113話 代表戦⑫

「オラオラそんなものかぁ!?」


鳥人の子の援護が無くなっているとはいえ、彼は単独でも中々に強い。先程エルフ代表達と戦っていた時も結局攻撃をヒットさせられずじまいだったことをさくらは思い出していた。


2対1といえば聞こえはいいが、実際は開幕時と比べて明らかに動きが鈍っているクラウスを気にかけながら戦っているのだ。対して相手は獣人という特性からか、他チームと共闘主体な戦い方のおかげかは定かではないが力は有り余っている様子。むしろついこの間まで戦いなぞ無縁な生活を送っていた身としてはよく戦えているほうだと自身でも思うほどである。


「むこうは?」


そんな中、少し離れた位置で闘うゴスタリアの子達への心配は募る。彼らにとって最も障害であった獣人達は引きつけているものの、2対3で不利は明白。なんとかしたいのだが…。


「あっ!」


押し切られたのか、ゴスタリアの一人に刃が迫る。さくらは咄嗟に精霊を呼び、彼らの救援に向かわせた。幸いにして間に合ったらしく、窮地を脱したようだ。


「良かった…」


ほっとしたのも束の間。その隙を見逃さず、獣人の子はさくらに迫ってきた。


「あいつらの心配してる場合か?」


「まずっ…!」


防御が間に合うか、急いで武器を構えようとしたその時。


「『地裂』!」


ガガガガッ!


クラウスの声と共に発生した地を這う隆起は一直線に獣人に向かう。だが―。


「ほいっと!」

彼は軽々とジャンプし躱した。


「ちょこちょこその攻撃見ていたからな。もう通用しないぜ。直線にくる隆起はわかっていれば実に躱しやすい」


種明かしをするように笑う獣人相手に、クラウスはニヤリと笑い返した。


「狙ったのはお前だけじゃない」


「あ?」



ガガッガガッ!

「なに…!?きゃあ!」


地裂はそのままゴスタリア代表達の方に進み、彼らに向かい合う相手の一人を転ばせた。


「今だ、さくら!」


「精霊達、お願い!」


声に合わせ、さくらは急いで指示を送る。聞き届けた精霊達は見事に1人討ち取った。それを見てクラウスは大きく息をつく。その額には玉のような汗を浮かべていた。


「よし、これで向こうは暫くもつはず。なんとかこいつを倒すぞ。もう、あまり技は撃てない…」





「使えねえ獣人達が。所詮動物程度の知能か」

仲間が唐突にやられ、ゴスタリアを相手どるチームの中心人物であるあの暴言主は苛ついていた。


「そんなこと言っちゃ駄目だよ…」

チームメイトはそう諌めるが、そこまで強く言えないらしく消え入りそうな声だった。だが、彼は過剰に反応した。


「言って何が悪い!獣混じりの人間なんて汚らわしい。実力がなければ関わりたくもない!」


その一言に呆れるチームメイト。それとは反対にゴスタリアのチームは勢いづいた。


「本性表したな!」


「お前みたいなクソ野郎に負けるわけにはいかない!王様を蔑んだ罪をここで晴らさせてもらう!」


もはや手加減の余地なしと言わんばかりの猛攻を一身に受け、相手の子は悲鳴をあげる。


「た、助けろ!」


思わず救援を呼ぶが、チームメイトの子は助けに入ることを躊躇してしまう。肝心の協力者達のうち、空を飛びメストの攻撃を捌くので精一杯な鳥人の子は勿論、さくら達を相手にしていた獣人すら動こうとしなかった。


「おい!おい!! ひっ…」


「はああっ!」


ドスッ!


ゼッケンに剣が突き刺さる鈍い音が響いた。




無様に散った彼を見て、獣人の子は呟く。


「獣人の聴力、舐めるなよ。全部聞こえてる。あんな奴は助ける気も起きないぜ…」


それから彼は思い立ったかのようにさくら達の方を指さした。


「そうだ、お前らも気をつけな。さっきも言ったが俺達獣人や亜人は強化人間だ。極一部だが、力を碌に持たない人間をゴミのように思っている連中もいる。あいつみたいに種族を馬鹿にするようなことをおおっぴらに言うと、そいつらに痛めつけられるぞ」


