―竜の魔神の元へ―

128話 竜の生くる地

「到着っと」


視界が戻り、新たな地についたことを確認するさくら。だがやはり室内のため様子がわからない。竜崎に連れられるまま外に出る。以前は極寒気候の山中や巨大樹の上だったが今回は果たして…


「わあ!」


目の前に広がるは木々や泉を湛えた青々とした大地。どうやらここは盆地のような形をしているらしく、周囲は切り立った霊峰群に囲まれている。そこに建てられた木や石製の建物。もし元の世界で当てはめるとするならばアルプスの景色だろうか。


だがやはり違うのは、空を飛び、地で寝ころび、泉で喉を潤す竜の姿があること。エルフの国では人が竜を使役している形だったが、ここでは竜が悠々自適に暮らしている。


と、さくらはとある違和感に気づく。

「あれ…でもここって魔界ですよね」

前にみた魔界は草木の色が人界側と違った。だがここは魔界であると聞いていたはずなのに、その様子があまり見受けられないのだ。竜崎がそれを解説してくれた。


「魔界は本来草木がちょっと毒々しいんだけど、この辺りは何故か人界側と同じような景色をしているんだ。前に竜は魔界からエルフの国に来たって話をしたでしょ? 彼らがエルフの国に居付いたのは景色がここと似ていたのが理由ではないかって説もあるんだよ」


なるほど、確かにどことなく雰囲気が似ている。とはいえ魔界は魔界。ところどころに紫やらなんやらの草木が入り混じりはしている。が、それはそれで良いアクセントとなっている。


「ここが、『竜の生くる地』…!」

姫様は感動で震えているご様子。それを見て微笑みながら、竜崎は先を促した。


「さ、近場の街に降りまして着替え用の部屋を借りましょう」




街中を進む竜崎達。さくらは驚いていた。店が結構多いのだ。食料品等を扱う店は勿論あるが、特に目立つのは武器や防具、アクセサリーを取り扱う店である。


「ここは竜の鱗や牙、角を利用した質の良い武器防具が手に入るんだ。生え変わったものや亡くなった竜から頂いて作っているんだけど、こことエルフの国以外では基本暴れる野良竜を討伐するか、高いお金を払って素材を仕入れるかしか作る手段がなくてね。ここに買いに来る人は結構いるんだよ」


竜崎にそう教わり見渡すと、戦士然とした雰囲気の人々が確かに沢山。どこの店も盛況である。続いて見受けられるのは…。


「意外と貴族の方が多いですね」


彼らは一目でそれとわかる服装をしているため、よく目立つ。貴族の護衛として雇われて来た戦士も多そうだ。


「竜は移動や戦闘の足として非常によく使われている。だから日頃のお礼に訪れる人が結構いるんだ。まあ実際はそれを建前に竜の素材を使った品を買いに来てる人がほとんどらしいんだけど。それでも拝礼に来る人は高位精霊の棲む地より多いよ」


「なんでですか?」


「精霊達の地は何かしら障害が多くてね。安全に行くためには巫女や魔術士の援助が居るんだけど、ここは最悪案内人だけでなんとかなるから。それでもたまに竜に襲われるみたいだけど。どうせ拝礼にくる人々は沢山の兵を引き連れてくるから問題はないみたい」


確かに以前連れて行ってもらった水の高位精霊エナリアスがいる「万水の地」は入口の地点で滝のような大雨が降っていた。気軽に入ったら水圧でぺしゃんこである。



と、きょろきょろ見渡していた姫様が口を開く。


「ここってエルフの方が多いのですね」


恐らくここに住んでいる人達であろうか、軽装で出歩く彼らには確かにエルフが多く見受けられる。それを聞いた竜崎は姫様を褒めた。


「よくお気づきになられました。この地には竜を信奉する人々が集まっているのですが、エルフは長い間竜と共に暮らしてきた歴史があります。ですので他種族に比べて信奉者が多めなのです。言ってしまえばここはエルフの国ラグナウルグルに続く、エルフの第二の故郷。先の戦争でも、中立を保つという国の決定に従えず飛び出した人々のほとんどは竜の魔神殿を守りたいという考えがあったと聞いています。ちなみに他には竜の素材で存分に腕を奮いたいドワーフの人達が多いですね」


