114話 代表戦⑬
ガキンと剣をぶつけ合うクラウス達を見守りながら、さくらはメストに問う。
「良かったんですか?」
傍から見ればメストが仕留めかけた相手を奪った形である。正直な話、代表戦に優勝することが目的ならば彼の行動は最悪に近い。
「いいんだ。気持ちはわかるからね。自らの誇りを貫き通すということも大切なことさ」
彼女が気にしていないのならばそれでいいのだが…。まあ、さくらとしても彼の気持ちは少し理解できなくもない。それに結果的に意見が合ったとはいえ、獣人達の誘いを断ったりゴスタリアの救援に向かったりと色々と自分の我が儘を聞いてくれたし、と闘いを見届けることにした。
「あ、あの…」
と、背後から声がかけられる。そこにはゴスタリアの子達がいた。相手を倒しきったらしい。
「助けてくれてありがとう」
お礼をいう彼らにさくらは照れくさくなりながら言葉を返す。
「ううん、少しお手伝いしただけだから。実際にあの人を倒したのは皆だし」
「いや、それでもだよ。あそこで入ってきてくれなければ、あいつに一矢報いることなく負けていた。本当に感謝しかないよ」
そう彼女達が話し込む中、その背を憎らし気に見ている子がいた。先程負けたチームのリーダー格にしてゴスタリアチームに喧嘩を売った例の子である。
「俺をクソ野郎って言いやがって…!どいつもこいつもクソばかり…!」
怒りが収まらないまま、彼は懐を探る。取り出したのは…鋭く尖った一本のナイフだった。
「ぶっ刺してやる…!」
持ち込み禁止の殺傷力のある武器、かつ彼は敗退している。当然、ルール上許可されているわけでもなく、違反行為である。だが逆上した彼の頭にはそんなことが理解できていない。
「だめ…!」
彼の怒りに巻き込まれないよう身を小さくしていたチームメイトが気づき、流石に止めようとするが、それよりも先に彼の手を掴んだ者がいた。
「離せ…! あ…リ、リュウザキ様…」
「認可外の武器の持ち込み、そして敗北後の勝手な行動。悔しいのはわかるけど、駄目だよ違反しては」
「うっ…」
ただの職員相手ならば親の威光でごねることができたかもしれない。だが相手はかの伝説の存在が1人、術士リュウザキ。彼の前ではたかが貴族の権力なんて彼の前では光らない。というか下手すれば逆に潰される。
思わず落としそうになったナイフを、竜崎は受け取り自らの服にしまった。
「はい、立って」
「た、退場ですか…?」
負けたことへの怒りよりも、彼への畏怖が勝った彼は瞬時に敬語になっていた。
「それ以前に君はもう負けたからね。普通に避難させるだけだよ」
竜崎はそう宥めると他の子も立たせて誘導する。
「あの…このこと父様に報告とかは…」
「ん?報告してほしいのかい?」
意地悪げな竜崎の返答に彼はブンブンと首を振る。いくら自分に甘い親だとしても竜崎直々にこのこと報告されたならば身を震え上がらせ愚息を怒鳴りつけるだろう。
そう怯える彼の肩を竜崎はポンと叩いた。
「ひと時の爽快さのために、一瞬の気の迷いで行動してはいけない。周りを見てごらん」
竜崎にそう促され、彼は観客席を見渡す。そこには各国から来た大勢の観客。もちろん彼が所属する訓練所から応援に来た人々もいた。
「もし、ここで誰かを刺したら彼らの非難の目は君に集中する。そうなれば君がいる訓練所はおろか、親、引いては国にまで迷惑がかかる。当然その責任は君に降りかかるけど、受け止めることはできるかい?」
その言葉を聞き、彼はブルルッと体を震わす。精々15そこいらしか生きていない子がそんな重圧、耐えられるわけもない。当然、怒りの感情に任せてという場ではない。ようやく冷静になった彼は顔を蒼ざめさせた。
「さ。それがわかったら戻ろう。負けた悔しさを晴らしたかったら、他の機会に今度は正々堂々戦って晴らすといいさ。今度は君が馬鹿にした皆を尊重してね。そうすれば相手からクソなんて呼ばれることもなく、ピンチの時も助けてくれるさ」
