8話 散歩と賢者とマリア嬢

ハッと目が覚めるさくら。いつもの癖でスマホを出し、時間を確認する。朝6時。起きて制服に着替えなきゃ、と寝ぼけ眼をこすりつつ、体を起こす。


―起きたか、さくら。おはよう―


「あ、二アロンさん。おはようございます」

返事をしてから気づく。そうだった。ここは異世界だったんだ。床を見ると、タマに乗られ、苦しそうにしているナディの姿もあった。


「元の世界に戻れてない…か」

溜息をつき、ベッドに倒れこむ。無気力な彼女にニアロンは成果を報告する。


―ある程度、こちらの言葉を喋ることができるようにしたぞ―

「ありがとうございますー…」


生返事なさくらをどう元気づけようか悩むニアロンだったが、ふと何かを思いついたのかタマに呼びかける。


―タマ、起きてるか?―


「ふぁーい。今起きました」


呼ばれて体を伸ばすタマ。


―もう朝だし、ナディを起こしてくれ―

「はーい」


小気味よい返事をすると、タマはナディの顔に近づき、グルグルグルと喉を鳴らす。それでも起きない彼女に対し、顔舐めを決行した。流石に効いたらしく、彼女は悶え起きた。


「ふひゃ、痛くすぐったい!」


「おはようございます。ニアロンさん。朝です」


「あ。いつもありがとうタマちゃん」


あくびをしながら寝袋を外すナディにニアロンはあるお願いをする。

―ちょっとさくらと話してくれないか?―


「ふえ?はい。いいですよ?おはようございます。さくらさん」


さくらも無意識に挨拶を返す。

「おはようございます…」


それを聞いたナディが目を輝かせる。

「さくらさん!今おはようって!言葉喋れるようになったんですか!すごーい!」


なぜか本人よりテンションがあがっている。流石に無視するわけにはいかず、再度起き上がるさくら。ナディは嬉しそうに手を握る。

「そうだ、服見に行きましょう!似合う服があるお店知っているんですよ」

女子友が増えたと言わんばかりに喜ぶ彼女。勢いに飲まれ、さくらも少し元気を取り戻す。


―さて、私は一眠りしよう。清人に朝食を作らせるから顔でも洗ってくるといい―


一連のやり取りをみていたニアロンは大きなあくびをし隣の部屋に戻っていく。代わりに竜崎は叩き起こされたのか、少し物音が聞こえた後、共用キッチンに向かうのか部屋を出ていく音がした。


「そうだ。さくらさん。朝風呂もできますけどどうします?なんなら昨日の水精霊、また出しますよ?」

あくまで善意で聞いてくるナディ。さくらは丁重にお断りをした。


顔を洗い、服を着替えたところで竜崎が人数分の朝食をもって入ってくる。焼いたパンとスクランブルエッグ、ソーセージにサラダとシンプルかつ世界を超えても変わらないメニューにさくらは少し安心感を覚える。


と、竜崎がある提案をする。

「今から私とナディは学園にいくんだけど、さくらさんどうしたい?ついてきてくれてもいいし、部屋で休んでいてもらってもいい。昼には迎えに来るよ。もし部屋に残るならタマについていてもらうから頼ってくれ。お願いしていいかい?」

はーいと返事をするタマ。


「やっぱり、お仕事なんですよね…?先生と呼ばれていますし。お邪魔になると悪いですし部屋にいます」


「いや、別に邪魔じゃないよ?むしろこの世界について学べるし、むしろ来てほしいぐらい」


「いえ…やっぱり…」

確かに興味はある。が、周囲の奇異の目に晒されるのが怖かった。一眠りすれば元の世界へと帰れるかもしれないという根拠のない希望もあった。


それを察してか、竜崎は強く勧めることもなく、了承した。もし出かけるなら使ってくれ、と幾ばくかのお金を入れた財布を手渡し出勤していった。



ベッドに潜り込み、寝てみようと努力する。しかし、眠ることはできない。1、2時間ほどもぞもぞしていたが、寝付けない。そんな様子を見かねてか、タマがある提案をする。


「私の背中に乗って少しお散歩にいきます?」

このまま布団に包まっていても仕方ないかな、と起き上がり賛同する。


「そうだ、昨日使っていた撮影機、持って行きましょう。いい景色が撮れるかもってご主人が」

そう言われ、なけなしの充電をしておいたスマホと預かった財布をポケットに、部屋から出ることにした。




巨大化したタマの背に乗り、街の外壁や建物の屋根を軽やかに渡りつつ観光をする。


燦々と輝く日光の恩恵を受け、街はどこもかしこも賑わっていた。威勢の良い売り子の声が響きワイワイと客が集まる店があると思えば、裏路地には静かさを取り柄としている喫茶店もある。

