彼女とBAR8p
マスターに愚痴をこぼすつもりなんて、本当は江子には少しもなかった。
(バーの片隅で一人で静かに飲んで、憂さ晴らしをするつもりでいたのに、とんでも無いことやらかしたわ。もう、本当に最悪。酒は飲んでも飲まれるな、ね)
マスターに頭を下げ続ながら、江子は自分のみっともなさに頭を痛めた。
「コウコさん、僕は気にしていませんから、もう頭を上げて下さい。外にタクシーを待たせていますから。気を付けてお帰り下さいね」
「ええ、マスターの言う通り、帰る事にするわ。ご迷惑おかけして本当にごめんなさいマスター。あの、マスター。私……またここへ来ても大丈夫かしら?」
しょんぼりと言う江子に、マスターはもちろんですよと頷いてみせた。
マスターの温かい対応に、江子は笑顔を見せて「じゃあまた」と言って、勢い良く扉の金色の丸いドアノブに手をかける。
バーの出入り口であるこの扉は、バーの中からだと押す仕様なっている。
扉は木製であるが重たくはないので、スムーズに開くはずだ。
しかし、扉はズリッと、地面を何か引きずる様な重たい音を鳴らして重く開いた。
ここの常連客である江子は、その事に、一瞬の違和感を感じて不思議そうな顔をした。
その違和感の原因を江子は直ぐに分かった。
そして、その違和感を生み出したモノの正体に気付いた江子は、ドアノブに手をかけたまま動きを止めた。
「どうしました? コウコさん?」
扉を半分開けたまま帰ろうとしない江子に、状況が分からないマスターは眉を寄せ、さも心配という顔をした。
「いや……あの……なんか、扉の直ぐ前に、物が置いてあるんですけど」
マスターへ振り返り、そう言う江子の顔も、マスターと同じく、眉を寄せた心配気な顔であった。
外側の扉の前には荷物が置かれていた。
その荷物が邪魔となり、扉はスムーズに開かなかったのだ。
ズリッと言う音は、江子が扉を押した事で扉の前にある荷物が扉に押され、荷物が地面を擦った音だった。
「何かしら、これ。中に何が入っているのかしらね? 誰かの落し物?」
「さあ、どうでしょうね。落し物だとしても、うちの入り口の扉の直ぐ前になんか落とすかな?」
江子とマスターは、バーの入り口で、二人で自分達の足下にある荷物を見下ろしていた。
それはピンク色の中サイズの紙袋だった。
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