「そんなことは思ったことはない」

クラウスに続き、さくらも答える。

「私も」


そもそもケモ耳や尻尾持ちの彼らの存在は元いた世界では寧ろ羨望の対象なのだろうが…。さくらは黙っておくことにした。


そんな2人の回答を聞いた獣人の子はにこりと微笑んだ。

「そうか、ならいいや。さて、すでにあっちはほぼ決着ついたみたいだし、また逃げて誰か協力者を募るのもいいが…」


そういうと、空を見上げる。そこには剣戟を交えている鳥人の子とメストの姿があった。


「あいつも戦っているし、ここで踏ん張ってみるか!」


再度突撃してくる彼を捌きながら反撃の機会を窺う。ゴスタリアの面々は残った1人を倒すのに尽力しているため、救援は望めなさそう。


相手のスタミナは切れる様子もなく、このままだと翻弄されるだけ。さくらは頭を巡らす。苦手といっていたのは確か…。


「クラウスくん、策があるんだけど…」




「準備は出来たか?」


「うん。あとは誘導すれば!」


「よし、いくぞ!」


少しの会話の後、突如さくら達が反撃に出た。


「『針鼠』!」

「精霊達、仕掛けて!」


ドッ!ボウッ!


「うおっ!危ないな!」


放たれた魔術や斬撃を右へ左へと回避しながら獣人の子は後ろに下がる。だが、彼の表情は至って余裕そうだった。


「おいおい、そんなに打ち込んできて魔力足りるのか?」


さくらはともかく、クラウスは一度膝をついた身。魔力節約のため、斬撃は当初と比べて小さくなっていた。


「また倒れても俺は助けないぞ?」


嘲るようなその言葉を無視し、撃ち続けるクラウス。弱るのを待つように避け逃げる相手を追いかけながら、呟いた。


「そろそろか…?」


「うん。もうあの人の後ろにある!」


誘導は済んだ。残りは勢いよくだけ。


「じゃあ俺が…」


「地裂」を使おうとするクラウスをさくらは止めた。


「任せて。精霊達、地面を隆起させて!」


ボゴッ!


どこに隠れていたのか、いつの間にか獣人の足元に来ていた土精霊が地面を盛り上げる。


「おっとっと!」


慌てて後ろに飛び退く獣人の子。そのまま足元を警戒しながら着地を…。


ボスンッ!!


「うわっ!」


地面は確かにあったはずだった。先程から相手の攻撃を躱しながら確認して逃げてきたし、今も見ていた。だが、彼を迎えたのは落とし穴だった。


「な、なんで…」

穴の中でそう呟く彼の顔を覗き込むように近づいてきたのは、さくらが使役している精霊だった。

「あー…そういうことか…」



「やった!上手くいった!」


先程ドワーフ達が残した罠の一つ、落とし穴。さくらはその上に土精霊の力で蓋をしてカモフラージュしていたのだ。気づかれなかったことに安堵しつつ、彼が逃げないよう武器を構え穴を取り囲む。


「ちっくしょう、逃げときゃよかったぜ!」


口惜しがりながらも、獣人の子は敗北を認めさくら達に身を任せた。





「そういえばメスト先輩達は?」


獣人の子のゼッケンを貰って一息ついた後、クラウスがそう問う。さくらが空を見上げようとすると―。


ドサッ!


何かが地面に落ちた音が聞こえる。振り向くと、そこにはメストによって蹴り落とされた鳥人の子が倒れていた。


「つ、強い…。1対1じゃ傷すらつけられないのか…」


地面に叩きつけられた衝撃か、動けなくなっている彼のもとにメストはふわりと降りてくる。


「僕の勝ちだ。ゼッケン、貰うよ」


彼女が武器を振り下ろしたその時だった。


ギィン!


「えっ!?」


剣が剣によって止められる音。驚いたメストの視線の先にいたのは、クラウスだった。


「…すみません、メスト先輩。ですが、一つだけお願いがあるんです」


改まった口調の彼に、メストは優しく問いかけた。


「なんだい?」


「彼に一度、チャンスを与えて欲しいんです。無茶な、失礼なお願いということは重々承知です。自分勝手なのもわかっています。だけど、さっき助けてくれた彼をこのまま見捨てるのは俺の矜持が許さないんです。どうか!」


お願いします!と頭を下げる彼に対して、メストは意外にもさらりと了承した。


「わかった。頑張ってね」


キンと剣を収め、メストはさくらの元に戻る。クラウスは再度深々と頭を下げ、鳥人の子を起き上がらせた。


「なんで助けた…?」


「さっきのお返しだ。まだ戦えるか?」


「まあ、少し痛むけどな」


「お前が許すなら、既に死んだと同じ者同士、2人だけで決着をつけさせてくれ」


まさかの提案に少し驚く鳥人の子。しかしすぐに頷いた。


「折角拾ってもらった命だ。断ったらどうせ負け確定だろうしな、その提案乗った!」


片や痛む体を、片や魔力不足でふらつく体を気合で立て直し、武器を構える。試合なぞ関係ない。自らのプライドと意地をかけた一騎打ちが始まった。

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