若者が楽しそうに語らいながら買い物をしている姿があれば、鎧やローブをまとった人が散策をしている姿もある。

何かを作っているのか煙突から煙を吐き出す店もあり、ところどころに馬車や竜が主人の帰りを待つ様子も見受けられる。


およそ元いた世界では見ることのできない和気藹々としたファンタジーの世界に自然と心が湧き立ち、ついシャッターを切りまくってしまう。


「お。あの屋台料理美味しいんですよ。買っていきましょう」

ふと見つけた出店。タマのような獣が舞い降りてきて注文しても誰も驚く素振りを見せない。それぞれの分を買い、タマのお気に入りだという木漏れ日が気持ちいい広場で食事を取ることにした。


巨大化したまま椅子代わりとなってくれているタマに腰掛け恐る恐る、頬張る。

「美味しい…」

「でしょう?ご主人達もお気に入りなんですよこれ」


食休憩がてら涼んでいると、竜崎がひょっこり現れた。


「えっ、どうしてここが?」

思わず聞くさくら。彼はなんとはなしに答える。

「精霊に聞いたんだ。彼らはどこにでもいるからね、聞く術さえあれば捜し物にはもってこいなんだ。さて、昨日話した賢者なんだけど、今から会いに行きたいんだけどいいかい?あ、携帯持ってる?」


眠くなってきましたからここで寝てます、と悠々自適なタマと一旦別れ、竜崎とさくらは街中へ向かう。




大通りの一角にある酒場。まだ昼間だというのに店内は満席であり、飲ん兵衛達が楽しそうに語らっている。客の大半は鎧に身を包んだ戦士や杖や魔導書、弓を持つ人であり、ただのバルではないことが窺い知れる。


竜崎は店内に入るやいなや、カウンターで接客をしている女性に話しかける。

「賢者様は来てる?」

「あ、リュウザキ先生いらっしゃい。あの方なら奥の席にご案内していますよ」


案内された一角には1人の老人が座っており、酒の杯を傾けていた。どういう訳か、そんな彼を数人が取り囲んでいた。


「賢者様、是非うちのパーティーの戦術顧問に!」


「回復薬調合のため魔界の素材を取りに行きたいのですが…」


「この呪文がどうにもうまく行かないのですが…」


どうやら知恵を借りようとする迷える人々らしい。しかし老人は悩む素振りもなく過ぎ次と捌いていく。


「この老骨では旅は辛くての。すまないのう。代わりに紹介状を書いてあげよう」


「その素材ならば魔界に行かなくてもエルフの森で代用できる植物がある。性能も変わらない。よほどの理由がなければそっちのほうが楽だぞい。大方古い調合書参考にしたのだろうが、古ければ良いというものでもないからの」


「その呪文は発音が難しいからの、慣れるまでは口元を指で挟むと成功しやすいぞい」



と、こちらを認め、取り巻きに解散を促す。渋々帰っていく人たちと入れ替わり竜崎達が席につく。


「相変わらず人気者ですね。賢者様」


「お前さんにかこつけてゆっくり飲みたかったのだがのぅ。見つかってしまったから仕方ない」


ホッホッホと笑いながら杯の中身をひと息で飲み切る老人。酔っている様子は微塵も感じられない。竜崎達の注文と老人の追加注文が届いたのを契機にさくらの話題に切り替わる。


「して、その子がそうか?」


「ええ、俺と同じ世界から転移してきた子です。雪谷さくらさんといいます」


「お前さんが転移してきた年齢より若そうじゃの」


「そういえば年いくつなんだっけか」

竜崎も気にかかる様子で聞いてきた。


「えっと…14です」


「となるとリュウザキより3歳ほど若く転移してきたんじゃな、災難じゃのう。そうじゃ、自己紹介がまだだったか。ワシはミルスパール・ソールバルグ。『賢者』と呼ばれておる」


「ゆ、雪谷さくらです、よろしくお願いします」

ぺこりと頭を下げるさくらをみて賢者は微笑む


「礼儀正しい子じゃのぉ。当時のお前さんを思い出すわい」


「ええ、本当に良い子だと思います。ちょっと危なっかしいとこはあるようですが…。それで、手紙でお願いをした件とは違うのですが、気になることが。昨日、さくらさんからとある写真を見せてもらって…さくらさん今携帯出してもらっていい?」


取り出し写真を見せる。意外にも賢者はスマホにそこまで驚かず、さくらの顛末説明、竜崎の考察を真剣に聞いていた。

「ふむ、ワシも同意見だ。残る可能性は」


「過去に調べた遺跡や秘術の関連ですか」


「そうじゃろうな。見たところ、お前さん魔力消費が著しいの。観測者達と魔王、魔神にはワシから連絡をしておこう。お前さんは精霊伝令に備えるがよい」


「助かります…」

1つ肩の荷が下りた、と安堵する竜崎。しかしすぐに気を引き締める。


「それで、お願いしたものは…」

そうじゃそうじゃと数枚の書類を取り出す賢者。


「はい、『調査隊同行許可申請書』と『単独調査許可申請書』。署名はしといたぞ。あとはお前さんとその子の名前を書いて複製して各所に送ってくれい。言うまでもないが、極秘じゃぞ?」


