第46話 初めての衝動

 ここまで考えて、ようやく俺は重大なことに思い至った。


 転校するということは、要するに彼女ともう会えなくなるということだ。


 いや、確かに転校しても同じ大学に進学することもあるだろうし、それ以前に別にこっちに遊びに来たっていい。東北新幹線を使えば(財布への影響はともかく)そんなに時間もかからないだろうし。だから「もう会えない」というのとは違うんだろう。


 でも、それはまやかしに過ぎないことを、俺は感覚として理解していた。


 会える会えないの問題じゃない。そう、自分の人生のいまこの瞬間を、彼女と一緒に過ごせないんじゃ意味がないんだ。


 五十嵐さんとではなく、古川さんともう会えなくなるかもしれないことの方にショックを受けていることに、俺は自分でも驚いた。こんな大切なことに気付かないまま、当たり前のように毎日を送っていたなんて。


 これまで何回も転校を経験してきた俺だけど、誰かと別れること、ひょっとするともう二度と会えなくなるかもしれないことの悲しさ、そのことの本当の意味にようやく気づいたのかもしれない。




「結局、もう二度と会えずじまい。会えない間、そこの観音様に百日参りの願掛けしたんだけど、結局ダメで」


 はじめて文知摺観音の掃除に付き合わされたあの日、少し寂しげな表情を浮かべながら石にまつわる伝承を説明してくれたときの、彼女の様子が頭の中で鮮明に思い浮かぶ。


 あのときの様子がいまさら気になって、俺はノートパソコンを開き、もちずり石の伝承を調べ始めた。


 あの和歌の詠み手は河原左大臣、源融みなもとのとおる……って、嵯峨天皇の皇子かよ、超大物じゃん。 陸奥按察使むつあぜちの役職でこっちに来てただけだから、中央に戻ることは既定路線、と。そりゃ初めから無理な恋だったのかもな、こりゃ仕方ないだろ。


 けれども、どこか既視感のある話の流れだということが、頭の隅に引っかかる。


 ん? 中央のエリートというところはともかく、俺の境遇と似てるって言えなくもない、のか?


 ──ちょっと待て。


 そういえば、なんで古川さんはあのときあんな辛そうな顔をしていた? てっきり伝承の二人に同情してただけだと思っていたけど、違うのか? ひょっとして、まさか!?


 その場で俺は、思わず立ち上がってしまった。




 くそ、こんな思いをするくらいなら、古川さんに伝承を教えてもらったあと、さっさと自分でも調べておくべきだった。


 自分で自分を殴りつけたくなるような衝動をなんとか堪えて、俺は必死で頭を働かせようとする。源融はともかく、俺は一介の高校生だ。自活能力もない、ちっぽけな存在でしかない。


 でも俺は、社会制度と身分制度で雁字搦めに囚われていた奴とは違う。自分自身で考えて、運命を変える努力をするくらいの自由なら、俺にだってあるはずだ。


 自分の人生で大切だと思ったことについて、自分からどうにかしようと足掻く。全力で!


 それは環境に流されるままいつもなにかを諦めてきた俺にとって、初めての衝動だった。自分の行く先を案内人に先導してもらうだけのような人生は、もう終わりだ。


 まずは、今回の転校をなんとか回避できないか、それに集中しよう。




 古川さんの気持ちを推し量るのは、そのあとだ。

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