7話 夕食と考察
「大丈夫ですか?さくらさん」
風呂ですっかりのばせてしまったさくらは、騒ぎを聞きつけた竜崎の協力もあって自室のベッドの上に寝かされていた。傍らではナディがつきっきりで風を送り、濡れタオルで首や手足を冷やしている。
と、どこかに出かけていた竜崎が袋を引っさげ戻ってくる。
「どう?ナディ、さくらさんの様子は? そう、良かった。飲み物買ってきたよ」
起き上がるさくらに、無理しなくていいからねと瓶を手渡す。ありがたく頂くが、少し生温い。
「そっか、冷えてないか。ちょっと待ってね」
そう言い、詠唱を始める竜崎。
「氷精霊、力を貸してくれ」
すると彼の手の上にパキパキと音を鳴らす氷の塊ができた。精霊と思しき塊はふよふよと空中を移動し、さくらが持つ瓶の中に幾つか氷を投げ込んだ。
「これで良し。魔力酔いとかではないよね、あの温泉、かなり含有魔力高いから」
心配げに顔を近づける竜崎。さくらは思わず体を縮こまらせてしまう。ナディに簡易的に服を着せられただけなため、ふとした拍子で脱げてしまいそうだった。
「あぁごめんね。二アロン、任せていいかい」
―どれ…うん、大丈夫だろ。寧ろ魔力吸って肌ツヤ良くなっているぐらいだ―
異常がないと言われ安心したせいか、さくらのお腹がぐー、と鳴いた。
「あ、いえ、これはその…!」
竜崎はつい笑ってしまう。
「夕食買ってこよう。ゆっくり休んでて」
するとノックする音、扉を開けるとイヴとメルティーソンがいた。
「さくらちゃん大丈夫?」
心配げに室内を覗き込む二人に、さくらは迷惑をおかけしましたと言うように頭を下げる。
それを見てほっとする彼女達の後ろには、手作り料理や出来合いの惣菜が載せられた小型のゴーレムがいた。
「せっかく来てくれたのにのぼさせちゃってごめんなさい。ご飯一緒に食べない?」
「丁度良かった。今から買いに行こうとしていたところなんだ。二人の料理は美味しいから是非頼むよ」
竜崎にそう言われ、相好を崩しながら室内に案内される二人。後からついてきたゴーレムはイヴの指パッチンでテーブルに形を変える。
「あら、じゃあ予言ではないの?」
―まだ確認はとっていないが関係ないだろう。さくらにとってはただの災難だな―
「さくらさん。お皿をどうぞ。タマさんは床で良いのですか?」
「このほうが楽なんですメルティ―ソンさん! あっ、そこ撫でられると…ゴロゴロゴロ」
女子会なら男はお邪魔だろう。と自室に戻ろうとする竜崎も捕まり、団欒がはじまった。他愛のない会話や昨今の情勢、さくらに向けての解説など和気藹々とした雰囲気が満ちていく。
―イヴ、お酒はないのか?―
「あるわよ。はい」
特製の果実酒が杯に注がれ二アロンに渡される。童女姿の彼女が酒を飲んで良いのかとさくらは不安げな表情で見ていたが、それに気づいたニアロンが呆れたように言う。
―さくら、お前も当時の清人と同じこと思ってるな?こんな身体で酒を飲んでいいのかって。仕方ない―
光に包まれる二アロン。次に現れたのはイヴにも負けず劣らぬのダイナマイトボディをした美女だった。
―これならいいだろう?これでも歳は自分でも忘れるほど重ねているぞ―
「あっいえ…はい」
その姿でそう言われてしまえば引き下がるしかない。イヴが同情するようにフォローをする。
「無理な話よねぇ…エルフ族だって精々がお婆ちゃんがおばちゃんに見えるぐらいだし」
「あ、あれ?エルフって長命種じゃないんですか?」
―長命なのは一部の隠遁者だけだ。連中は数百年生きているが、それ以外のエルフの寿命は他種族より少し長い程度だ。美貌もマイナス30歳程度が限界だったはずだ。充分異常だとは思うけどな―