そう遠回しに睨みを効かされ、萎縮した彼はすごすごと裏へと戻っていた。
―やっぱりハルムみたいなやつはどこにでもいるな―
彼らを見送った後、ニアロンはそう溜息をつく。竜崎は試合場が見える位置に戻り、彼女に答えた。
「そうだな…。この世界にも、当然のように差別や権力の横暴というものは存在する。それはアリシャバージルに、学園に所属しているだけではわからない。…もし元の世界に帰らせることができなかったら、さくらさんにはその中を生きてもらうことになる。できれば、そんな闇を受けずに楽しく過ごして欲しいんだけど…」
―さくらを籠の中の鳥にでもするつもりか?世間知らずのまま、というのが最も危険だ。というか、そう心配する必要はないだろう。お前が成し遂げたおかげで広まった「戦争を終わらせた者の1人は異界出身」という称号は大きい。さくらが異世界から来た事を公言すれば、むしろ一目おかれるだろう―
「だと良いんだが…」
―親心、だな。ならお前を長年見てきた存在として言わせてもらおう。お前とさくらの性格は一部似ている。たとえその「闇」に触れたとしても、あの子は折れることはないさ―
「実際、公爵の権力を跳ね飛ばした実績持ちだものな」
そんな会話を交わしながら、竜崎達はさくらの後ろ姿を見守っていた。
一方、クラウス達の戦い。幾度がぶつかり合うが、このままでは決着がつかないことを悟ったのだろう。鳥人の子は体を痛めているといえどもまだ何とか飛べるらしく、空に舞い上がる。対するクラウスも降りてくる彼を迎え撃つため、剣を握り直す。
「チャンスは1回だけ…意識を集中させる…」
目を閉じ、瞑想を始めるクラウス。狙いを定める鳥人の子。この一瞬で全てが決まる。そんな予感が見ているさくら達に伝わってきた。
先に動いたのはクラウスだった。
「『針鼠』!」
先程獣人に撃ったとのは違い、大きく、勢いよく打ち出された槍状の斬撃達は空にいる鳥人の子の元に突き進む。
「…見切った!」
ボッ!
だが、先程のメストとの空中戦闘で成長していたのであろう。鳥人の子は飛んでくる攻撃を紙一重で躱し、地面に突き刺した剣を杖代わりによろつくクラウスへと勢いよく迫った。
「貰ったぞ!」
だが、クラウスはまだ諦めていなかった。
「落とし穴に落ちた時のように…! 一点集中…!『地裂』!!」
ドッ…ドゴゴゴゴゴゴッッ!!
まるで柱が生えるかのようにクラウスの足元から勢いよく隆起した地面は、そのまま彼を空へと運ぶ。
「何…!?」
思わぬ動きに怯む鳥人の子。急ブレーキをかけることができず、その隆起の山に突き刺さる。その隙を見過ごさず、クラウスは最後の気力を振り絞り足場から飛び降りた。
「終わりだ…!」
「しまった…!」
身動きとれなくなった鳥人の子の胸に、クラウスの剣が突き刺さる。
ドスッ!
「ぐふっ…」
そのまま2人は地面へと転がった。鳥人の子は大の字で寝転がり、クラウスも剣を地に突き刺し力なく座り込んでいた。
「お見事…学園の…いい勝負だったよ…」
「ありがとう、我が儘を聞いてくれて…」
「お前、名前は?」
「クラウス・オールーン」
「俺はワルワス・バルダだ。クラウス、今回は負けたが、次は俺が勝つぞ…」
「望むところだ…!」
息も絶え絶えながらも自己紹介と健闘をたたえ合う2人。と、そんなクラウスの元に中位精霊が寄ってきた。
「ん…?」
さくらの精霊かと思い、彼女のほうを見るクラウス。しかし、さくらとメストはこちらに駆け寄りながら手振りで何かを示している。それが「逃げろ」という合図だと気づいた時には。
ドッ!
精霊により、クラウスのゼッケンは落とされていた。
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