彼女とBAR7p
「コウコさん、彼氏さんに、また連絡を取ってみてはいかがですか? 彼氏さんも、何か事情があって待ち合わせに間に合わなかったんですよ。きっとそうだ、うん! コウコさん、彼氏さんに連絡して、ここへ迎えに来てもらったら? あっ! そうだ! そうしましょう!」
マスターは江子をなんとか帰らせようとそう言ってみたが、しかし、このマスターの台詞も、これで三回目である。
マスターのこの台詞への江子の返しはこうだ。
「嫌よ! 嫌! どうして私から彼に連絡するのよ! 向こうから連絡して来るまで、私の方からは一切連絡し無いわよ! ううっ……ねぇ、マスター。この店冷房効きすぎてない? なんだかとっても寒いんですけど」
「はぁっ。コウコさん、この会話は一体いつまで繰り返されるのですか……。はぁっ、彼氏さんの迎えが嫌ならタクシーで帰りましょう。コウコさん、本当に風邪を……」
「ねぇ、マスター」
深いため息と共に出したマスターの言葉を江子が遮る。
「はい? なんです? あ……おおっ! 話しの流れが変わりましたね! あっ、もしかしてコウコさん、つまみでもオーダーするおつもりで?」
江子の新しい返しに、繰り返される会話にピリオドが打てそうな予感がして、やや明るい声色で言うマスターに、江子は暗い表情で言う。
「違うわ。そんなんじゃなくって……」
江子があまりに辛そうな表情をしているので、マスターはまた江子が泣き出すのではと思った。
「コウコさん、よっぽどお辛かったのですね。コウコさんみたいな美人にそんな顔をさせるだなんて、彼氏さんも罪なお人だ……分かりました。僕も男だ。コウコさん! お付き合いしますので、今日はとことん飲みましょう! あっ! その前に、やはりコウコさんのその格好をどうにかしないと!」
「マスター、違うのよ。そういうんじゃなくって……違うの! 私! 私……もう、なんだか、なんだか私っ!」
「はい?」
「気持ちが悪いのよ……うげぇっ!」
江子は口元を押さえる。
江子の顔は真っ青だ。
マスターは慌てて手洗いへと江子を連れて行った。
「マスター、本当にごめんなさい! 私、吐くまで飲んじゃって……」
頭を深く下げて謝る江子に、マスターは、お気になさらないで下さいと静かに言った。
江子は醜態を晒して、すっかり酔いが醒めてしまっていた。
酔っ払って、彼氏にデートをすっぽかされた愚痴をマスターにしつこく語ったことを、江子は覚えていた。
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