46話 契約するのは一苦労


「それじゃ、少々精霊術のお勉強といこうか」


あくる日、さくらは竜崎から個人授業を受けていた。




先日、さくらが図書館で追い詰められた際に偶然呼び出した妖精型の精霊。あれは意志を持つ精霊であった。


あの時精霊が彼女を見つめていたのは、契約の要否を問うため。そして返答がないから諦めて帰っていったということらしい。



「彼女達には名前が無いんだけど、上位精霊達より位が下だから便宜上『中位精霊』と呼んでいるんだ。ウルディーネを呼び出す術の前段階として、まずは中位精霊召喚に慣れよう」


じゃ、前提条件から説明しよう、と竜崎は続ける。


「『召喚術』はこの世界のどこかにいる霊獣や魔獣、精霊から力の一部、または魂の一部を借り受けて召喚、それを使役する術でね。呼び出した際に従ってもらうための契約を結ばなきゃいけないんだ。それがないと、召喚獣は魔力不足で戦えない」


ふんふんと真面目に聞くさくら。あれ、霊獣というと…。


「タマちゃんも召喚できるんですか?」


「あぁ、呼び出せる。召喚された記憶は基本的に本人には残らないからわからないけど、あいつも知らないところで誰かに呼び出されているかもね」






「さて。肝心の契約方法だけど、特に難しい呪文があるわけではなくてね。意外と単純で、呼び出したらすぐに『どうして欲しいか』を相手に祈るんだ。口に出しても頭の中で強く思ってもいい。例えば『自分を助けて』や『作業を手伝って』とお願いすれば聞いてくれる」


本当に単純。ちょっと安心するさくらだったが、それを見た竜崎はほくそ笑んだ。


「実は、それが意外と難しいんだ。皆だいたいそこで詰まっちゃうんだ。 精霊が聞き届けてくれる波長みたいなのがあるみたいでね、それに合わせないと意味がない。タイミングもシビアだから、すぐに契約しないとそそくさと帰っちゃうんだ」


うわ面倒くさいと、思わず顔を歪ませるさくら。竜崎も共感を寄せる。


「私もたまに失敗するよ。メルティ―ソン先生の魔眼みたいなのがあればとんでもなく楽なんだけどね。あとサキュバス族の召喚術士は魅了魔術のおかげで結構楽だって聞くかな」


―さくらはサキュバスみたいに魔力吸い取るから結構いけるんじゃないか?―


ニアロンが茶々を入れる。そんなこと言われても自分は人間。さくらは苦笑いを浮かべるしかなかった。



と、竜崎はまじめな口調に戻り、重要な事を伝えた。


「まあどんな相手だとしても大切なことがある。礼節をもつことだ」


「それって、イブリートさんが言っていた…」


かつて練習場に呼び出されたイブリートの言葉をさくらは思い出す。竜崎は頷いた。


「そう。相手が人であれ獣であれ精霊であれ、常に感謝と礼儀を忘れないように。親しき中にもなんとやら、というしね。それを守れば基本的に契約は結べるよ、逆にそれが無ければどんなに優秀な魔術士でも召喚術は扱えない。注意してね」








「さ、こういうのは実践が重要だ。ちょっとついてきて」


竜崎に導かれ、さくらが連れてこられたのは学園裏の小川。


さらさらと涼やかな音を立てて流れていくその川は、暑かったら水遊びをしたいほどに澄んでいた。


すると、竜崎はそこに垂らしていた網を引っ張り上げた。


「西瓜でも冷やしていたんですか?」


冗談交じりにそう聞くさくら。すると竜崎は笑いながら否定した。


「ううん、これは精霊石だよ」


網の中にどっちゃりと入っていたのは、授業で使われる水精霊石。エネルギーが溜まっているのか、微かに青く発光していた。


「こうやって水属性の力を吸収させているんだ」




さくら達は近くにあった切り株にそれぞれ座る。竜崎は網の中から精霊石を数個取り出し、水を切った。


「慣れれば何も使わなくても呼び出せるけど、まだ初めてのようなものだからね。今回はこれを召喚補助にして練習しよう」


竜崎はまず自分で詠唱、召喚してみる。精霊石の上に中位精霊が召喚され、彼を見つめる。竜崎はそれを見つめ返す。それで通じたのか、水精霊は近くに咲いていた花に水をあげて消えていった。


