第4話 最弱職
「――というわけで、基本的には魔法や戦闘における知識の勉強、魔法薬の作成、体術訓練、養殖によるレベル上げなんかを三年間やっていくことになる。そして、見事卒業試験に合格すれば卒業となる。ここまでは知ってるな?」
俺の言葉に、生徒達はうんうんと頷いてくれる。何だかいい気分だ。
俺は言葉を続ける。
「知っての通り、魔法というものはスキルポイントを消費して覚える。しかし、スキルポイントというのは如何せん貯まりづらい。順当にやっても三年間だと、覚えられる魔法はせいぜい十かそこらが限界だろう。そこでコイツだ」
俺は手に持っていたフラスコを教壇に置く。中に入っている液体は透き通るような綺麗な水色をしている。
一般にスキルポーションと呼ばれるものだ。
「スキルポーションは透明度が高ければ高いもの程、より高い効果を得られる。ーー今、ここに置いたものは市場なら、そうだな……数十万はするだろう高級品だ」
途端、生徒の視線が一斉にこのフラスコへと向く。
フラスコを右に左にと動かす度につられて、生徒達の視線がゆらゆらと右へ左へと動いていく。
なんだか、面白い。
「これ、欲しいか?」
生徒達は皆、何度も頷く。特にルミアなんかは身を乗り出していて、今にもかっさらって行きそう程だ。
強力な魔法であればあるほど、必要なスキルポイントは多くなる。彼女が覚えようとしている雷霆魔法なんて特にそうだ。
俺は少し考える素振りし、こう切り出した。
「よし、じゃあ記念すべき今年度のポーション第一号は、今から出す問題に一番早く答えられた人にやろう。答える時は挙手しろよ。問題、俺の職業はなんでしょう?」
懐から冒険者カードを取り出してヒラヒラさせているので、ここでいう『職業』というのが先生や商人といったものではなく、冒険者としての職業ということは生徒達も分かっているだろう。
皆が、一斉に手を挙げた。一番早かったのは、アリスを除けばツインテのテミスだろうか。分かったという割には首を傾げている。
「じゃあテミス」
「ハイウィザードでしょう?」
「ぶっぶー、外れ」
教室がざわつく。
当然だ。銀狼族に同じ質問をしてハイウィザード以外の答えが返ってくるなんて、俺以外いないはずだ。……はず、じゃなくて絶対、か。
おそらく、生徒達は最初ということでサービス問題か何かだと思ったのかもしれない。
他の生徒達の手が下がる中、アリスだけは唯一挙がったままだ。
しかし、妹であるアリスは当然答えを知っているので、無視だ。いくらなんでもそれは公平じゃないからな。今回は我慢してもらおう。
俺は教室をざっと見回した後、溜息をつく。
「しょうがない、ヒント出すか。俺は低位、中位、高位魔法、それにテレポートが使える」
「え、やっぱりハイウィザードじゃ……」
「他には回復魔法、隠蔽、索敵スキルなんかも使える」
「……え???」
「あとは裁縫スキルや料理スキルも使えるな。意外と便利なんだよ、これが」
「分かりました」
生徒達が互いに顔を見合わせ困惑の色を浮かべている中、ルミアの手が静かに挙がる。(アリスは指して貰えないと分かったのか既に手を下げている)
流石天才を自称するだけはある。バカと天才は紙一重と言うが、変態と天才も紙一重だったんだな。
ただ、当のルミアも自分の答えに確信を持てていないのか、少し戸惑っている様子だ。
ルミアはおずおずといった感じで。
「先生の職業は、冒険者……ですよね」
「いやいやルミア。私達もそのくらいは分かってるって。でも先生は冒険者の中でどんな職業なのかってのを聞いてる訳で…………え、もしかして」
ルミアが何を言わんとしているのかを理解し始めたのかクラスがざわつき出す。
「他には考えられません。先程、先生が挙げた魔法やスキルはどれも別々の職業のスキルです。通常であれば、他の職業の魔法やスキルは覚えられませんが、その理を覆す職業が一つだけ……」
ルミアはそこで一旦言葉を区切った後、俺の目をしっかりと見据えながら言ってきた。
「先生の冒険者としての職業は、職業としての『冒険者』でしょう」
皆、口をポカンと開けたまま固まってしまった。
俺は概ね予想通りの反応に満足して何度か頷くと、ポーションを持ってルミアの机の前まで行き、笑顔でそれを渡す。
「正解。流石は天才を自称するだけはあるな」
「い、いえ……あ、あの! 念のために冒険者カード見せてもらってもいいですか?」
「いいよ、ほら。あ、変な所触るなよ?」
俺がルミアにカードを渡すと、他の生徒達も気になったのか、一斉に集まって覗き込んでくる。
うおぉ! なんだこれ、メッチャいい匂いする。すっげえ甘い匂いだ!
