―ドワーフの国へ―

47話 ドワーフの廃坑ダンジョン①


とある日の出来事である。アリシャバージルから所変わり、ドワーフの国。


その端に存在する兵営の一つは、ある難題に揺れていた。




「やはり駄目でした…」


送り出した兵達が全身擦り傷切り傷だらけになりながら戻ってくる。その報告を受けた兵長は歯噛みせざるを得なかった。



「くっ…致し方ない。王に許可は頂いている、アリシャバージルに連絡を。調査隊に助力を仰ごう」











「え?ドワーフの国から調査隊出向要請?」



場所はアリシャバージル、学園の職員室に戻る。竜崎は、訪ねてきた相手の言葉をそのまま繰り返していた。



「はい、つきましてはリュウザキ様にもお願いしたいのですが…。少数精鋭の必要がありまして…」


そう頷いたのは、他の種族より身長が若干小さいドワーフ族の男性兵士。竜崎は承諾しつつも、首を軽く捻った。



「それは構いませんけど、他のドワーフの先生にお願いしたほうが土地勘があるのでは?」


「ログ殿には既にお頼みしてあります。実は、ソフィア様からのご推薦でして…」



兵士から『発明家』の名前を出され、疑問が解けた様子の竜崎は、フッと笑った。


「そういうことでしたか。わかりました、行きましょう」










「ということでちょっと調査に出かける。さくらさんはその間ナディとタマを頼ってくれ」


「私も行きたいです!」


―そりゃ直接伝えたらそうなるだろ、置手紙にしとけば良かったのに。連れて行ってやれ―



出かけることをさくらに伝えた竜崎は、案の定というべきか彼女の行きたいコールを受けてしまう。そしてニアロンにも背を押され、結局断り切れず連れて行くことになったのであった。











学院、調査隊待機所。待っていたのは選出された、隊長以下5名の1パーティ。そこにログと竜崎、さくらを加えた合計8名が今回のメンバーということらしい。



ここに来るのは二度目のさくら、待機所内を包む熱気に飲み込まれ、敵は鬼か大蛇か、まだ見ぬ冒険はいずこかとワクワクが止まらなかった。




「では依頼の確認をさせていただきます。ドワーフの国で子供達が行方不明。一部子供は帰ってきた形跡はあるがまたすぐに姿をくらましている。とある廃坑で消息を絶ったことは分かったが、内部は何故か罠だらけ、誰も奥まで探索することができない状況と。これで間違いないですか」



パーティー隊長の確認に、ドワーフ兵はコクリと頷く。と、隊長は自信満々に、手で竜崎達を湛えた。


「学園の先生2人に協力を願えたのです。しかも内一人は、かのリュウザキ様! 大船に乗った気でいてください!」



そんな一言を受けたドワーフの兵は、竜崎達へ再度深々と頭を下げたのであった。












「暑い…いや熱い…」



竜に乗り到着したドワーフの国。さくらがまず受けた第一印象はそれであった。


竜崎が事前に薄手の服を準備することを伝えてくれていなかったら、大惨事。ぐちょぐちょに服を透けさせながら参加せざるを得なかった。本当に危なかった。






かつてさくらが行った火山国家ゴスタリア。あそこは当時火山が休止状態だったのもあり、暑さはそう無かった。


だがここドワーフの国は活火山、サラマンドもしっかり火口内を泳いでいる。ただし暑いのは、それだけが理由ではない。




上空から見て分かったが、街の至る所に煙突があり、熱い煙がモクモクと上がっているのだ。


かつてソフィアが述べた「ゴスタリアよりドワーフの国」はそういうこと、どこもかしこも鍛冶屋まみれ。町全体にカンカンと金床を打つ音が響いている。


ドワーフ達のイメージに相応しい、まさしく鍛冶国家というべき風景である。




それが影響してか、この国に住む、または滞在しているどの種族の人も薄手な服を着ている。


地元民のドワーフ達も当然のことながら、旅人や傭兵、冒険者達も鎧を外し闊歩しているのだ。特に毛が全身に生えた獣人は歩くのすら辛そうである。


中には上半身裸の男性やビキニ姿の女性もいる。アリシャバージルでもたまに見かける衣装だが、ここではその数がとても多く、日常茶飯事なため誰も気に留めていない。




そんな街の様子を見降ろしつつ、一行は目的の兵営付近へと向かうのであった。








「ようこそおいでくださいました皆様。ご協力感謝いたします」



到着した一行は、ドワーフ軍の兵長に特設拠点へ案内される。…ただしそこも暑い。さくらは別部屋で全身汗だくになってしまった服を着替えさせてもらうことに。




少しして彼女が戻ってくると、既に調査隊は暑さでだれ気味。万事に備えて鎧を持ってきた彼らだが、着用する気は起きないようで拠点の端に追いやり、手や団扇、魔術でバサバサと仰いでいる。



