中途半端な解放、それに託けてはしゃぐ人々

文野麗

第1話

 街の衆がてんで好き勝手騒ぎ立てるものだから秩序というものがまるでなくなり、押し合いへし合い、乱れ乱れてひどい有様であった。通りには嬌声、怒号、悲鳴が飛び交って、目に入る色という色が揃いも揃って著しく派手。激烈な自己主張合戦が繰り広げられて誰も正気を保てないといった具合である。

 そんな中を、一組の男女が、もちろん奇抜な格好をして闊歩している。

「さあて名前はどうするかい?」

「よしましょう。名前なんて身体と一緒。檻でしかないわ」

「じゃあお前のことは何とも呼ばねえ」

「私もあなたのことは何とも呼ばない」

「ひどいねこりゃ。まるでお祭り騒ぎだ」

「日常の領域に特別な日を引きずり込むのは忌むべきことよ。冒涜とはそういう意味だわ」

「見ろ、あれが何だか分かるか?」

 踊り転げる人々の縁を囲うように、境界付近で熱狂的なデモ行進が行われている。ときには相性の悪い行列同士が出くわして口論、つかみ合い、殴り合い、乱闘にまで発展した。その外側では警察官たちが苛立ちながらデモを睨み付けていた。

「私には理解できないわ。こんな自由な日に、どうしてわざわざ同じ方向を見るのかしら。私は私の見たい物だけに視線を送りたい」

「まあ近づかねえことにしようや。巻き込まれたら怪我しかねねえ」

「空の下に何か明るい話題はないのかしら」

「昨夜見た夢の話でもするか?」

「夢の話をしてはいけない。夢は人生の本質エッセンス。隠された意味が全て人に知られてしまったら、人生が失われてしまう」

「秘密の話でもダメなのかい?」

「会話というのはね、消費なのよ。胸の中にある宝物を溶かしていくのが会話なの。どんどん溶かして煙にして、残るのは燃えかすだけよ。感動も感慨も全て台無しになるわ」

 

 白い敷石がどこまでも続いて、空は雲一つ無い快活な青空。道の両側には屋台が並んで、威勢のいい謳い文句が客を呼んでいた。少し気が緩んだ二人は表情も朗らかに屋台を見て歩いた。

「いらっしゃい、へい、そこのお嬢さん、一ついかがですか? おいしいカルメ焼きですよ」

「ああん? 人の女に気安く話しかけるんじゃねえ」

「誰があんたの女ですか」

「安くしとくよさあさあ! 買った買った!」

「仕方ねえ一つ買うか」

「おじさん、カルメ焼き二つ」

「毎度あり!」

ベンチは虹色に塗ってある。そこへフリルとリボンだらけのロングドレスと、気合いを入れたタキシードが座ったのだから、より一層人目を引いた。カルメ焼きを囓りながら、二人は自分たちに一瞥をくれる人々に手を振った。

「有名になっちまうな」

「変な人たちとしてね」

「至極光栄じゃねえか」

「そのためだけに生まれてきたのよ」


 広場の中央には巨大な彫像が置かれている。その抽象的な造形の意味は誰も知らなかった。周りには一つの集団が物珍しそうに彷徨っている。一様にカメラのファインダーを覗きながら。

「見ろ、観光客だ! だが全員この街に住んでいる」

「嫌だ。離れましょう」

「何故」

「彼らは私たちを玩具にする気よ。知らない間に罪を犯しながらも裁かれることなんてない人たちだわ」

「それは困った。だがどこへ行く?」

「遠く遠く、行けるところまで」


 夕暮れは建物にも道路にも看板にも人間にも染みこんだ。祝福されるべき日没は万物を和らげた。

 気づけば二人の前方にはゴールテープが張られている。恥じらいながらもゆっくり歩み寄って近づいて、見事にゴールイン! 観衆の笑顔、拍手、歓声。わけがわからないままに二人は顔を見合わせた。

「何かしらあんなに冷やかして」

「お前のハイヒールが珍しいんだろう」

「何てひどいことを言うのかしら。あなたの蝶ネクタイの方がよっぽど珍しがられているのではなくて?」

「今時こんなものが珍しいもんか。それより困ったな。これでうっかり結婚なんてした日にゃ、今日のことをいつまでも言われるぜ?」

「結婚? 何かしらそれ。そんな言葉、私知らないわ」

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