81話 3人の関係

「幹部!?」


「ええそうよ。でも私は別に魔王軍に特別な思い入れがあったわけではないの。魔王軍の招集に応じたのは、ただ自分の力を試す場が欲しかっただけ」


そう注釈するグレミリオだが、さくらは驚きを隠せなかった。魔王軍幹部って骨の面を被っていたり、人を笑いながら殺すような輩だと思っていた。無論勝手なイメージだが。今目の前で優雅に紅茶を嗜む彼はそんなヤバい人には見えない。


「でも幹部ってことはかなりの実力があったということですよね」


探りを入れるさくらにメルティ―ソンが答える。何故か得意げに。

「今も健在ですよグレミリオ先生の力は。使役術を究めた先生は、例え相手が誰かの支配下に置かれていようがお構いなしに『裏切らせる』…つまり奪うことが出来るんです」


そういわれさくらはこの間のことを思い出す。怒り狂う蜂であろうと洗脳された魔猪であろうと、彼は一瞬で大人しくさせていた。


「やろうと思えばイヴちゃんのゴーレムだろうが、上位精霊だろうが、タマちゃんのような霊獣だろうが使役できるわよ。ちょっと工夫して普通の人を操り人形としたり、意識を保たせたまま同士討ちをさせたりもしたわ。そんな非道いこと、もうしないけどね」


「悪魔…」


「まあ私一応魔族、インキュバスだし。肌色が普通の人と同じ種族だからぱっと見わからないでしょ」


いやそういう事ではない。彼は間違いなく幹部に相応しい実力と過去を持っていた。少し冷や汗をかくさくらだった。




「でも、どうして魔王軍を裏切ったんですか?」


「それには少し訳があってね、イヴちゃんとメルティちゃんが深く関係してくるの」


グレミリオはメルティーソンに目配せをする。彼女は了承するように頷いた。


「当時から私とメルティちゃんは師弟関係でね。とはいっても傍からみたら親子だし、実際の関係もほぼそう。捨て子だった彼女を訳あって育てていたのよ」


メルティ―ソンが捨て子?複雑な事情がありそうだ。流石にそこを深く掘り下げるのは失礼だと思い、もう一つ気になっていたことを聞く。


「グレミリオ先生ってお幾つなんですか?」


「やだ、聞かないでよ。55よ。 …そんな大口開けて驚くこと?」


「いえ…。そんな歳には見えなくて…てっきり竜崎さんと同じぐらいかと」


「あら、嬉しいわ!今日化粧のノリが良かったからかしら」




「まあそれはおいといて。そんなメルティちゃんと、ある時突然逸れちゃったのよ。色々頑張って、とある人界軍の部隊に囚われていることは突き止めたの。ただ、彼らが拠点としている龍脈を確保せよと魔王からの命令が下っていてね、既に攻撃が仕掛けられていたわ。私が到着した頃には人界側が壊滅寸前でね、メルティちゃんがそれに乗じて殺されていないか心配で慌てて戦線に走ったわ」


当時の自分の焦りようを思い返しながら、彼は紅茶を一口。唇を湿らせ、続けた。


「そこで現れたのが、ゴーレム軍団。地を埋め尽くすほどのね」


「えっ、ということは…」


「そう、相手方にイヴちゃんがいたのよ」




「でもグレミリオ先生ってゴーレムを奪えるんじゃ?」

先程それが出来ると聞いたばかり。グレミリオとイヴは肯定した。


「その通り。私の前でろくに保護魔術をかけていないゴーレムを出すなんて失策もいいとこね」


「あの時グレミリオ先生が現れると知っていたら、あんな数のゴーレム出しませんでしたわ」

イヴは後悔する様にそう言い返す。起死回生の一手が自分の首を絞める結果になりかけたのだ。それも仕方ないだろう。グレミリオはそんな彼女を宥め、さくらに向き直る。


「でもそれはできなかった。なぜなら『勇者一行』が現れたからよ」




「彼らは各々が一騎当千の猛者。こちらは兵の数がゴーレムによって大きく削られ、残りも戦意喪失していた。私がゴーレムを全て奪ったところで間違いなく不利。とはいえメルティちゃんを助けず帰るわけにはいかなかったから、一か八か戦うより対話を試みたの。『そこの部隊に囚われている女の子が気にかかっている』って」