男が集まってもただただ臭くてむさ苦しいだけなのに、何で女の子ってこんないい匂いするんだろう。
ルミアは俺のカードを信じられないように見て。
「ほ、本当に冒険者ですね…………え、ええっ!? な、何ですかこのレベル!?」
「あー、12歳の時にカード作ってから、知り合いに協力してもらって養殖ばっかやってたからな。それに、元々冒険者って弱っちいからレベルが上がりやすいんだよ」
「こんなに高レベルなら、商人とかよりも危険なモンスター狩った方がいいんじゃないですか?」
「何言ってんだ。そんなことする訳ないだろ、面倒くさい」
「ええ……」
訳の分からん事をほざくルミアから俺はカードを返してもらうと、教壇へと戻る。何故かアリスを含めた皆、驚きつつも呆れた表情をこちらに向けていた。そんな中でくすくすという如何にも人を馬鹿にしたかのような笑い声が聞こえてきた。
「えー、でもー先生、本当にあたし達に魔法とか戦いとか教えられるんですかー?」
「あはは、確かにねー? 私達、皆ハイウィザードですよ? いくらレベルが高いと言っても、最弱職の人に教わることなんてないんじゃないですかー?」
まっ、そうだろうな。そういう事を言う奴が出てくるのはなんとなく予想できていた。
俺は一応、優しい声で生徒二人を諭す。
「そんなことはないぞ。ハイウィザードといっても、お前達はまだ十二歳の子供。俺は確かに才能のない凡人だけど、それでもお前達よりは経験積んでるんだからな」
「えー、でも先生ってば、本職は商人なんでしょ? 戦いだって、ちょっとあたし達が学べばすぐ追い抜いちゃうんじゃないー?」
「だよねー。私達って一応エリートってやつだしぃ?」
尚もからかうように言ってきたのは、先程答えたテミスとその隣の席に座るポニテのサーシャだ。
まぁ、無理もないな。仮にも将来有望なハイウィザードが、冒険者なんていう最弱職に物を教わるということに抵抗を覚えるのは当然だ。
誰が言ったか、最弱職。俺的には別に最弱って程ではないと思うんだが。世間では『冒険者』は最弱職というのが浸透している。
『冒険者』は全ての職業の魔法やスキルが覚えることが出来る。
しかし、その一方で習得必要スキルポイントは通常の二倍となる。そのくせ、威力、効果時間共に本職の二分の一となってしまう。しかも、それは同・じ・ステータス値の場合だ。
ーー通常、『冒険者』には俺のような才能のない人がなるものだ。というか、それしかなれないのだ。勿論、ステータス値は他の職業に就いた人達より低い。故に、ステータス上の数値の違いは魔法、スキルによって如実に表れる。
だから、『冒険者』は最弱職と言われるのだ。
そんな最弱職にものを教わるというのが特に誇りプライドの高い銀狼族には許せないのだろう。しかし、だからと言ってここで大人しく引き下がるわけにもいかない。
はぁ……しょうがない。本当にしょうがないなー。
こんなことは本当に……本当に不本意なんだが、やるしかないなー。あーあ、本当はやりたくないのになー、でもしょうがないよなー。後々の為だしなー。あー良心が痛むなー。
「せ、先生? そ、その、馬鹿にしたのは謝りますから……」
「な、なんでそんなニヤニヤしてるんですか? せ、折角のカッコいい顔が、台無しですよ?」
俺の顔に本能的に危険を感じたのか二人は先程の余裕ぶった様子はどこへやら、引きつった表情で言ってくる。……失礼だなコイツら。
だが、今更謝ってももう遅い。
「いやさ、二人の気持ちは分かるよ。お前達はエリートで、対して俺は銀狼族の落ちこぼれだ。実際、『冒険者』なんていう最弱職にしかなれなかった訳だし。でもさ、ここでは一応俺が教師で、お前達が生徒なんだよ。悪いんだけど、卒業するまでの三年間は俺の言うことは聞いてほしいんだよ」
「わ、分かりました、聞きますから! だから、その気味の悪い笑顔は……なんで手をワキワキさせてるんですか!?」
「せ、先生!? 何するつもりなんですか!? なんか手から黒い靄が出てますよ!」
いよいよ泣きそうな顔になる、テミスとサーシャ。
まだまだ幼さが残る十二歳の少女にそんな顔をさせるのは非常に良心が……うん、良心が非常に痛むのだが、これも仕方のないことだ。
教師というのは生徒達の成長の為に、時には子供の嫌がることをやって悪者にならなければいけない時があるのだ。それに、校長からある程度授業内容の自由は貰ってるからな。ならば、罰の如何も教師の自由だろう。
他の生徒もなんだか泣きそうになっているし、アリスに至っては俺がこれから何をするのか理解したのか、溜息をついて呆れている。
俺は手袋をはめている右手を前に突きつけ、二人に向ける。
「お前達にはクラスの見せしめとなってもらおう。他の奴らは先生に歯向かった奴の末路がどうなるか、ちゃんと見ておけよ」
「それ完全に悪役のセリフですよ!? あの、ゆ、許してくださいお願いします!!!!!」
「や、やめ……謝りますから! 誠心誠意謝りますから!!」
それはもう物凄い勢いで謝ってくる二人。恐怖で体を限界にまで縮こませている。まるで、小動物みたいだ。
そんな二人に俺はそれこそ悪役がやるようなニタァとした笑みを浮かべ。
「大丈夫大丈夫。痛くしないから」
「「急に卑猥になった!?」」
俺は息を吸い込んだ後、叫ぶように。
「己の闇を思い出せ! 『ダークパスト』ッッ!!」
俺の声で教室は急に静かとなった。
周りで見ていた生徒達は何が起こったのか分かっていないようだ。
しかし、勿論当の本人達は顔を俯かせ、そのまだまだあどけなさの残る顔をどんどんお真っ赤にしていった。その赤さがピークに達した所で。
「「きょ、今日は早退します!!」
二人は勢いよく教室を飛び出していった。
何が起こったのか分からないといった顔をしている他の生徒達を置いて。
唯一、全てを理解しているだろう妹のアリスだけは溜息をついていた。
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