第2話 牧場デート
「元気がないね?どうしたの」
「そんなことないですよ」
「嘘。顔色悪いじゃん。無理は良くないよ」
言い訳を探そうと目を泳がせる
「目が泳いでいる。やっぱり、元気がないんでしょ?そうだ、私と牧場に行かない?」
「牧場?」
「うん、のんびり牛を眺めれば嫌なことも忘れるよ」
俺の場合は原因が先輩だから忘れることはできないだろう。とはいえ、せっかく気を使ってくれたのに断るのは申し訳ない
「そうかもしれませんね。いつにしますか?」
「ちょっと急だけど来週の土曜日はどう?」
「良いですよ」
「オッケー、じゃあ、来週の土曜日に駅のバス停でお昼に待ち合わせね」
「はい」
「またね~」と去っていく先輩の背中を見送った
そして約束の日。俺は携帯電話をいじりながら先輩を待っていた。
冷静に考えてみると家族以外の女の人と二人で遊びに行くのは初めてだ。そう考えると緊張してくる。
「ごめん、お待たせ―」
「大丈夫ですよ」
瞬間、固まってしまった。先輩が魅力的だった。白のノースリーブに黄緑色のロングスカートを履いている。それでいてサンダルを履いた足が見えるのが可愛らしい。
「今日も暑いねえ」
「そうですね」
思わず感情のこもっていない声になってしまった
「どうかした?」
「いや、何でもないです。あっ、バスが来ましたよ」
「本当だ」
土曜日ではあるが乗客は意外と少なく席に座ることが出来た
「武君は休日とかよく出かけるの?」
「俺はあんまり出かけないです。基本的に家でゴロゴロしていますね。
先輩は?」
「私は買い物したりカラオケに行ったりしているかな」
「良いですね」
そんな話をしているうちに牧場に到着した。
「わあ、いっぱいいる」
さすがに牧場だけあってそこかしこでホルスタインが昼寝している。
「先輩、牛が好きなんですね」
「うん!牛を見ていると疲れが吹き飛ぶんだ」
無邪気にはしゃぐ先輩に苦笑する
「ねえ、この子たちにご飯をあげよう?」
「ご飯ですか?干し草とか?」
先輩が苦笑する
「違うよ。さっきそこであげるための餌が売っていたの」
「気付かなかった」
「こっちだよ」
餌はやっぱり干し草だった。台の上に積まれている。無料で配布していて勝手に持って行って良いらしい。
「やっぱり、干し草ですよ」
「あれ?本当だ。一瞬しか見なかったから・・」
恥ずかしがる先輩を見てドキリとしてしまいすぐに気持ちを切り替える。
友達ではないし、彼女でもないのだから。
「早速持って行ってあげましょう?」
「そうだね」
「いっぱいお食べ~」
「むしゃむしゃ食べていてかわいい」
こんな風に牛と戯れていると確かに嫌なことも忘れてしまう。
同時に、おいしそうに干し草を食べる姿を見ているとお腹が鳴ってしまった
「あれ?武君、お腹空いた?」
「―はい・・」
恥ずかしさで赤面する
「じゃあ、ご飯にしよう。アイスクリームを食べよう?」
「良いですね」
アイスクリーム屋さんはおじいさんとおばあさんの2人で切り盛りしていた。
店の前の旗に『搾りたて牛乳使用』と書かれている。牧場で搾った牛乳を使っているのか。
「私はミルクソフトかな。武君は?」
「俺もミルクソフトで」
「オッケー。すいませ~ん、ミルクソフト2つ下さい」
「2つで1000円です」
「俺が出しましょうか?」
「良いよ、おごってあげる」
「ありがとうございます。1000円丁度、お預かりします」
程なくして出来上がったソフトクリームを受け取って
店の前のテラス席に腰掛ける。
「いただきます」
「いただきます」
搾りたてというだけあって濃厚ですごくおいしい。
「うん、おいしい!」
そう言って笑う先輩の笑顔はアイスが溶けてしまいそうなくらい暖かい。
「おいしいですね」
それからしばらく2人とも無言で堪能していたが先輩が唐突に話を切り出した。
「―で、何を悩んでいるの?」
「悩んでいませんよ」
あなたの恋愛事情が心配です、なんて口が裂けても言えるわけが無い。
そんな俺の表情をいぶかしむように探る先輩。
「ふーん、まあ、人に言えない悩みは誰にでもあるからね。つらくなったらいつでも相談してね。無理は体に毒だよ」
「ありがとうございます」
「ごちそうさま。武君も食べ終わったね。もう、行く?」
「そうですね。帰りましょうか」
「うん」
「今日はありがとうございました」
「どういたしまして。楽しかったよ」
「僕もです」
「じゃあ、またね」
「はい、お気を付けて」
こうして手を振って先輩と別れた。あんなに楽し気な先輩を見ているとやっぱり許嫁なんて信じられない。
翌日。俺は作業に取り掛かろうとして人形の服が足りないことに気が付いた。
近くにいた友人に声をかける。
「なあ、この人形の服を知らないか?」
「ん?ああ、それなら紗江先輩が持って帰ったよ。あとは微調整だけで自宅でもできるからって」
「そうなのか。先輩はまだ来ていないの?」
「いや、さっきお会いしたから来ているはず。そういえば今日は顔を出さないな」
俺は嫌な予感がして駆け出した
「武⁉ちょっと、どこにいくの」
先輩がどこにいるかなんてもちろん知らない。でも、見つけなくちゃ。そんな使命感に駆られていた。頼む、思い過ごしであってくれ
「いや、離して!」
先輩の声だ!
「紗江先輩!」
先輩は廊下で男子生徒に腕を掴まれていた。上履きの色を見る限りでは先輩の同級生だ。
「放してください、嫌がっているじゃないですか!」
俺は言うと同時に男子生徒の腕を掴んでいた。
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