「それを皆さん受け入れてくれたんですか?」


グレミリオは首を横に振った。

「当然誰も信じてくれなかったわ。リュウザキちゃん以外は武器を構えたわね」


「竜崎さん、以外?」


「そう、あの子だけは聞いてくれた。それどころか皆を説得して部隊のテントまで案内してくれたの。そこにいたのは気を失ったイヴちゃんと、その手を握ってあげているメルティちゃん。ようやく気づいたわ、囚われていたんじゃなくて保護されていたんだって。だからどう声をかけようか迷ったの。そしたら、メルティちゃんね…」

クスクスと笑うグレミリオ。微笑むイヴ、そして渋い顔をするメルティ―ソン。


「意識のないイヴちゃんを庇ったのよ。『殺さないでお母さん、友達なの!』って」





「初めてできた友達と離れたくない、かといって私とも離れたくない。メルティちゃんはそう言って泣き出したわ。もう不憫で不憫で。その時思いついたのよ、魔王軍を抜けちゃえばいいんだって」


「あっさり!」



「だって我が子のように可愛がっていた弟子から初めて言われたわがままなんですもの。応えたくなっちゃって。元より私も天涯孤独の身、一筆魔王に手紙を書いて鞍替えしちゃったわ」


と、メルティ―ソンが付け加える。

「その手紙の文面が『人界側のほうが楽しそうだから』という内容でして…魔王が怒り狂ったらしいんです」


「だって娘可愛さに魔王軍を辞めて敵側につきますなんて書けないでしょ?」

ケラケラ笑うグレミリオ。魔王軍にしてみれば確かに『裏切りの悪魔』そのものだったのだろう。



「戦中戦後も魔王軍に命を狙われ、人界軍からも暫くは監視されていたわ。でも牢に入れられることは無かった。リュウザキちゃん達が手を回してくれたのよ。恩人ね」

しみじみとそう語るグレミリオからは、彼らを思慕していることがはっきりと感じられた。




「でも親子と言う割にはメルティーソン先生、他人行儀ですけど」


「あらいいのよさくらちゃん。呼び方なんて、親愛の情があれば堅苦しい敬語でも。決してまた『お母さん』って呼ばれたいとは思ってないわ」


そう言いながら、彼はチラチラとメルティーソンに視線を送る。


「お父さん、でもいいわよ」

譲歩のつもりなのだろうか。もう完全に言わせにかかっている。


当のメルティ―ソンは恥ずかしそうに、消え入りそうな声で答えた。

「勘弁してください、お、お母さん…」


「いやん!ごめんなさいメルティちゃん!」

ものすごく嬉しそうなグレミリオであった。




「そういえばメルティ―ソン先生の二つ名はないんですか?」

あの場にいた先生方のうち、何故かメルティ―ソンだけは「グレミリオの弟子」としか呼ばれていなかった。それがさくらには少し気にかかっていた。聞く限り、戦時の彼女はかなり幼かったようなので武勲もなにもないのは当然ではあるが…。


「メルティちゃん恥ずかしがり屋だから、自分の手柄を名乗りでなかったのよ。しかも勝手に私の戦果にしていたこともあったし」


むくれるグレミリオと対照的にメルティ―ソンは縮こまる。

「私はそんな凄いことしていませんし…」


「よく言うわよ、暴れる霊獣達を鎮めて幾つもの国や街を救ったでしょうに。オズヴァルドちゃんのように戦後の活躍で名乗りをあげた人も沢山いるんだから。もっと自信もちなさい」


親のように諭すグレミリオに乗じて、イヴも彼女で遊ぶ。

「二つ名つけるなら『魔性の瞳』かしら?それとも『愛眼の魔女』?」


「やめてくださいよぉ…」


散々いじられるメルティ―ソン。とはいえ彼女の顔に憂いはなく、家族との楽しい時間を享受している一家の妹のような様子であった。

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