2.サイガ族族長 カマアケルの使者
ゴトーとサヌキッパが執政官を務めた前半の年(注1)、ウドゥンの元老院のもとにサイガ族の族長、カマアケルの使者がやってきた。
カマアケルの使者を乗せた船は、艫が半分砕け、後部が三分の一ほど沈みかけた状態で、命からがらウドゥン島東岸の町アヴァにたどり着いた。帆柱には何本もの矢が突き立てられ、帆は裂かれ、もはや自走できない状態で波に流されていたが、運よくウドゥン島に漂着したのだという。船員の半分は失われ、使者自身も左腕に矢傷を負っていた。
使者はウドゥンの元老院において、カマアケルからの書状を読み上げた。
「北のナニア族が、ソマ王国の支援を得て大規模な傭兵隊を結成し、海陸両面から突如サイガ族の土地に攻め込んできた。その兵数は陸二万、海一万、総勢三万人。
ナニア族とサイガ族は、以前から相互不可侵の盟約を結んでいた。その盟約を破っての突然の侵攻に不意を突かれた我々は、野山を埋め尽くすほどの大軍を前になすすべもなく敗れた。我々はいまサイガの町に立て籠もり、城門を固く閉ざして必死でナニア族の攻撃に耐えている。
とはいえ、平時であったため城内に食糧の貯えは乏しく、兵は傷つき、長くは持ちこたえらそうにない。
わが長年の友邦であるウドゥンよ。もし汝が私カマアケルの長年の友諠に思いを馳せ、その哀れな境遇にわずかでも憐憫の情を抱くのであれば、サイガの町を取り囲む忌まわしきナニアの軍勢を追い払い、永遠の友である証を示されんことを切に願う」
この書状に、元老院議員ウァカメヌスは勢いよく立ち上がりロストラ(注2)に駆け上がった。そして涙を流し足を踏み鳴らしながら、ただちに精鋭の第七軍団を含む五個軍団を派遣し、ウドゥンの永遠の友であるカマアケルを救うべきであると叫んだ。
だが、若きウァカメヌスのその誠意と友情に満ちた演説は、執政官ゴトーの言葉に遮られた。
「ウァカメヌスの言う通り、カマアケルはウドゥンの永遠の友であり、その危機に接して彼を助け出さんとすることは、ウドゥンの信義を世に示すうえで大変重要なことであろう。
だが一方で、ナニアの軍勢は総勢三万に達するという。うち海軍は一万人を数え、セトナイの海を埋め尽くさんばかりである。ナニア族は航海術に優れ、傭兵とはいえその力は決して侮りがたい。
確かに、われらウドゥン市民の誇りである重装歩兵は、陸戦においてはどの国の軍勢に対しても無類の強さを発揮するだろう。しかし、こと海戦に関しては、我々はイナニア人の航海術に到底及ばない。しかも、我らが有する海軍は総勢三千人にすぎず、この海軍をもって一万人のナニア海軍を抑えることは全くもって不可能である。
サイガに軍勢を送り、同朋カマアケルを救うためには、まず船でセトナイの海を渡り、大陸側にたどり着かねばならない。だが、ナニア族も我が重装歩兵の精強さは十分に理解しているに違いなく、重装歩兵を乗せた船を、大陸に着く前に全て沈めてしまおうと襲いかかってくるはずである。
重装歩兵の名誉ある死に場所は、陸上である。その命を無駄に船の上で失い、海神スサノオ(注3)への生贄をいたずらに増やすような軽挙は、到底許されるものではない。
現在の海軍三千人を、せめて五千人に増やすまでは、カマアケルを救援に向かうことは許されぬ。これは、ウドゥン市民である兵士たちの命を託された、元老院としての責任ある決断である」
執政官ゴトーのこの演説に、元老院は満場の拍手と歓声に包まれた。先に涙を流しながら演説をしたウァカメヌスは、ロストラの中央で独り立ち尽くす形となった。その勇気ある若きウァカメヌスに対して小指を立て(注4)、聞くに堪えぬ罵声を浴びせる議員すら現れた。
執政官ゴトーは議場を見回すと「それではカマアケルを救援するために、まずは速やかに海軍の兵力をあと二千増やすことを決議する」と宣言した。
ところが、ここにただ一人、その宣言を遮ったものがいる。前法務官にして神祇官を務める、私ことガッツォ・キシメヌスである。
ガッツォは右手を挙げて(注5)「異議あり」と叫ぶとロストラに駆け上がった。そして、うなだれたようにそこに立っていた若きウァカメヌスの肩を抱き、満場の元老院議員に対して呼びかけた。
「おお、誇り高きウドゥンの元老院よ。汝らは今日この日、高潔な精神を備えたこの素晴らしき若者を聞くも堪えがたき言葉で侮辱し、自ら進んで亡国への第一歩を踏み出したのである!」
訳注
(注1)「ゴトーとサヌキッパが執政官を務めた前半の年」B.C58年のこと。
(注2)「ロストラ」議場に置かれた演壇。もともとは戦艦の船首(船嘴)の意味で、戦利品として獲得した敵船の船首を演壇の下に並べる習慣があったことからこの名がついた。
(注3)「海神スサノオ」コンピラーノ12神の一つで海を司る神。太陽神アマテルスの弟。
(注4)「小指を立て」ウドゥンにおいて小指を立てるジェスチャーは、最大級の侮辱を示すものとされていた。
(注5)「ガッツォは右手を挙げて……」本作において、作者であるガッツォ・キシメヌスは、文中に登場する自分自身の事を客観的にガッツォと呼んでいる。
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