132話 過酷な道
むしろこれからと先程竜崎は言っていた。ここからも過酷な道であるのはさくらとしても予測できた。だが、だが…。
「なんでこんなとこ歩くんですか…!?」
ゴウッ!
彼女のその叫びは無情にも風にかき消された。
さくら達が今歩いているのは、カニ歩きでしか進めないほどの足場しかない崖際。一歩進む度にパラパラと石の欠片が落ちる。眼下に見えるは竜が棲む針葉樹の森。まるで剣山のようである。少しでも足を滑らせたら真っ逆さま。吹きつける風に抗いながら、必死で壁に背を擦りつけながら進む。
流石の姫様もここまでは予想外だったらしく、集中した表情。ついてきた竜も飛ばされないように頑張って羽ばたいている。
「歩いていくならこの道が一番楽なんだ」とはここに入る前の竜崎の言葉だが、本当かどうか怪しいものである。神龍ニルザルルの元からどんどんと離れているし、一体どこに向かっているのだろうか。先頭を進む竜崎を見ながらさくらがそんな事を考えた時だった。
ガランッ!
「きゃあ!」
背後で岩が崩れる音と叫び声。見ると、姫様が足を滑らせていた。
マズい!急いで手を伸ばそうとするさくらだったが、それより早く2人の、竜崎とバルスタインの手が姫様を支えた。
「「ご無事で?」」
「死ぬかと…。リュウザキ様!?どこに立っておられるので!?」
安堵したのも束の間、先頭にいたはずの竜崎が目の前にいることに驚いた姫様。しかも彼は空中に立っているではないか。
「浮遊魔術ですよ」
そう彼は笑顔で答えた。
ようやく崖を抜けた一行。先に進むと続いて現れたのはかなりの幅を誇る谷。当然辺りを見回しても橋なんてない。
「ここを超えていかなければなりませんが…回り道をするのも手間ですし飛び越えましょう。バルスタイン」
「はい、先生。姫様、失礼しますね」
そう言うとバルスタインは姫様を抱きかかえ、ドンッと地面を蹴り飛ぶ。なんと一足で反対側に着地した。
「よし、じゃあ次はさくらさんだ」
同じようにさくらを抱えようとする彼をさくらは止めた。
「あの、一つやってみたいことがあるんですけど…」
「くうぅ…!」
―そうそう、その調子だ―
「そのまま引っ張りあげられる感覚を維持しつつ、雲みたいに柔らかいものを踏んで移動するように。上手い上手い!」
竜崎に手を引かれながら、さくらは谷の上をふわふわと進んでいた。地面が見えないほど深い谷底を見ないように、一歩一歩足を出す。
先程竜崎が使っていた浮遊魔術を見てさくらは思ったのだ。この谷は絶好の練習機会だと。以前エルフの国で危うく落ちかけた時、もっと上手く飛べていれば皆を助けられたのだろう。そんな思いがずっと心のどこかにあった。ここで克服するチャンス…!
