりませんが、アンティークに加工されて売られることも。そのお値段は貴族でも簡単に買えないほどです」


竜崎の解説で気になったのか、おいくら?と問う姫様。耳打ちをされ、驚いた表情を浮かべる。一国の王女がその様子、相当な高値であることは確かなようだ。


「それともう一つ、このような骨には用法があります。この地の特性上、時間が経てば経つほど骨は魔力を帯びます。そこまでゆくと、魔術の道具や呪薬魔法薬の材料等、裏市場で高値で取引されるのです」


そう付け加えた竜崎は足元の小石サイズの欠片を拾い火の魔術を唱える。瞬間、人を飲み込むほどの青い炎が発生した。


「「わっ!」」


驚くさくらと姫様。とんでもない威力である。



「あ、ここにも遺体が…」


次に姫様が見つけたのは、無惨にも肘から先が噛み砕かれ無くなっている腕の骨。死ぬ直前まで諦められなかったのか、その手には大きめに折り盗られた巨竜の骨の一部が。


「ちなみに、人の骨も同じように魔力を帯びます。その場合は呪術等に使用され、下手すれば同条件の竜骨の値段を超えることも。どうせこのまま朽ちるだけのものです、別に骨を持っていっても構いませんよ。今だけは襲われることはありませんから」


そんなことを言われても。遺骸を、特に人骨を持って帰るわけにはいかない。さくら達は遠慮することにした。




暫く歩くと、急に霧が薄いところに出た。察するに高台のようである。


「よし、ここいらでいいかな」

と、足を止める竜崎。そこで取り出したのは人数分の望遠鏡。それを各員に配る。そして姫様に促した。


「あちらの方をご覧ください」


言われるがまま、望遠鏡を覗き込む姫様。さくらとバルスタインも覗く。そこに映っていたのは―。

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