9話 さくらの武器、お披露目

「風精霊は他精霊と比べて関係を構築するのが難しい精霊です。彼らは定住先を基本持ちません。高位体である『エーリエル』が棲む魔界『風易の領域』こそありますが、それ以外は余程のことがない限り空中を揺蕩っています。例えば」


そう切ると竜崎は窓からそよそよと入ってくる風に手を伸ばし、詠唱をする。すると幾つもの小さな竜巻が室内を流れ、消えていった。


「このように弱い風の中にも存在します。他精霊に比べ、見えない、動き回るといった点から上位精霊と契約するのは中々の難易度です。しかし、その力は間違いなく、戦闘では敵を吹き飛ばす、高速移動、目くらまし、鎮火などなど用途は多岐にわたります。日常だと洗濯物を乾かしたり、暑い日に風を送ってもらったりと便利ですね。こちらは家庭用精霊石でも代用できますが。そうだ。一つ風精霊石に注意を。風さえ吹いていれば魔力充填はできるとあって、屋根などの高いところに設置しておく方法が主流ですが、それによる落石被害が結構あります。しっかり固定しといてくださいね」


はーいと返事をしつつ、ノートをとり手元の精霊石で召喚の練習をする生徒達。その中にはさくらの姿もあった。



昨日散歩をした際、幾人もの人とすれ違ったが変な目で見られることはなく、それどころかタマの化け猫のような姿を見ても誰一人として驚かなかった。新しい子が校内に来ていたらつい見ちゃうのは当然だし、きっと変な視線ではなかったはず…と勇気を出して竜崎についてきてみることにしたのだ。


彼もさくらの気持ちを察してか、「本当は着なくてもいいんだけど、これ着ていたほうが目立たないから」と制服を作らせてくれた。幸いにして丁度良いサイズがあり、特急で仕上げてもらい午前中最後の授業には間に合わせることができた。


「でも、制服を着なくてもいいってどこで生徒と見分けるんですか?」


「それはこのバッジで管理してるんです。これを見えるところに着けるのが規則なんですよ」


採寸と着替えに同行してくれたナディはそう言い、取り付けてくれる。なんでも特殊な魔術が掛かっており、これをつけていなければ上位者の許可なしには一部室内には入れないらしい。綺麗な紋章が描かれたバッジはキラキラと輝いていた。



教室に恐る恐る足を踏み入れてみる。何事もなく入ることができた。どこに座れば良いか迷っていると、ナディが手招きで呼び、近くに座らせてくれた。


少しすると鐘がなり、何十人かの生徒がどやどやと入ってくる。髪の色が特殊だったり、肌が黒かったり青かったり、そもそも獣人だったりとどう考えてもさくら本人より注目を引きそうな子が何人も混じっていた。その様子を見て少しホッとする。内、快活な子らは竜崎達に挨拶がてらさくらにも挨拶をしてくれる。ナディ曰く教師が推薦生徒を連れてくることはたまにあることらしく、あまり疑問をもたずに接してくる子達も結構いるらしい。彼女は胸を張る。