「いい調子!あとちょっとだよ」
竜崎に励まされ、さくらは子供の時の記憶がふわっとあがってくる。まだ小さい頃、近くの公園で自転車練習をしたことを。あの時はお父さんが後ろを支えていて、同じように声をかけてくれた。ただ、気づいたらその支えは離されていて、盛大にすっ転んだ。必要なことだったのかもしれないが、もっとしっかり乗れるようになるまで守ってほしかったと今でも思う。
その状況と今の状況は似ている。しかし今は竜崎の手の感触がある。しっかりと握ってくれているその手からは必ず守ってくれると確信できるような暖かな温もりを感じることができた。
と、そんな時、暇していて姫様と戯れていた竜達がじゃれ合いながらさくら達の方に。通過していく彼らのうち一匹の尻尾がさくらの頭をベシンと打った。
「いっ…!」
瞬間、集中力が乱され魔術が解ける。足場が失われたように、彼女の体はガクンと下がった。
「きゃ…!」
思わず叫びかけるが…。
「おっとっと」
すぐに竜崎に抱き寄せられる。奇しくもエルフの国での出来事と同じになってしまった。
「大丈夫?怪我はない?」
即座にニアロンが検査を行ってくれる。
―うん…問題ないな、たんこぶも出来ていない。 こら、危ないことをするな!―
ニアロンに叱られ、竜達は申し訳なさそうに姫様の元に戻っていった。
「ご、ごめんない…また…」
お姫様抱っこされながら、思わずさくらは謝る。竜崎はいやいや、と笑いながら向こう岸へと向かう。
「ここまで出来るなんて思わなかったよ。高度が一切下がらなかったし、このままいけば空中歩行もすぐに習得できそうだね」
その様子を眺めていた姫様はボソリと漏らす。
「私ももっと魔術を勉強しておけばよかったかしら…。楽しそうね…」
それを聞いたバルスタインは微笑みを見せる。
「宜しければ帰り次第私が稽古をおつけいたしましょう」
「貴方の稽古厳しいのだもの…。でも、そうね、お願いするわ」
笑いあう彼女達の元に竜崎もまた辿り着き、冒険隊は先へと進む。
「大岩…?」
彼女達が次に遭遇したのは、道を塞ぐこれまた巨大な岩。見上げると首が痛くなるほどである。
「あれ、こんなところにこんなのあったっけ」
―前に来た時は無かったな。邪魔だし壊そう。バルスタイン、切れるか?―
「お任せを」
軽く返事をした彼女は剣を引き抜き、詠唱を始める。先程と同じように剣に炎が纏う。
「姫様、リュウザキ先生の後ろへ」
姫様が安全圏に入ったことを確認し、バルスタインは正面を見据え、詠唱を締めくくった。
「我が
瞬間、纏った炎は巨大な刃へと変貌。彼女はそのまま剣を振りかざし…
「はあっ!」
ズバァン!!
見事に一刀両断。切られた岩はズルリとずれ、ドオォン…と倒れる。ブワッと巻き立った砂埃も、彼女の血振りによって炎ごと消し飛ばされた。
「すご…!」
呆気にとられるさくらを見て、姫様はふふんと胸を張った。
「うちの騎士団長ですもの。これぐらいは朝飯前にできますわ」
「また大岩?お願いするわバルスタイン」
それから少し進むとまたもや道が塞がれている。姫様はすぐさま指示を出し、バルスタインも再度剣を抜く。だが、詠唱をする前に何かに気づいた。
「リュウザキ先生、これは岩では…」
「ん? あ、本当だ。竜だねこれ」
このごつごつした、岩にしか見えないものが…!? 訝しむさくらと姫様を置いといて、竜崎はそれに近づく。そして…
「えい」
取り出した杖でバシンと叩きつけた。
「先生!?」
慌てて止めようとするバルスタイン。それと同時に岩の奥の方でむっくりと顔が上がる。巨竜の一種らしいが、あの程度では蚊が止まった感覚なのだろう。大あくびしてまた眠りについた。
「起こせなかったか。んー、ここ以外の道だと危険すぎますし、この竜を登っていきましょう」
ロッククライミングの要領で昇り、竜の体の上を歩く。やはり岩にしか見えないが、ゆっくりと足元が上下する様子から呼吸をしていることが窺える。息をする地面というのは奇妙な感覚である。
そして、よいしょと全員が頭の上に乗った時だった。
「ガフウ…」
のっそりと竜が立ち上がり始めたのだ。
「わっわっ!」
揺れる足元に驚きふらつくさくらと姫様をそれぞれ押さえる竜崎とバルスタイン。あれよあれよという間に首も体も起き上がり、ゆっくりと歩き始める。
「お、丁度いい。どうやら向かう方向が一緒みたいなので乗っていきましょう」
人を4人も乗せていることに気づいているのかいないのか、竜はそのままズシィンズシィンと足音を響かせ進み続けた。
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