「私もびっくりしたんだよ。まあ向こうの世界とこちらの世界のエルフは大元から違う種族ってことだね。こちらのエルフは神の使いとか精霊の類ではないし。見た目とかは一緒なのに不思議だよねぇ」
竜崎はあまり気にしていないように話す。
「じゃあ先ほどのオズヴァルドさんもですか?」
「いや、彼は20代後半じゃなかったかな」
思い出すかのように首を捻る竜崎の横で、同じく酒をもらったナディが酔った勢いで叫んだ。
「あの人精神年齢子供すぎるんですよぉ!世界を救った先生に向かってあんな言い方ぁ!」
「はいはい、ナディ。落ち着いて。はい水」
「じゃあおやすみ、ナディちゃん。さくらちゃん。タマちゃん。また明日ね」
宴も終わり、自室に帰っていくイヴとメルティ―ソン。竜崎も隣の自室に戻っていった。
一緒に泊まります!と意気込んでいたナディは持参した寝袋に入るなりスースーと寝息をたて始めてしまった。と、横をみると竜崎に憑りついているはずのニアロンがふわふわと浮いていた。
「二アロンさんは戻らなくていいんですか?」
―この距離なら魔力枯渇することもない。言葉を教えなければいけないしな。なんならまた子守歌でも歌ってあげようか?―
「あ、是非…」
―よしよし、ゆっくり寝なさい―
今日一日の疲労、そしてニアロンの綺麗な歌声はさくらを瞬く間に眠りへと誘った。
深夜、ふと目が覚める。
―ん、起きてしまったか―
眠ってからずっと魔法をかけていたのか、周囲に浮かぶ魔法陣を一旦消す二アロン。代わりに小さな光を灯してくれる。
―副作用でも出たか?―
「いえ…体は特におかしくないです」
胸を押さえたり肩をまわしたりして確認するさくら。とは言ったものの、心には重しが残っている。一日は過ぎたが帰還方法らしきものは一切わからず、結局やったことはここで過ごしていくための手続きのみ。幸い優しい人達に囲まれ不自由はそうないが、きっと今頃お母さんお父さんは心配してるだろう。せめて連絡だけでも取れれば…
「そうだここなら!」
あの村では使えなかったがここではイケるかも!
キョトンとしているニアロンに説明をするよりも先に体が動いた。爆睡しているナディをまたぎ、机の上にあるバッグからスマホを取り出す。起動してみる。
「お願い…電波きてて…」
そんな願いも虚しく圏外。ため息をついてしまう。興味津々にニアロンが肩から顔を覗かせる。
―なんだ?それ―
「これはスマホです。」
―すまほ?―
「えーと、パソコンと携帯とカメラとかを合わせて小さくしたような…」
―確か箱状の情報通信端末と、小型の通信機と、撮影機、だったか。それをこの板に?蒲鉾板並みの大きさだぞ?清人が来たの20年前だぞ。魔法か何かか?―
俄かには信じがたい、としげしげとスマホを前後上下左右から見回すニアロン。しまいには魔術で詳細を調べようと力を溜め始めてしまったため、慌てて少し距離をとるはめとなってしまった。
―わかったわかった。調べないから。それで、ぱそこんとかの力は使えるのか?―
「それが…駄目みたいなんです。繋がらなくて…。カメラなら使えますけど」
―お。撮影できるのか。ちょっと撮ってくれないか?―
なぜかわくわくしているニアロンに応え、シャッターを切る。
「こんな感じです」
―すごいな、小さい板の中に即座に精巧な写真が残せるのか―
感嘆の声をあげる彼女だったが、写真が気に入らない様子。
―周りが薄暗いせいか、まさしく幽霊みたいだな―
「消します?」
―消せるのか。いや、残しておいてくれ。せっかく撮ってもらったんだからな―
「撮り直します?」
―できるのか。いや、今は暗いから後で頼む―
「じゃあ盛ります?」
―なんだ盛るって?―