「こんな感じ。通常の精霊を呼び出す術は知っての通り、精霊召喚呪文と基礎水呪文を合わせたものだけど、中位精霊はさらに上の召喚呪文を組み合わせるんだ。最も、精霊石があればある程度代用できる。はいこれ呪文を書いた紙、これの通りに詠唱してみて」


「はーい!」




さくらは呪文が描かれた紙を見つめながら、試しに術式を練ってみる。すると、仄かに魔法陣が現れた…が、すぐに消えてしまった。


「残念、失敗だね。はいもう一回」


今度は慎重に…。さくらは息を吐き、再詠唱。またも魔法陣が出るが、やっぱり消えてしまった。


「惜しい! 慎重すぎて途中で魔力バランスが崩れちゃったね。はいもう一度」


今度は上手く…! 急ぎ過ぎず…遅すぎず…! 集中力を最高レベルまで引き上げ…!



「…やった…!!」



見事召喚! が、喜んだのが悪かった。それで受付時間が過ぎたのか、精霊は契約を結ぶ前に帰ってしまった。



「おぉ~! いいところまで行ったね。もっと強く願ってみて。はい、新しい精霊石でもう一回」



次こそ…!! 鼻息を荒めに意気込むさくら。だが力み過ぎたのか、魔法陣すらうまくできなかった。



「落ち着いて。深呼吸してみて。よしよし…。そしたらもう一回やってみよう」


竜崎のアドバイスを元に詠唱。そして失敗とやり直しを繰り返すさくら。そして間髪いれず次々と交換される精霊石を受け取りながら、さくらはふと思った。


(あれ…? 竜崎さんって意外とスパルタなのでは…?)



と。







「よし、今回はここまでにしよっか。よく頑張ったね」


竜崎の合図で、さくらはふにゃふにゃと力を抜く。結局、用意された時間を丸々使い、特訓は終了した。


さくらの頭は召喚呪文と精霊への気疲れでオーバーヒート気味。正直、横の川に飛び込みたいぐらいだった。



とはいえ結果は上々。偶然でしか召喚できなかったはずの中位精霊は、精霊石の補助ありとはいえ安定して呼び出せるように。


契約もある程度成功し、何体かが火照ったさくらの頭を冷やそうと彼女のおでこに水を当ててくれていた。



その様子を見て、竜崎は感嘆の声を漏らした。


「しかし、すごいな…。たった一日でここまで覚えるとは…。メルティ―ソン先生にも聞いたけど、飲み込みがとても速い。元の世界で勉強得意だったりした?」


「いえ…成績は普通でした…」


魔術は教科書暗記などと違ってすぐに成果が出る分楽しいが、やっぱり勉強するのは大変。さくらはつい愚痴を漏らしてしまう。


「どうせならゲームや漫画みたいに特殊能力もらってから転移したかったな…」


それなら煩わしさなく無双できたのに…。ないものねだりをするさくらだったが、意外にも竜崎も話に乗ってきた。


「あー。それは私も欲しかったな。賢者の爺さんの実践且つ実戦のスパルタ講義は思い出したくないぐらい大変だったし…」


どうやら竜崎の教え方は、賢者譲りだったらしい。と、彼は頬を掻いた。


「でもなぁ。私の性格上、自分の力で学ばないと驕るだろうから…これで良かったのかもねぇ」



確かに…とさくらも思う。変な風に力を貰って、イキった性格になるのは御免である。…まあ、神具の鏡を借りている身で言うのもおかしいだろうが。



―と、彼女は一つ思いつき、竜崎に聞いてみた。


「…竜崎さんも、問題集の答えだけ見て分かった気になっちゃいます…?」


「お。さくらさんも? わかるわかる! テスト前とかにそうやっちゃって、無敵に感じて、ボロボロになってたなー…!」



…どうやら、自分と竜崎さんは似た者同士らしい。妙なところでシンパシー感じ、思わず笑ってしまうさくらであった。


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