そして教師2人だが…。何故か平然としていた。




ドワーフ族であるログは慣れているのだろう。懐かしむ様子すら見られる佇まい。だが、竜崎がおかしい。


汗こそかいているものの、その量がやけに少ないのだ。さくらが訝しんでいると、気づいた彼がタオルに何かをくるんだものを渡してきた。


「はい、これあげる。首に巻くといいよ」


受け取ると、ひんやりと心地よい。驚き開けてみると、中には精霊石が入っていた。竜崎はいくつか作ったそれを、他面子にも配っていった。



「氷精霊石を包んだ即席品だけどね。すぐに移動するだろうし、これならずっとつけていられるでしょ?」


椅子に戻って来た竜崎は、さくらにそう微笑む。…しかし…。



「竜崎さんはつけないんですか?」



さくらは気になったことを問う。当の竜崎本人は巻いていないのだ。もしや、服の下に直接つけているのだろうか。



―おいおいさくら、清人を誰だと思ってる? 精霊術士だぞ?―


と、普段の服装よりさらに軽装へと衣替えをし、さくらのように髪をポニテにしたニアロンがにやにやと笑う。霊体といえど、暑いらしい。



それはともあれ…彼女の言葉に続くように、竜崎の首筋からぴょこんと顔を出した氷精霊がいた。他にも、服の隙間らへんから数体ひょっこり。よく見るとニアロンにもくっついていた。



どうやら自身は、直接氷精霊を呼び出して冷やしていたらしい。すこしズルい、もとい羨ましい。








面子が揃ったことでブリーフィング開始。代表して隊長が、兵長への質疑応答を。



「では、その廃坑には誰かが潜んでいるかも、と?」


「はい。既に掘りつくした坑道、獣除けの罠すら撤去してあるはずです。だというのに、あまりにも大掛かりな罠なのです」


「大掛かり?」


「えぇ。兵達の報告ですが…大岩が圧し潰さんと転がってきたり、突然に落とし穴が出来たり、水責めにもあったようです」



侵入者を拒み倒す罠群を解説され、やる気を失っていく調査隊面子。それとは対照的に、さくらはテンションはどんどん上がっていっていた。



いなくなった子供達、侵入者を拒む罠、きっと奥にある宝物とボス…! 異世界に来たという感じがまざまざとして、一人だけやけにやる気に満ち溢れていた。









ブリーフィングを終えた一行は、少し離れた鉱山の麓に案内される。流石に街から離れると暑さも和らいできた。…まだ暑くはあるのだが。



「ここになります」


足を止めた兵長が指さす。そこには…石で作られた炭鉱の入り口が…ちょこんと存在していた。



「なんか小さいですね」


率直な感想を述べるさくら。 確かに彼女やログはなんとか入れるが、竜崎は少し屈まなければ入れないサイズである。



「ドワーフの炭鉱だからね、中は広いと思うよ。 これって搬入口は別にあるんですか?」


「はい、ありますが、そちらのほうは固く閉ざされたままです。誰かが侵入した形跡はありません。おそらく、ここが唯一の入り口だと思われます」



兵長から回答を受けた竜崎は、軽く廃坑内を中を覗いてみる。当然灯りは無く、先は上手く見通せない。


「一気に入るとちょっと狭そうだな。とりあえず二手にわかれましょう」


竜崎が音頭を取り、班分けを決めることに。






まずは竜崎、さくら、ログ、あと一名が廃坑内を探索。


他のメンバーは山に入り、子供の捜索及び手がかりを調査。済み次第、廃坑組の応援に駆け付ける。



と、決まった。





廃坑に入るのを面倒がっていた調査隊も諸手を上げて賛成。ただ、誰が竜崎達についていくかはじゃんけんで決められ…選ばれたのは人寄りの姿をした獣人の青年だった。




「よし、それじゃあ行きましょうか。曲がり角とかに印は書いておくから、後からの班は参考にしてくださいね」


もしもの際、そして子供達に遭遇した時用の食料や水を持ち、ランタンに火を灯す竜崎。


さくらもまた、いざ冒険の開始だと意気揚々と廃坑…ダンジョンへ足を踏み入れた。










「罠ってどんなのなんでしょう」


石転がる道で躓かぬように歩きながら、さくらはなんとはなしに切り出す。先程説明はあったが、仕組みや場所は一部しかわからない。どこにどの罠が仕掛けられているかはドワーフ達でも把握しきれなかったようだ。


「うーん。重傷者は出ていないって聞いたから、案外大したものじゃなかったり?」


「こうも暗いと、恐怖は一気に増しますからの」



竜崎とログは、案外のほほんと答える。だが、獣人の青年は…。



「元来た道を戻れば出られるし…最悪逃げればいいんだ…」


自分に言い聞かせるように呟いていた。が、不安が拭えていないのは丸わかり。






そんな彼を自然と守るように、ランタンを構え一歩一歩踏みしめながら進んでいくさくら。気づけば先頭を歩いていた。



―と、そんな時であった。





カチリッ



「…あれ?」



さくらは、何かを踏んだ感触を味わう。これは虫や石ではない、なにかスイッチのような…





ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……





直後、背後から異音が響いてくる。全員が一斉にそちらを向くと…。


「扉が…!?」


なんと、音を立てながら入口が岩で閉じられていくではないか。






慌てて戻る一行だったが、時すでに遅し。外の光を遮断するように、ズゥンと閉まり切ってしまった。



「逃げ道が…」


絶望する獣人の青年。耳と尻尾が垂れていくのが、ランタン越しにもわかるほどに。



「誰か、何か押しましたかの?」


状況確認のためログは皆に問う。首をふる竜崎と獣人青年。いたたまれなくなり、さくらはおずおずと手を挙げた。



「ご、ごめんなさい…何か踏みました…」






後悔してももう間に合わない。完全に閉じ込められてしまったのである。



先程までのやる気はどこへやら、さくらはすっかり意気消沈。穴があったら入りたい気分だった。



まあ、既に廃坑という穴の中にいるのだが。


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