話の流れでアルバムを開くと、とある写真が目に入った。異世界に転移してくる前に撮った謎の『空中に浮かぶ穴』の写真だった。
「ニアロンさん。これなんだかわかります?」
覗き込んだニアロンは眉をひそめる。
―なんだこれ?これもそちらの技術なのか?―
「いえ、そうじゃなくて…多分これにぶつかっちゃったからこちらの世界に来ちゃったんだと」
―ということはこれが転移の原因か。いったいどういう力だ…?―
真剣な顔つきで画面を睨んだまま考え込むニアロン。恐る恐る話しかける。
「あの…なにかわかりますか?」
―いや…すまない。推測の域を出ない。この写真、清人にも見せておきたい。隣の部屋に来てくれ―
「えっでも寝ていらっしゃるんじゃ…?」
―起きてるぞ、あいつが今どうしてるかは感覚でわかる。なにせ20年間あいつの体に憑りついているからな。多分昔の調査報告書を漁っているよ―
先に窓から出て行ったニアロンに続き、ナディとタマを起こさないように部屋を出て隣の部屋をノックする。お父さんの書斎以外に男性の部屋に入るのは初めてだな、と考えていると扉が開いた。
「ありがとね、眠いところ来てくれて。転移の原因の写真があるって?」
彼の部屋は一角が本や紙で埋もれていたがそれ以外は比較的綺麗に整頓された部屋だった。何重にも封が施されているクローゼットが気になるが。
まあ座って、とソファに案内される。件の画像を見せようとテーブルにスマホを置き、スイッチを入れる。
「わ!なにこれ!」
浮き出てきたホーム画面に驚愕する竜崎。ひと操作するごとに小さな歓声が口から洩れている。見ていて少し面白かったが、残念ながらすぐに写真の画面に行きついた。
「これなんですけど…」
穴が開くほど見つめる竜崎。ニアロンも横から見ている。
「さくらさん。これにぶつかって転移してきたらしいけど、その時のこと思い出してもらっていいかな?」
「えっと、ずっこけちゃって、後頭部から穴にぶつかったみたいで…確か瞬時に穴が大きくなったような…。気がついたらもうこっちの世界で…それぐらいです…ごめんなさい」
「ううん、すごく重要な情報だ。ありがとう。それにしても怪我がなくてよかった。ニアロン、どう思う?」
―触れた瞬間広がったということは、誰かの使用前提か、罠か、か?―
「それが妥当だな。だが、この世界の魔術ならば相応の負荷や魔法陣が発生するはず。さくらさん、この穴、変な魔法陣出ていた?」
首を振るさくら。それを確認し二人は考察を続ける。
「少なくともアリシャバージルで転移を成功させたという報告はない。今まで貰った各地にいる卒業生からの情報にも無かった。向こうの世界ほどの技術が持ち込まれていれば確実に話題に挙がっているはずだが、それも無し。未開の地や秘匿実験の可能性もあるが…」
―きりがない、か。そもそも成功させたら高らかに宣言するだろうさ。『かの勇者一行の一人、リュウザキの世界に繋がったぞ!』とでもな。ところでさくら、そちらの世界に変な人が現れたという事件は?―
またも首を振るさくら。無論変人奇人のニュースはよくあるが、異世界からの来訪者らしき人物の話題は一切挙がっていない。
―となると罠か…その必要はあるのか?清人はただの一般人だったしな―
「噂に尾ひれでもついている可能性はあるな。俺の力はニアロンからの借り物のようなものなんだがなぁ…。しかし、罠にしては場所が悪いんじゃないか?これ森の中じゃないか?」
―さくら、ここにはどうやって?―
さくらはそこに近づいた理由を語る。それを聞いた二人は目を丸くする。
―勇気あるな…運動用具一本でか?魔術も無いのに?すごいな―
