129話 道

案内人の雇用を断り、道を照らすための鈴つきランプのみ受け取る竜崎。本来道を知り竜の扱いに長けた彼らがいなければ危険な旅路なのだが、竜崎は信頼されているらしく引き止める者はいなかった。


「あ、そうだ。今向かっている方はいます?」


「はい、10組ほどが向かっております。…ですが『表』に用がある人達ばかりです」


「良かった」


意味深な会話をする竜崎と案内人。その真意を聞き損ねたまま、さくらはギギィ…と開いた柵をくぐる。代わりに別の質問をした。


「そういえば、この先ってなんで霧がかっているんですか?」


周囲は真っ青な空。なのに今から向かう場所はどんよりとした雰囲気漂う霧の立ち込める地。霊験あらたかな、といえば聞こえがいいが、あまりにもギャップがありすぎて違和感しかないのだ。


「ここから先は龍脈…魔力を潤沢に含んだ地脈がとんでもなく密集していてね。そこから漏れた魔力が霧状になって揺蕩っているんだ。竜としては魔力が濃いぐらいが快適らしくて。さ、離れないようにね」


先が見えぬ霧を恐れることなく踏み入れる竜崎。さくら達もそれに続き、彼らの姿は一瞬で消え去った。




風と水、そして時の流れによって出来たかのような、細く曲がりくねった山道。まるで順路を知らぬ者はここで死ねと言わんばかりの分岐。そんな中を竜崎はカランカランと鈴を鳴らして進んでゆく。わかりやすい広めな道から、1人ずつしか進めない、服が壁をこするほどの狭い道へ。と思いきや今度は大人が寝ころべるほどの大きな足跡残る渓谷。今はどこかと思えども周囲は岩壁、景色は一切見えない。最も見えたとしても濃霧が邪魔をするだろう。そう歩いていないというのに方向感覚が失われてしまう。


更に気持ちを混乱させるのはどこからともなく聞こえてくる心臓に響く足音、尾を引きずる音、翼を広げる音。ズシィン…ズルル…バッサァ…。たまに聞こえるグオオオオ…という音は竜の声か風音か。時には近く、時には遠く、また時には頭上を通過していく。地形の影響もあり、距離感が全く図れない。


竜崎の後に続くさくらはそれに怯えてしまう。こんなの、遊園地のアトラクションや映画館でも到底味わえない。いつ霧の先から鋭い牙が、鞭のような尾が、肉を引きちぎる爪が現れるか。想像しただけでも身震いをしてしまう。


その後ろを歩くテレーズ姫はおっかなびっくりながらもどこか楽し気。最後尾につけるバルスタインは剣の柄に手をかけいつでも動ける警戒態勢。



と、そんな中、とある崖前で竜崎が足を止める。


「どうしたんですか?」

さくら達は怪訝な表情を浮かべてしまう。もしや道に迷ったのでは?そんな邪推を打ち消すように、彼は答えた。


「ここらでいいかなって。ニアロン」


竜崎に頼まれ、ニアロンは魔術を詠唱。その手を広げる。すると、視認できるのがやっとなほどの薄い球形魔法陣が素早く周囲へと広がった。その間に竜崎も大量の精霊を呼び出し、至る所へと散らせた。その様子にも姫様は小さな歓声を挙げる。



―やはりここは竜や動物が多くてわかりにくいな。だが、大丈夫そうだ。周囲に人影は無い―


「…うん、精霊達からも特に異常報告無し。やるか」


わざわざ2人揃って別の魔術を使い周囲を警戒する念の入れよう。一体何を…?そう聞こうとするさくらより早く、精霊を帰した竜崎はもう一度詠唱をした。


「シルブ、この場に来てくれ」


呼び出したのは上半身が巨大な鳥、下半身が竜巻で構成された風の上位精霊シルブ。


「ケェェーン!」


彼が高らかに一声鳴き羽ばたくと、周囲には突風が巻き起こり霧が晴れる。だが、空いた隙間を埋めるが如く即座に霧は立ち込めた。


「先生、何故シルブを…?」


さしものバルスタインも竜崎がしたいことが理解できなかったのか、思わず問いかける。すると、ニアロンが上を指さした。


―ここを登るんだ―




「ここを?」

「登るんですか?」


姫様とさくらは声を合わせ見上げる。崖の高さは霧によって隠されているためよくわからない。だが、どう見ても正当なルートではないのは確かである。


「もしかしてここからが…!」


冒険の気配を察した姫様は顔を輝かせる。それを抑えるように竜崎は諭した。


「それはもう少しだけお待ちを。許可が頂けるか次第ですので」


許可?もしやさっきの手紙と関係が?訝しむさくらを余所に、竜崎の指示の元、姫様とバルスタインはシルブに掴まる。慌ててさくらも乗り込んだ。


「しっかりお掴まりください姫様。一気にいきますよ」


安全のため魔術で作り出したロープで全員の体を固定した竜崎はポンポンとシルブを軽く叩く。次の瞬間。


「ケエエーーン!」


ボッ!