「ここのいいところなんです!」





昼休み、一行は食堂で昼食をとっていた。


「どう?調子」

昨夜もさくらに魔術をかけていた影響か、疲れて力なく浮かんでいるニアロンの食事補助をしながら竜崎は聞く。


「なんとかですけど、ついていけてます。ほんの少しですが力を出せるようになりました」

練習用の精霊石を取り出し、詠唱をする。すると胡麻のように小さな竜巻が数秒だけ石の上に現れた。


「おー、すごく筋がいいね。始めてでそれならかなりの使い手に慣れるかも」


「さくらさんすごいですね!」

我が事のように喜ぶ竜崎とナディ。さくらも褒められ嬉しくなってしまう。



―清人、やっぱり駄目だ。どうにも力が入らない。また寝るから起こさないでくれ―

ある程度食事に口をつけたところでニアロンがもう限界というようにぐずる。


「どうしたんだ?昨日今日と。あの魔術はそんなに力を使うものでもないはずだけど」


―あぁ。ここ最近魔力消費が激しかったとはいえ、私の魔力量だ。たとえ消費量が多くても簡単に枯渇することはない。連日の疲れが原因だとは思うんだが…ふあぁ―


大きなあくびをして引っ込むニアロン。竜崎は仕方なしに残した分を食べる。




午後一番、実習の時間のようで、精霊を扱う訓練をするために生徒達は練習場に出ていた。

戦闘訓練を兼ねていることもあって、さくらはとりあえず見学することに。


火や風、水や土など色とりどりの精霊が召喚されては的に向かって攻撃を仕掛け、精霊同士でぶつかり合う。中には強い精霊なのか、妖精のような姿をしている精霊と共に動いている生徒の姿もあった。


爆風が起き、砂ぼこりが舞い、地面が凹んだり盛り上がったりする練習場にはおいそれと近づけず離れて見ているさくらだったが、竜崎とナディはその中を平然と歩き、生徒達にアドバイスを行っている。


「すいませーん。」


可愛らしい声が耳に入り、さくらはふと振り向く。そこには昨日武器作製を頼んだ工房の子、マリアが立っていた。


「あ、昨日の…」


「あ!リュウザキさんと一緒にいらっしゃったお方!」


武器できましたよ!と親指を立てるマリア。どこに持っているのかと思うと、彼女の後ろに付き添いの職人が丁重に品物が入った袋を携えていた。


竜崎さんを呼ばなければ、と練習場の方を振り向くと、どうやら離れながらもさくらの様子を見守っていたらしく指導役をナディに一時任せてこちらに来ていた。


「そうだ、初めまして!私はマリア・ダルバ・テーナイエーといいます。若輩者ですがよろしくお願いします。こちらは操作解説役に付き添ってくれたボルガ―です」


少女は深々と頭を下げ、紹介された職人もよろしく、お嬢ちゃん。と軽く礼をする。


「雪谷さくらといいます。こちらこそよろしくお願いします」



挨拶返しが終わったところで丁度竜崎が辿り着く。マリアの有言実行っぷりには驚いたのか、

「ほんとに一日で作り上げたのか…すごいな…」

と感嘆の声を挙げた。


「もちろん手抜きではないですよ?こちらです!」


マリアの手振りに合わせ、ボルガ―が袋を外しお目見えさせる。出てきたのは、確かにテニスラケットと同じ大きさをしている魔道具だった。竜崎が持ち込んだ鏡を本来網がある部分に据え、周りを美しい装飾で支えている。その装飾部分にビー玉サイズの宝玉が埋め込まれており、両面合わせて6つ、それぞれ別の色がはめ込まれていた。そして鏡と持ち手を繋ぐ部分には大きめの丸い穴が開いていた。


「「おー!」」

思わず声を漏らす二人。何故か竜崎のほうがテンションが上がっている。


「さて、お披露目がてら解説と参りましょう!リュウザキさん、的をお願いします!」

「はいよっと」

少し離れた先に人型に近いゴーレムが生成される。竜崎さんも召喚できるんだ。とさくらは少し驚く。


「まずは使用感!」

ボルガ―は武器をさくらに手渡す。こわごわと握ってみると、しっかりと手にフィットする素材らしく、今までと同じ感覚で使えそうだった。


「重さ、持ち手の質感。再現させていただきました!振ってみてください!」

言われた通りに振ってみると意外や意外。ほとんど変わらない。こんな精巧に再現できるものなのかと舌を巻いた。


「お次は基本性能!攻撃を弾く『神具』の力!」


「お嬢ちゃん。手を振り下ろすからぶつけてみな?」

ボルガ―はそういい、ゆっくりと手を降ろす。そっと支えるように当てたつもりだったが、性能は予想以上だった。彼の手は勢いよく弾かれ、その勢いに思わず二人ともよろけてしまった。


