80話 お茶会

召喚術講師用にあてがわれた研究室。部屋の中心に置かれた丸テーブルには白いレースのテーブルクロスが敷かれ、装飾が施されたお洒落な皿が並べられてゆく。


机の中央に置かれたケーキスタンドにはイヴが買ってきたお菓子類が見栄えよく載せられており、目の前に置かれた淹れたての紅茶からはふわりと心が安らぐ香りが鼻をくすぐる。


まさに優雅なティータイム。貴族のお茶会と言った風体だ。ただし参加者は貴族ではない。ゴーレム術講師のイヴ、召喚術・使役術講師のオカマ先生グレミリオ、同じく召喚術講師のメルティ―ソン、そしてさくらの4人である。


「リュウザキ先生が参加できないのが残念ねぇ」

「仕方ないですよグレミリオ先生。彼、丁度生徒から質問を受けたんですもの」


誘われたもう一人、竜崎は質問してきた生徒に教えるため残念ながらお茶会不参加。よって残されたさくらは彼女達のお茶会に単独参加をすることに。今回はニアロンもいないため少し緊張をしているが、この場の全員がさくらが異世界から来たことを知っており、イヴとメルティ―ソンに至ってはお風呂を共にする仲である。流石に男性の体であるグレミリオとは風呂場での付き合いはないが。


「これが今話題のお菓子ね。頂きまーす…うん!美味しいわ。中のクリームが甘すぎなくていいわね」


「紅茶に合いますね」


「ほんとね。ついつい手が伸びちゃうわ」


いつもこうして楽しんでいるのか、仲睦まじい様子の3教師である。そういえばどのような関係なのだろう。ただの教師仲間というだけなのだろうか。


「どうしたのさくらちゃん? どんどん食べていいのよ」

イヴに促され、さくらも一つとる。確かに美味しい。だが、ご馳走してもらう一方なのが少々心苦しい。先程もセッティングを手伝おうとしたら辞退され、あれよあれよと座らされた。せめて何か…


「あ。そういえばこんなお菓子があるんですけど…」

思いつき取り出したのはマイクから買った金太郎飴。小皿にとりわけ差し出してみる。


「いやん可愛いわこの飴。ニアロンちゃんね」


「こっちはリュウザキ先生ですね。食べるのちょっと忍びないですが…」


「あら美味しい!どこのお店の?エアスト村?取り寄せようかしら」


好評のようだ。買っておいてよかった。




それからは緊張は解け、さくらは会話にすんなりと入ることができた。


「あの店の化粧品は良いわよ。隠れた名店ね」

「グレミリオ先生がそう仰るなら期待大ですね。今度買いに行きましょう」


「私もそろそろ化粧とかしたほうがいいんでしょうか?」

「さくらちゃんはまだそのままでいいわよ、若いうちからやると肌が荒れちゃうわ」


「そうよ。イヴちゃんもメルティちゃんも軽くしているだけだし、厚化粧が要るのは私だけよぉ。やだ、笑って笑って」


和やかな雰囲気の中、楽しいティータイムは進んでいった。




宴もたけなわ。さくらはここがチャンスと、少し気になっていたとある事を聞いてみる。

「そういえばこの間盗賊を退治してくださった時に、皆さん二つ名みたいな呼ばれ方をされていましたけど、あれって…」


「あらま、聞こえてたの。恥ずかしい」

「そう面と向かって聞かれると少しこそばゆいわね」

身をくねらせるグレミリオと頬に手を当て微笑むイヴ。かといって嫌がる素振りではない。寧ろ誇りに思っているようだ。グレミリオが代表して答える。


「あれは昔暴れまくったからつけられたあだ名よ。私とイヴちゃんのはかつての戦争時のものね」


「20年前のことって聞きましたけど、参加していたんですか?」


「してたわよ、3人共ね。イヴちゃんとメルティちゃんはまだ子供だったけど」




イヴが紅茶を注ぎながら口を切る。

「私の『ゴーレム軍団長』は魔王軍が人海戦術をしかけてきた際にゴーレムを沢山作って追い払った時が最初かしら。…自分で言うとちょっと怖いわねこの二つ名」


「どのくらい作ったんですか?」

さくらの問いに彼女はポットを置き、背をもたれ思い出す仕草をとる。


「えーと…たしか前にサラマンド用の案山子にした大きさのを、千体ぐらい。あと人並みの大きさのをできるだけ沢山。一万体は作ったかしら…。龍脈から魔力を補充していたとはいえ、流石に身体が保たなくて数日間は寝たきりになったわね。命令もただ『暴れろ』としか出せなかったし」


「すごい…!」

確かあの時のゴーレムは優に7、8mはあった。それが千体に加え、歩兵ゴーレムが一万。想像しただけでも圧巻である。グレミリオも懐かしそうに頷いた。


「あれは壮観だったわ。突然地面が盛り上がって、巨兵が現れたと思ったら一斉に襲い掛かってくるのですもの。雑兵程度じゃ簡単に薙ぎ払われて成す術なかったわ。あれがまだ齢12の子が一人で出したと聞いた時は耳を疑ったわよ」



「…あれ?」

今のグレミリオの発言に違和感を感じるさくら。


「襲い掛かってくる、ということはグレミリオ先生って…」


「あらよく気づいたわね。私は魔王軍にいたのよ」


「えっ!?」

さくらはその戦争について詳しくは知らない。だが、魔王軍が悪だということは聞き及んでいる。それに今、イヴとグレミリオは仲良くお茶を楽しんでいるではないか。


事情がよくわからない。こういう時は直接聞いてみるに限る。

「裏切りの悪魔って…?」


「そのままの意よ。裏切ったの」

紅茶を一口飲み、さも平然と答える彼、もとい彼女。


「人界側を、ですか?」

ごくりとつばを飲み込みながらグレミリオの答えを待つ。返ってきたのは…指で作られた×マークとウインクだった。


「残念、逆よ逆。魔王軍を裏切ったの。私、これでも元魔王軍幹部なのよ」

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