「ちょっと蛮勇すぎるかな…向こうの世界の治安がどうなっているのかはわからないけど、こっちではそんなことしないでね。森に潜んでいるのは大抵が猛獣か野盗だから…」
片や呆れられ、片や釘を刺され、萎縮するさくら。だが彼らはその様子に気づかないほど集中していた。
―そんな場所ということは狙って、ではないな―
「あぁ、恐らくは失敗した結果そうなったって感じかな。『賢者』でさえ成し遂げられないことを誰かがそう簡単に成功させても驚きだけど。反応のみ観測しているかもしれない。卒業生達に精霊伝令してみるか。あとは『観測者達』と魔王にも」
―それがいい。だが今日は止めとけ。本格的に魔力切れを起こして1ヵ月は動けなくなるぞ―
「せめて魔界にだけでも…」
―駄目だ。お前がもう倒れそうなのは感覚でわかる。私からの命令だ。今日は休め―
「わかったわかった。強制入眠だけは勘弁してくれ。さくらさん、ありがとう。進展がありそうだ」
さくらには会話の内容は全く理解できなかったが、お礼を言われペコリと頭を下げる。
「ところで…それ触ってみてもいいかい?」
ソワソワとスマホを見やる竜崎。机の上に置いたままでいいからお願い!と手まで合わされ、仕方なしに承諾する。
「これどう操作するの? こう? うわ! すご…これで連絡できるの?動画まで撮れるの!?これ何?ゲーム!?信じられないな…」
まるで未知の文明に触れたかのように目を白黒させる竜崎。また変なことをされないかハラハラしながらみていたが、ある程度触れると椅子に深く座り直し、深呼吸を始めた。
「ありがとうね。これ以上触っていたら気持ちが昂りすぎておかしくなりそうだ。しかし、20年も経ったとはいえここまで発展するか…?」
彼はそう呟くと立ち上がり、クローゼットに手を触れる。一瞬にして封は解かれ、簡単に扉が開いた。
「えっと…どこに置いたっけな、あったあった」
ごそごそと何かを漁り取り出してくる。机の上に置かれたのは今どきお年寄りでも使わないような古い携帯だった。
「ほら、これが20年前の。…異世界からの技術提供でもあった?」
訝しむ竜崎にそんなわけないと言おうとしたさくらだったが、現に自分が置かれている状況に気づき、頭を抱える。
―仮にそうだとして、どうしようもないし問題なければ良いだろうよ。少なくともこの技術は私達のいる世界のものではない。考えたところで何も得られないぞ―
ニアロンにそう諭され思考を諦める二人。空気を変えようとさくらが古い携帯を手に取る。
「これってまだ動くんですか?」
電源ボタンを押すも起動はしない。他に方法があるのかなとあれこれいじっていると竜崎はバツが悪そうに口を開く。
「いや…大分前に壊しちゃったみたいで…。充電できるかと思って雷精霊の力借りたら…バチッて」
それを聞き、さくらはスマホの充電を確認する。残量は半分程度、恐る恐る聞いてみる。
「あの…充電する方法って」
「今のところは、無い。その携帯を調べればなんとかなるかもだけど、本末転倒だね…」
再び頭を抱えるさくら。電池が切れたら元の世界とのつながりは一気に無くなる。充電池やコード一式は持っているがそれがいつまで保つか…
そんなさくらを励ます術がわからず、竜崎は苦し紛れに提案する。
「ま、まあもしかしたら明日帰る方法が分かるかもしれないし。夜も大分更けてきた。疲れているだろうしとりあえず今日は寝よう? …本当にごめんね…」
現状どうしようもないことを察してしまい、さくらは挨拶もそこそこに部屋に戻りベッドに倒れこむ。ニアロンも窓から入ってきたようだが、今はもうどうでもよい。全身が倦怠感に包まれ、瞼が落ちていく。
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