「近接攻撃ですらこの力!もちろん遠距離も問題ないです!」

ふと訓練中の生徒達側から水の球が飛んでくる。テニスボールのように跳ねつつ近寄ってくるそれに、さくらは思わずゴーレムに向けて打ち返す。


弾かれた水球は勢いを増し、ゴーレムの足元に命中する。パァン!と軽い音を響かせ飛散した。

「お見事!」



「あ、あれ…もしかして精霊さんを打っちゃったんじゃ…」

ふと一昨日の風呂での一件を思い出すさくら。どうしたの?と聞く竜崎に説明をする。


「あーなるほど。大丈夫だよ。あれは精霊であって精霊じゃないから。ナディが出したやつは多分あれとは別の精霊」


どういうことなのか。さくらの頭の上にはハテナマークが浮かぶ。


「ちょっと召喚の基礎が違うんだ。まあ今は置いといて、気にしなくても大丈夫だよ」

詳しい説明はまた今度ね、と竜崎は彼女をなだめる。



「えっと、それで追加性能の説明です」

少し空気を読んで、マリアは紹介を続行する。


「周りについているのは高性能の精霊石です。リュウザキさんは見たらお分かりになると思いますが」


「おー。こんな代物までつけてくれたのか…値段怖いな…」


「さて、さくらさん!精霊術でなくて構いません。各属性の魔法なんでも構わないので詠唱してみてください!」


「えっ…」

そんなことを言われても知っている呪文は先程聞いたばかりの風精霊召喚の呪文のみ。それでいいのかと躊躇っていると竜崎が助け船をだす。


「さっきの授業の呪文、覚えてる?それでいいよー」

そういわれ、詠唱をしてみる。拙い呪文でもしっかりと反応したらしく、風精霊石であろう、緑色の宝玉が光りだす。


「そして振る!」

その場で素振りをしてみる。風が巻き起こり、砂ぼこりが起きた。


「いい感じですね!」

先程まで出せた、手で扇ぐよりも小さな風とは違い、如何にもな風魔法が使え少し嬉しくなるさくら。竜崎とボルガ―も拍手をしている。



「さて、実はもう一つ機能があるのですが…一旦内緒にしてお先にお勘定、いっちゃいます?」


「んー聞くの怖いなー」


どうやら値段交渉に移ったらしく、説明が一旦止まる。さくらはマリアの言葉が気になり、ボルガ―に聞いてみる。


「んー?言っちゃっていいのかな?まあリュウザキさんだしいいか。持ち手の上の穴に手をかざしてみな?」

手のひらをかざすと穴の中に魔法陣が現れた。それはバチバチと音を立てつつ球形に動き始めた。


「それは一時的に限界突破する機構で、使用者の魔力をかなり削るけど高火力に一発を撃てるって代物さ。撃ってみるかい?さっきの調子だとあそこのゴーレムなら簡単に壊せると思うぜ?」


団扇未満から砂嵐に代わり、更に岩人形を壊せるのか。わくわくしつつ再度詠唱をする。

「えいっ!!」


ドッゴォオ!!!



鼓膜が破れそうな爆音。瞬間的に目の前が砂ぼこりに覆われ、なにも見えず、何が起きたかわからない。ゲホゲホとせき込んでいると竜崎が驚きながらも煙を打ち消してくれた。しかし、開けた先には目を疑う光景があった。


「うそ…」


「嬢ちゃん…なにした…?」

と、呆けるさくらと顔が青ざめるボルガ―


「マリアちゃん…なにつけたの…?」

唐突に起きた惨事に顔が引きつる竜崎と声すら出せないマリア。


離れた場所では事の異常に気付いたナディと生徒達が駆け寄ってきた。



ゴーレムが壊れるどころの騒ぎではなかった。目の前の地面は数十メートルにわたり大きくえぐれ、大分先に生えていたはずの木々は根こそぎ吹っ飛ばされている。もし人や生き物が巻き込まれていれば間違いなく遠くに打ち上げられているか、切り刻まれているだろう。そう確信が持ててしまうほどの破壊跡だった。


「皆はここにいてね。すぐ戻るから。ナディ!被害確認にいく。ついてきてくれ!」


遠くに飛んでいく木を視認し、すぐさま自身に移動魔術をかけて高速で訓練場から飛び出す竜崎。ナディも慌ててついていく。


取り残されたのは生徒達と工房二人組とさくら。彼女たちはただ茫然と立ち尽くしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る