彼女とBAR6p

 男がバーを去ってから江子が飲み始めて、二時間ほど時が流れた。

 江子は次々とカクテルをオーダーし、今も飲み続けている。

 江子の顔は酔いのせいか赤く染まっていた。

 マスターは、いつもより飲み過ぎている江子を心配しながらも、江子に言われるままにオーダーに応ずる。

「ねぇ、マスター。この店冷房効きすぎてない? なんだかとっても寒いんですけど」

 江子は、大きく、くしゃみをした。

「今は二月ですよ。クーラーなんてつけていませんよ。コウコさん、雨に濡れて体が冷えているんですよ。これを飲んだら帰ると良いですよ。このままですと風邪を引きます。タクシーを呼びますから」

「そんなこと言われても、私まだ帰りたくないわ、マスター! だって、本当は今頃、私、彼とディナーをしているはずだったのよ! なのに、ずぶ濡れで、一人で、タクシーで帰るなんて、そんな惨めなことしたく無いのよ!」

 そう叫んで、江子は声を上げて泣きだした。

「コウコさん……」

 男がバーを出て数分後から、この会話を江子とマスターは三回繰り返していた。

 ずぶ濡れの江子をこのままにしては置けないと、帰る様に言うマスターのいうことを江子は全く聞かなかった。

「マスター、いいからもう少し飲ませてちょうだい! 後少し飲んだら帰るからっ!」

 江子の、この台詞も、これで三回目だ。

「困ったな。本当に後少しだけですよ」

 そう言って、マスターは、ため息をついてシェイカーを持つ手を8の字に振った。

 そのマスターの手元を、鼻をすすりながら睨んで、江子は、これもまた三回目となる愚痴をマスターへ吐き出した。

 江子の話はこうだ。

 今日、江子は彼氏とデートの約束をしていた。

 待ち合わせ場所へ時間通りに着いた江子だったが、彼氏の姿は無かった。

 十五分待って彼氏に連絡をしたが、彼氏と連絡は取れなかった。

 三十分が過ぎ、一時間が過ぎても彼氏は待ち合わせ場所に姿を見せ無い。連絡も一向に取れない。

 そうしている間に雨が降り出し、傘を持たない江子は雨に濡れてしまったのだ。

 雨に濡れて、非常に虚しくなって江子は泣いた。

 実は今日は、江子の誕生日であった。

 誕生日を予約が取れないことで有名なレストランで彼氏と一緒に祝うはずだった。

 なのに、肝心の彼氏は待ち合わせ場所に現れないし、連絡も取れないと来ている。

 江子は、雨宿りと憂さ晴らしのために、近くにあった馴染みのこのバーへと訪れたのだった。

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