へぇーと声を漏らすテレーズ姫に竜崎は思い出したかのように一つお願いをする。


「そうだ姫様。今更で申し訳ないのですが、部屋を借りる宿は私の知り合いが営むところで宜しいでしょうか。そのほうが色々と都合が良いので…」


「えぇ、構いませんわ。半ば隠密のようなものですし」



貴族が泊まるための高級そうな宿泊施設を横目に竜崎が扉を開いたのは一件の小さめな宿。


「あら、リュウザキ先生お久しぶりです」


彼の顔を見るなり、受付に座っていたエルフの女性は親し気に挨拶をする。


「突然でごめんね。いつものように部屋を貸してもらっていい?」


「えぇ勿論。ちなみに今回のお客様は…わ、ゴスタリアの姫様と団長殿。ようこそ遠路はるばる」


彼女達は敬意をこめた礼を交わす。


「ではお部屋にご案内いたします」


詳しい事情を一切聞かず、姫様達を空き部屋に案内するエルフの女性。その間、さくら達はフロントの休憩スペースで休ませてもらうことに。



すると戻ってきた女性がお茶を淹れ持ってきてくれた。


「はい、どうぞ。こちらは新しい生徒さんですか?」


―あぁ。以前精霊伝令で伝えた内容に関わる子だ―


「そうでしたか!」


ニアロンとそう言葉を交わす彼女。竜崎がさくらに教えてくれた。


「この子は私の教え子の1人でね。この辺りの防衛隊長を竜の魔神から仰せつかっているんだ」




「それで、先生。少しお耳を…」


女性は他の客に聞こえないよう声を潜める。


「残念ながら以前お伝えしました通り、妙な魔術の痕跡等は見つからず、魔王様から通達がありました謎の魔術士についても目撃情報は今のところございません。ですが、ここ最近一部の竜の姿が消えているのです。中にはおよそ簡単に狩られる存在ではない巨大種も。調査隊にも依頼を行い、私達も探索を行いましたが不可解なことに遺体の痕跡はおろか、暴れた形跡すら一切見つけられずじまいです」


「そうか…少し警戒を強めたほうがいいな。私からも魔王に頼んで兵を回してもらうよ」


「是非お願いします」


そんな会話から竜崎がここに来たがった理由を察したさくらだった。何かが水面下で動いている。そんなことは流石の彼女にも察することはできた。




竜崎が何か書き物をしている間、暇となったさくらは近くに併設されているお土産コーナーへ。と、面白いものを見つけた。


「これこの世界にもあるんですか!?」


さくらが手にしたのは、よくお土産屋で見かける竜のキーホルダー。男の子がこぞって買いそうなあれである。


「まさかこれも竜崎さんの入れ知恵…?」


そう竜崎に問うと、彼は笑い飛ばした。


「いやいや、元からあったよ。私も初めて見た時は目を疑ったけどね」


「竜崎さんもこんなの買ってたんですか?」


「よく買って母親に叱られてたよ。そんなの買うぐらいならもっとご当地品買いなさいって。まあここのは本物の竜素材だ。胸を張って買っていいよ」


いや、要らない…。純粋にそう思ってしまった。その気持ちを隠すために、さくらは竜崎に購入するか聞いてみる。すると…。


「いや、それはもう持ってるからいいや」


「えっ?」


まさかの返答である。呆けるさくらにニアロンが呆れ顔で説明をしてくれた。


―こいつ、新しいのを見るたびに買っているんだ―


「いいじゃないか、だって本物なんだから。元の世界のものっぽくて懐かしい気持ち半分だし」


―もう半分は?―


「えっと…」


―正直に―


「かっこいいから…」


渋々白状する竜崎であった。





「リュウザキ様、さくらさん、お待たせいたしました!」


着替えが終わったらしく、楽し気な姫様の声が響く。その姿を見たさくらは思わずわっと声を漏らしてしまった。


「その格好って…」


先程の高貴なドレスはどこへやら。お召しになっていたのは薄汚れたような上着とホットパンツ。足にはタイツにロングブーツ。巻いたベルトからはお洒落な短剣がぶら下がり、長く美しい髪は短く纏められ、ゴーグル装備。まさにトレジャーハンターである。


「おー。一流の冒険者って感じですね」


拍手する竜崎とは打って変わって、御付きのバルスタインは苦々しい顔。


「いつの間にこんな服を…準備を手伝わせてくださらなかった訳がわかりました…」


「そりゃ内緒にするわ。だって間違いなく止められるもの!」


フンスとふんぞり返る姫様であった。


「リュウザキ先生、これでは魔神殿がお怒りになるのでは…?」

なんとか竜崎を使い、はしたない服装を止めさせようとするバルスタインだったが…


「いや?寧ろ面白がると思うよ。案内のし甲斐があるなぁ」


「…」


―諦めろ、バルスタイン―


「はい…」




ということで一行は馬車、ではなく竜が引く車に乗り目的地に。普段は警護の目があってできないのだろう、流れゆく景色をウキウキと眺める姫様と、それを見て複雑な感情を内包した顔をするバルスタイン。


そんな中、竜崎は先程書いていた手紙を紐付きの袋に詰めていた。


「それって魔王様宛の手紙ですか?」


「ううん、それはさっき送ってもらったよ。これは…後でのお楽しみ」


そんな間に馬車ならぬ竜車は到着。そこには厳重な柵と、案内人の詰め所。そして…。


「霧…?」


そこから先は山へと入る参道。しかし不自然にも、先が一切見通せないほどの濃霧がまるで瘴気のように覆っていたのだ。


「ここから先が竜の魔神が棲む地。本当の『竜の生くる地』だ」

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