ロケットが射出するかの勢いで、シルブは真上に飛び上がった。




「「ひゃああああああ!」」


到着まではものの数秒。だがそのスピードに驚いたさくらと姫様は思わず悲鳴を漏らしてしまう。特に姫様は着地してシルブから降りた際、思わず尻もちをついてしまった。それでも本人は楽しそうだったが。



「それで、竜崎さん。この後は…」

次の行程を聞こうとするさくらだったが…。


「姫様、さくらさん!私の後ろに!」


バルスタインの警告が飛んだ。




ハッと気づく。周囲に何かがいる。それも一匹二匹ではない。何十匹の単位だ。鼻息、唸り声、鱗がこすれ合う音。間違いない、竜が自分達を取り囲んでいる。


視認できる範囲まで一歩ずつ進んできた彼らはその色、風貌、大きさ様々。だがその全てが牙を剥き、爪を尖らせ、ギョロリと睨みつけてくる。縄張りに入った敵を食い千切り殺そうかという気迫がビシビシと肌に感じられた。


バルスタインは剣を引き抜き、姫を守りながら構える。姫様もまた、ベルトに付けた短剣を震えながら引き抜く。さくらも急いでラケットを取り出そうとするが―。


「全員武器を収めて」


竜崎からそう指示が飛んだのだ。



「シルブ、大丈夫だよ。ありがとうね」


我が主を守らんと猛る風の上位精霊を労い帰した竜崎は、続いて何かを取り出す。それは先程作っていた手紙入りの袋だった。


「えっと…。どの子にしようかな」


品定めするかのような彼は、人と同じ大きさの竜を見つけ手招きをする。その温和な振舞いに、選ばれた竜は警戒しながら進み出る。竜崎もまた近づき、自身の匂いを存分に嗅がせてから優しく竜の顔に触れた。


「―。」


何かを詠唱すると、竜は一転落ち着いた顔になる。それを見た周囲の竜は唸り始めるが、竜崎が暴れる様子を見せないため襲い掛かることはなかった。


「よしよし、首貸してね…。これで良し。その手紙をニルザルルのところに届けてくれ」


「グルル」


返事のような声を漏らすと、竜はバサリと飛び立ちどこかへと消えていく。それを確認した竜崎はさくら達に声をかけた。


「少し座って待ちましょう」




近場の岩に腰かけるさくら達。その間も竜はさくら達に顔を寄せ匂いを嗅いで警戒をしている。生暖かい鼻息が肌に当たり少々気持ち悪い。ガッチガチに身を固くした姫様を抱き寄せ守るバルスタイン。さくらもまた恐怖から竜崎に身を寄せる。この中で唯一冷静な竜崎は紙に何かをすらすら書いていた。


「あ、あの…リュウザキ様、これは一体何を待っているのですか…?」


姫様の絞り出すかのような質問に竜崎はにこやかに答えた。


「竜の魔神、ニルザルルからの返答を待っているのです。上手くいけば危険な道を進めますが、もし駄目でしたら先程の道を進むことになります。申し訳ありませんが、その場合はお許しください」


「え、えぇ…」


殊勝に頭を下げる彼に、姫様はそう返すしかなかった。





少し待つと、意外なことが起こった。


「? 竜が…」


「一斉に空を…?」


座ったさくら達を見張っていた竜達が、一様に空を見上げたのだ。数秒経ち、首を戻した彼らの顔にはもはや警戒はない。一部の竜に至ってはのしのしとその場を後にした。


「どうやら許可が下りたようですね」


「そうなのですか…?きゃっ!」


変な声を出してしまう姫様。どうやら竜に顔を舐められたようだ。



更にもう少し待つと、先程竜崎に配達を頼まれた竜が戻ってくる。彼は紐を解き、袋を探る。すると、中から片手に収まるサイズの水晶玉が出てきた。


「よし、正式に許可が下りました。これで道中怒らせない限り竜が襲ってくることはありません。そして、『裏』へ行く許可も」


「さっきも言ってましたけど、表とか裏とかってなんなんですか?」


さくらのその問いもまた、受け流されるのであった。


「それはもう少しのお愉しみ。まずはご神体を拝みにいこうか」



ジャリッ地を踏み道を定める竜崎、と姫様のほうを振り向いた。


「姫様、ここで一つ確認をさせてください。この先、徒歩で進むと危険な道となります。竜の背に乗ればショートカットができますが、いかがいたしますか?」


竜に食べられる危険が消えた今、姫様の顔は元のお転婆に戻っていた。

「勿論、前者でお願いいたしますわ」


「わかりました。ではゴスタリア冒険隊、先へと進みましょう」

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