「はい。勿論」

隠すように懐に仕舞う竜崎。裏取引がなされ、自分もその中に勝手に含まれていることを薄々察するさくらだったが、事情を知らない現状黙るしかなかった。



「これ、写真に残しておいたほうがいいじゃろう。複製もできるしの」

取引後、賢者がスマホの写真を指さす。

「ええ。この後、さくらさんの武器を作りに工房に行くのでその時に。学園長からも指示がありましたし」


「武器か…みたところ戦闘経験はなさそうだし、護身用程度でいいじゃろう。お前さんに預けている神具から貸せば良い。それで箔はつくじゃろう」


「それなんですけど。彼女が使いやすく改造してもいいですか?」


「元の持ち主は亡くなっているか、ワシらに託したんだ。壊しさえしなければ良いじゃろう。今から作ってもらってきなされ」



暫くここで飲んでいる。ここのつまみは絶品じゃからの。とさらに杯を重ねる賢者と別れ、一度教師寮の竜崎の部屋に戻る二人。彼はクローゼットを開け、中を物色しつつ、さくらに質問をする。


「なにか武術の心得とかある?」


「ないです…」

授業で剣道は齧ったが、所詮その程度。剣道部の発声に押され、勝負にすらならなかったことを思い出す。


「んー、そうだテニスラケットは?」


「そんなに強いわけでは…」


「使い慣れてるほうがいいでしょ。それにしよう」

確かに剣や弓よりかは当然慣れているし使いやすい。が、それを武器とはどういうことかとさくらが訝しんでいると、彼が取り出したのは大きめの楕円形の鏡。竜崎はそれを持ち、さくらはテニスラケットを持たされ彼についていく。



しばらく歩くと、賑わう巨大な工房にたどり着く。


扉を開け、入る。中は武器、防具、道具、魔道具など、様々な種類の武具が所せましと並んでおり、客も盛況だった。しかしそこには用がないらしく、彼は物色する人々をすり抜け奥の注文工房に行く。


「おや、リュウザキ先生いらっしゃい!なにか注文ですか?」


受付の人が竜崎の姿を認め、愛想よく挨拶をする。

「ソフィアは今居るかい?」


「姐さんは一昨日からドワーフの国に出張しているんですよ。娘さんならいますから呼びます?」


「お願いしていい?」


「はいよ。おーい!マリア嬢!リュウザキ先生が用あるってよ!」


バタバタと走ってくる音。現れたのは髪を短く整え、汚れた作業着を着た、さくらより年齢が小さい女の子だった。


「リュウザキさんいらっしゃい!私に何か御用です?」


目を輝かせながら聞く彼女に竜崎は腰を落として話す。


「武器を1つ作ってほしいんだけど、お願いしていい?」


「勿論!」

胸をドンと叩いてアピールする少女。


「で、どんな武器です?」


「これを中心に、この用具と同じ形、同じ重さなものにしてほしいんだけど、無茶かな?」


鏡とテニスラケットを渡す。と、受け取った瞬間顔色を変えた。

「なっ!これってあらゆるものを弾くと言われてる神具じゃないですか!いいんですか!?」


「うん。賢者の許可も貰ったし、ずっと寝かしとくのももったいないと思って。あ、使い手はあの子ね」

2人の会話を後ろで聞いていたさくらだったが、なにか物凄いものを渡されそうな流れに不安と期待が入り混じる。そして、そんな大切なものを自室のクローゼットに保管している竜崎に少し引いた。


「いつに完成しそう?」


「明日には仕上げてみせますよ!」

フンスッ!と意気込む少女に竜崎は驚く。


「えっ、いやそんな急がなくても」


「私の担当案件終わってますし、素材もつい先ほどドワーフの国からきて豊富です!なにより、こんな面白そうな注文、寝てる暇なんてないです!」


さっそくとりかかります!と竜崎が止める間もなく裏の工房に走っていった。

「あちゃー…アイデアがでると誰にも止められないとこは母親譲りだな」



次いで写真を撮り、現像をお願いする。スマホに映し出された写真をカメラで撮って写真にするという、なんともシュールな情景だった。


「魔法でなんとかならないんですか?」

ふと聞いてみるさくら。竜崎は残念そうに言う。


「できるっちゃできるんだけど、精度がねぇ。絵みたいになっちゃうから…。重要なものは一旦写真にしたほうがいいんだ」


そういうものなのか、魔法とはいっても万能ではないんだな、と小さいスマホにピントを合わせようと苦心している職人をみて思うさくらだった。

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